私の今の感覚に自信を持つ
自分に全く自信が無かった頃、私が着たいと思う服は、誰にも認めてもらえなかった。
だから仕方なく、みんなに合わせて無難なデザインの服を選んでいた。
心の中では不満だらけでも、それを表に出してはいけない!と思い、作り笑いで誤魔化して着たくない服を着る。
一番印象に残っているのは、元夫が私にプレゼントしてくれたニット素材のタートルネックとスカートのセットだ。
とてもダサい深緑の色で、不気味な植物がデザインされている、心の中で私は叫んでいた、こんなん着たく無いよ~💢💢と。
元夫が言う「あんたはいつも地味なパッとしない服ばっかり着てる、そろそろ大人のセンスの良い服を着なさい。この服は凄くあんたに似合うはず!皆が振り向くくらいになる。これを着て幼稚園の参観に行きなさい。」
私は嫌で嫌でたまらなかった、でも自分のファッションセンスに全く自信が無く、反対に元夫は、自信たっぷりで勧めているのだから、世間一般には、このニットが支持されるのかもしれない、と無理矢理思い込もうとした。
参観日当日、そのニットを着てみた、鏡に映る私は、すんごくダサいオバサンそのものに見えた。
私のコンプレックスの太い腿を強調するかのような、タイトなロングスカートが、めちゃめちゃ嫌で、今すぐ脱ぎたい衝動に駆られる。
元夫はそんな私を見て、明るく自信満々で褒める。
元夫が褒めたのは、私の姿では無い、自分が選んだ服を俺ってセンス抜群!と褒めただけに過ぎないのだ。
幼稚園の参観に行った私は、お洒落な周りのお母さん達の視線が恐くてたまらなかった。
案の定、冷たいバカにしたような表情で、見られた気がして、一刻も早く家に帰りたくなった。
ある意味、元夫が予言した通り、皆が振り向くくらいインパクト抜群だったのは間違いない。
その日以来、元夫のセンスを私は疑うようになった。
もう二度と元夫の選んだ服は着ない💢と誓った。
私は元夫のおかげで、ファッションにほとんど興味を持てなくなっていった。
どんなに自分の着たい服を選ぼうとしても、真っ向から反対され、ダメ出しされるのだから、もうどうでもよくなってくる。
私のファッションに対しての熱が冷めるに従って、どんどん家計事情も悪化して、気がつけば住むところも脅かされそうな事態になっていったのだった。
40代からは、私はほとんど自分のお洒落の為の服を買ったことはなかった。
もう完全に諦めていたからだ。
この先の人生は、元夫と共に醜く老化しながら、虚しく添い遂げなければならない、そう決めつけて絶望していた。
まさか離婚する流れになるとは思いもしなかった。
あの頃の絶望的な暮らしを思えば、今の私はなんて自由なんだろう!と心がパッと明るくなる。
そして私の欲望が顔を出し始める。
そう!!私はお洒落をしたかった!!もっともっと自分に似合う服を着て、堂々とこれが私!!って人前に自信を持って立ちたかった。
私は白い色の服が着たい。
大きなリボンがついたブラウス、繊細な模様のレース素材で袖や襟が飾られているワンピース、フンワリと優雅に見えるAラインのフレアースカート、そういう服を着てみたい。
長い絶望の期間で、私はすっかり衰えた容姿になった(見えている世界は自分の思い込みの幻想だから、衰えた容姿だと錯覚させられているのだけど)。
今ここに、過去も未来も全てがある。
絶望することなんて無い。
今から変わることは可能だ!
私は愛しい自分の為に、私が着たい服を着せてあげたい!と強く思う。
もう一度、最高の私を表現出来る機会を与えてあげたいと強く願う。
私の今の感覚に自信を持って、望む未来を今ここで感じていよう♪
ここまで読んでくださって感謝します。
幸せをありがとうございます✴️
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