寝たきりで意思疎通ができない人はいるのか?~先の家族心中事件報道から~
私の40年余りの障がい者福祉や高齢者介護の現場経験では、寝たきりで意思疎通ができない人には会ったことがない。99歳で寝たきりで、体で動くところは、まばたきと食べ物の飲み込みだけ。手足を自分の意思で動かすことも寝返りも発語も全くできない。それでもグループホームの介護職員の私たちは言葉をかける。ある日、私が「新しい東京タワー(スカイツリー)ができたそうです。見に行きますか?」「行きたくないときはまばたきしないで、行きたいときは2度まばたきしてください。」と言って問いかけして反応を待った。間もなく、白濁して全く見えないだろうと思う眼の瞼を2度動かしたのだ。その数日後に、富士山のふもとから、9人の認知症高齢者のグループホーム入居者全員と、数人の介護職員、看護師で、スカイツリー634メートルに上り、眼下に街を臨んだ。実はこの方、若いころ東京の産婆学校を卒業した経歴があったので、声をかけた。「産婆学校があった東京が真下に見えますよ」と。すると、それまでずっと閉じていた、あの白濁した目のまぶたを開けたのです。それを見ていた付き添いの家族や介護職員と私に「あきらめないで来てよかった!」との思いと同時に、涙を呼んだのです。このように、認知症があり寝たきりでも、最後の最期まで意思疎通ができなくなった人はいませんでした。
しかし、先の9月27日に地元静岡県富士宮市の病院内で、寝たきりで20年間入院している娘と、半年ほど前から、やはり寝たきりで入院していた妻を刺し殺し、本人が自殺するという痛ましい事件が報道されました。新聞やテレビ報道では、”寝たきりで意思疎通できない娘と妻”と表現されていましたが、私の経験からして生きているということは、脳の一部は確実に生きているということですから、五感から入る刺激を必ず感じ取っていることと思うのです。介護する家族と専門職員とともに、どんな反応をするのか五感を刺激し、そのわずかな反応を楽しみながら介護や看護をしていたら、絶望の淵から逃れられたのではないかと思ったのです。事件の背景には様々な複雑な要因が推測される中で、“寝たきりでも意思疎通はできる”ことは介護や看護の専門家が、忘れず家族と伝え合うことの大切さを思う事件でした。
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