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得たいの知れぬ違和感

小学校の低学年の頃から変な違和感があった。

なんか自分には自分がないな~という思いだ。

他の子たちは、ちゃんと自分の意見をいってのびのび生きているように見えた。

自分で自問自答しても、なぜ自分が無いかが分からないのだ。

他人と接するときは、いつも相手はいま何を考えているのだろう?何を望んでいるのだろう?どういう言動をしたら相手が一番喜ぶのか?

こういうことばかり常に考えていた。

なぜそうなってしまったのか?

それについては、いまとなって思うことがある。

父親が他人に接する態度を見たとき、ふっと思ったのだ。

余りにも酷い態度だな、と。

相手は営業マンだったが、ものすごく相手を威圧して、萎縮させ、圧倒的に自分の方が偉い人間なんだと思わせていた。

振り返ってみると、父親に親しい友人はいないのだが、今までの人生の中で何人かと仲良くなり家に連れてきたことがあった。

わたしはその場にはいなかったので、後から母親に聞いた話なのだが、皆共通しているのは、わたしの父親に対してものすごく従順だということだ。

父親が毎回、毎回、一方的に相手の欠点を責め立てるのだ。

お前のここが悪い、あそこが悪い、こうあらねばならないといった具合に。

中には相手の性格が変わって、今までは従順にわたしの父親の説教を黙って聞いていたが、それに反発して喧嘩状態になって、それきりになった人もいる。

わたしは思ったのだ!

あれ?この人わたしにもずっとそういう態度で接していたということを。

子供の頃からそういう態度で接されると、以外と本人は分からないのだ。それが当たり前の感覚になる。

父親は話が下手なのだ。おまけに学歴もない。

だから相手と話しをして負けるのが嫌なのだ。

子供の頃から、少しでも口ごたえをすると、すぐに家の外へ出ろだの、家を出ていけなどと主張していた。

話しをすれば自分が負ける可能性がある。だから、相手には話しをさせないようにするといった論理だ。

これはわたし自身にもいえることだが、自分に弱点や引け目があると、どうしてもそれをカバーしたくなるものだ。

一生懸命に自分を守ろうとするのだが、そういう気持ちで何かをするといい結果は起きない。

逆にどんどん逆境にはまっていく。

ありのままの自分をさらけ出した方がお互いの為によい、これは教訓だ。

今の父親は、わたしに対して、もう威圧はかけてこない。

そんなことをしてもわたしに全部見抜かれていると知っているからだ。

わたしが自分を持てるようになる為には、父親より賢くならなくてはならなかったのだ。

そうでなかったら、わたしは一生父親に、支配をされていたと思う。

父親がわたしに、子供のころ、しょっちゅういっていたことがある。

お前には期待しているぞ!と。

この言葉はよくない。何か相手を評価していて、いいことをいっているようだが、全然違う。

自分が出来ないことを相手に強制しているのだ。

自分は勉強苦手だが、お前はやれよ、お前はいい学校へ行けよ、お前は親の望みに応えろよ、とプレッシャーをかけるのだ。

他人の期待には応えるべきではない、応えるべきは、いつだって自分の期待に対してのみだ。

わたしは一生懸命に親の期待に応えようとしたのだ。

その結果、わたしは空っぽになってしまった。

自分の魂に火がつく前に、親が望んでいることは何なのか?という思考ぐせがついてしまった。

それはそのまま、他の人間関係でもそうなっていった。

子供の頃は、友人同士で好きな女の子の名前を言い合ったものだが、それが苦痛でしかたがなかった。

素直に気になっている子の名前がいえないのだ。

こういうことは、本人にとって、とてつもないストレスを産む。

中学2年生の時に、母親に、無理やり進学塾へいかされた。

行く気はなかったが、逆らえなかった。

塾へ行くかどうかは、母親が決めることであって、わたしが決めることではなかった。

もし行かないなどと言えば、鬼のようにとち狂って怒ったと思う。

もうお前のご飯はつくらない、などといっただろう。

わたしは嫌々、義務だと思って通ったが、あの塾へ行ったのがやはり大きな間違いだった。

わたしがその塾に入った最初の生徒だったが、ぽつりぽつりと他の生徒が入って来て、最終的にわたしと同じ学年の生徒は、わたしを含めて6人になった。

わたし以外の生徒は、みんな勉強のできる子だった。

特にわたしの次に入って来たT君とO君は、オール5を取るタイプだった。

わたしはオール3で、4と5は一度も取ったことがなかった。

当然、わたしは授業にまったく、ついていけなかった。

塾の先生は、冬に学力テストを行って、進路相談をしたが、わたしだけ無視された。

塾へ入った順番で進路相談をすることになって、わたしは呼ばれるのを待っていたが、わたしだけ呼ばれず、わたし以外の面談を終えて、まだ面談してない奴はいるか?などと、とぼけやがったのだ。

わたしは他の生徒にフォローされて、仕方なく面談をやってもらった。

勉強のできないわたしは、はっきりいって、その塾にはいらなかったのだ。

それが子供心にどれだけ傷ついたか!

わたしはそれからすぐに塾へいかなくなり、勉強をまったくしなくなった。というより、勉強に対して強烈な嫌悪しか感じなくなった。

中学3年の一学期から授業にでるのが嫌になり、仮病を使って保健室でよく休んでいた。

二学期からはほとんど学校へ行かなくなった。

始めて学校をずる休みしたときの爽快感は、今でも忘れられない。

とても気持ちがよかった!!

結局、公立の高校にはいけなくなり、私立の遠い高校へいくことになった。


こういった教育をされて、わたしは自分を失くしていった。

そのままの環境にいるか、もしくは、その環境から受けた影響をずっと引きづっていると、そこから抜け出せない。

それを打ち破るには、それまでとは全く違う価値観を得て、今までの影響を捨てなくてはならないのだ。

得たいの知れない違和感は、他者から受けた本人が認識していない規制だ。

すべての人間は、まずは親から規制を受けるので、親をひとりの人間としてみて、自分がどういう影響を受けているのか、分析してみるべきだ。

わたしは子供の頃に、母親からお前は父親そっくりだと言われ、全面的に否定したが、後から振り返ってみると、驚くほど父親と行動パターンが似ていた。

たとえ、誰の影響を受けたとしても、自分の”心”の直感をいちばん大事にしたい。

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