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介護職の専門性 前編

 

 わが娘なっちは、Angelman症候群という疾患で、最重度の知的障害者です。

 なっちは僅かな時間であっても一人では過ごせませんし、24時間、生活すべてに介助や見守りが必要ですが、成人してからもできれば私たち親がいなくなった後も、できるだけ住み慣れた地域で彼女なりの自立を目指して暮らしていけるようにと様々な福祉を利用し、皆様に護られて生活しようとチャレンジしています。

 高校卒業後、平日の日中は【生活介護】のお世話になっています。朝9時から夕方16時まで通って活動的に過ごしています。送迎付きで通所し、家族だけでは到底させてやれないような様々な体験をさせてくださる大変ありがたいサービスです。

 生活介護  障害者支援施設などで、常に介護を必要とする方に対して、主に昼間において、入浴・排せつ・食事等の介護、調理・洗濯・掃除等の家事、生活等に関する相談・助言その他の必要な日常生活上の支援、創作的活動・生産活動の機会の提供のほか、身体機能や生活能力の向上のために必要な援助を行います。
このサービスでは、自立の促進、生活の改善、身体機能の維持向上を目的として通所により様々なサービスを提供し、障害のある方の社会参加と福祉の増進を支援します。            【WAMNETより】  

 なっちが通っているNPO法人の生活介護では、『グランドゴルフ』『ヨガ』『散歩』『一周5キロの湖へのウォーキング』などの身体を動かすプログラム、『ビーズ通し』『パズル』『貼り絵』など作業的なプログラム、近くのJRの駅前をお掃除する社会貢献活動などのプログラム、そして、体幹トレーニングや、手足の硬さをゆるめたり、背骨がゆがまないようにするためのリハビリ的なプログラムなど、あらゆることを個別に考えてくださって実施してくださいます。

 職員さんは介護福祉士、看護師、保育士、中高教諭、スポーツインストラクター、スポーツ指導員、機能訓練士、強度行動障害支援者研修、行動援護従業者研修等の資格の多職種の方が連携されています。(※お世話になっている生活介護の事業所のHPより一部引用)

 それはそれはきめ細やかで、ハートフル。そして専門性が高いです。言葉のないなっちの気持ちを察しようと寄り添って動いてくださいますし、イライラしているようであればその原因を探ろうとして下さり、原因がたとえわからなくても少しでも落ち着くように場所を変え・環境を変え・対応を変え・人を変えて彼女が安心できるよう支えてくださいます。

 今の施設に出逢うまで、なっちの自傷他害や奇声などの【行動障害】については障害者向けの施設やヘルパーさんたちにもなかなか理解していただけませんでした。疾患自体も珍しく、彼女の力の入れ方抜き方は独特なので掴まれると半端なく痛いですし、意思が伝わらない時に全身で抵抗されると身長180センチの父親でも転倒しそうになります。なっち自身、腱反射や筋緊張などが健常な人とは違いますから、身体や声をどう使ったらいいかわからないようで、耳を塞ぎたくなるほどのとても大きな声が自分の意思に反して出ることもあります。

 一口に障害者と言っても、身体障害者・知的障害者・精神障害者それぞれに課題となる事柄は違いますし、社会の中の健常な皆さんの理解も違います。(『最重度と区分認定された障害者(障害支援区分6)には歩き・走れる人もいるというお話。』参照)

 障害児者を一時的に預かってくださる、とある【日中一時支援事業所】の職員さん(介護福祉士の資格のある方です)に『お母さん、ちゃんと愛される子に育てなきゃダメじゃない』と私たちの育て方のせいにされたこともあるくらい、知的障害者の【行動障害】への無理解というのは私たちにとって本当に深刻な問題でした。

 これまでの人生でそんな無理解をたくさん経験してきたものですから、現在【生活介護】や【移動支援】でお世話になっているNPO法人さんとなっちが14歳の時に出逢え、彼女を温かいハートと冷静な知識技術で理解しようとしてくださる方々と出逢えたおかげで、なっちも私たち親も大袈裟ではなく本当に救われたと心から感謝しています。


 また、なっちは、【生活介護】に出かけるまでのモーニングケアー1時間と【生活介護】から帰宅した後、19時くらいまでの数時間は【重度訪問介護】という訪問ヘルパーによるサービスを利用して住み慣れた我が家でできるだけ自分らしく寛いだ生活ができるよう生活全般のサポートを受けて生活しています。

 重度訪問介護  重度の肢体不自由または重度の知的障害もしくは精神障害があり常に介護を必要とする方に対して、ホームヘルパーが自宅を訪問し、入浴、排せつ、食事などの介護、調理、洗濯、掃除などの家事、生活等に関する相談や助言など、生活全般にわたる援助や外出時における移動中の介護を総合的に行います。
このサービスでは、生活全般について介護サービスを手厚く提供することで、常に介護が必要な重い障害がある方でも、在宅での生活が続けられるように支援します。                【WAMNETより】

 【重度訪問介護】というのは比較的新しい社会サービスです。

 はじめは筋ジストロフィーやALSなど身体障害者の自立に向けたサービスとして利用されていました。平成26年4月から知的障害者や精神障害者にも利用範囲が拡大されました。(障害支援区分4以上、行動関連項目10項目の点数が8以上の者)

 まだ歴史が浅い支援の在り方なので、介護職の方でも誤解している方がいらっしゃるのですが、介護保険のヘルパー業務=【訪問介護】のように、家族が同居していたら家事援助はしてはいけないとか、生活上必要最低限のことしか支援してはいけないとかいう制限があるわけではなく、本人の本人らしい生活のために必要な【本人への支援】はすべて受けられます。(就労、経済活動にかかる支援は対象外という謎ルールは未だに存在しますが。2020年2月末現在)

 ですから、なっちも、我々家族が仕事や用事から帰宅しているしていないに関わらず、相応の時刻になったら食事の提供を受け、入浴支援を受け、適宜排せつの支援を受けたり必要時には外出支援を受けたりしながら生活をしています。イメージとしては重度障害者の施設内で行われる支援を自宅で受けている感じです。ですから、この支援が夜中寝ているときにまで拡充できれば彼女は一人暮らしも夢じゃないということになりますが、私たちの住んでいる地域にはまだまだ【重度訪問介護】を提供してくださる事業所が少なく、まだ夜中の支援にまでは拡充できていません。


 この、『サービス事業所の不足』がかなり大きな我々の課題であるのと同時に社会問題でもあるのは言うまでもありません。少子高齢化で今後どんどん働き手が少なくなっていく中、介護職・福祉職の地位が高まらない限り介護の担い手が急激に不足していくことは火を見るより明らかです。

 ですが、実際は、単なる数の問題だけでなく、介護職員の知識や専門性、サービスの質という別の側面でも、サービス提供量の不足に繋がっていると思われるもっと大きな社会課題があると私は思っているのです。


 【重度訪問介護】というのは先ほども書いたように、重度で目が離せない方の施設内の介護を住み慣れた自宅で受けているイメージなので、支援者も本人も特に何もなければTVを見たり本を読んだりとゆったりしていますし、夜中などは特に問題もなく本人が眠っていれば仮眠もしていただけます。何か支援の必要性があればそこに支援の手を差し伸べてくださるというものです。ですから、この1時間で時間いっぱいの家事援助や身体介護をしますという意味合いではありませんので、当然1時間単位のサービスとは違いゆったり目のロングタームなサービスです。施設内の職員さんが、たとえ非常勤だとしても『ボク、1時間だけ勤務します』という単位で働かないのと同じです。(一応時間単位の報酬単価というものは存在しますが、施設内の非常勤職員さんにも一応「時給」というものが存在するのと同じ意味合いです)

 そういう理由で、【重度訪問介護】の報酬単価は、【居宅介護】という障害福祉分野の訪問支援の報酬単価や、【訪問介護】という介護保険のヘルパー業務よりもずいぶん低く設定されているのですが、それは短時間単位でいろいろな利用者の家に移動するといった手間を省き、同じ人に対し慣れた人材が長時間支援を提供するという考え方から生まれたものです。24時間連続介護の必要な障害者の介護を8時間勤務のヘルパーが3交代で勤務すると想定して単価設定がされています。人間の日常生活ですから長い時間見守りながら一緒にいても、何事も大きな出来事のない数時間ってありますよね。例えると、親は乳飲み子の赤ちゃんのお世話をしている時期はとっても忙しいですけど、赤ちゃんの世話をしながらTVを見たり本を読んだりゆったりしている時間だって時にはあるのと同じようなイメージです。この一時間で買い物をして調理をして、余った時間でできる範囲の掃除をして1時間フルに使って介護業務をするのとは根本的に違うのです。(【重度訪問介護】の報酬単価がこれでいいと言っているわけではありません。設定はかなり低いと思うのですが、それは国が決めたことなのでここではあえて問題にはしません)

 その報酬単価がどれほど低いかというと、高齢者に対し介護保険で行われる支援【身体介護】が1時間未満4040円、障害者に対し時間単位で提供される【居宅介護(身体介護あり)】が1時間未満3930円なのに対し、【重度訪問介護】の1時間未満は1830円(身体介護含む)です。なんと約1/2なのです。(種々の加算減算事項による増減はあります)

 このように、同じように1時間ヘルパー業務をしたとして半分以下の報酬であれば、事業所が収支を計算しようとした場合、『この事業は引き受けないでおこう』と思ってしまっても仕方がないように思います。事業所としては1時間単位でヘルパーを雇っていますから事業所収入が半分では割が合わないと思うのも当然です。同じ身体介護なら高齢者の契約を増やしたほうが報酬は倍なのですから。正直、我が市内にはそんな事業所がたくさんあるのだろうと思います。

 ですが、この制度の意味、『24時間連続介護の必要な障害者の介護を8時間勤務のヘルパーが3交代で勤務する』ということを事業所がきちんと理解しておられたら、『事業所収入が安すぎる』という感覚は持たずに済むと思うのです。だって、一人のヘルパーが、対象者を変えながら1時間ずつのサービスをする場合、利用者の家から家への移動時間もありますし、準備に必要な時間や記録の時間もあり、食事の時間などもありますから1日8時間の拘束時間があっても実際に報酬につながる支援時間は、ぎゅうぎゅうに詰め込んで頑張ってくださったとしても5~6時間です。私も少し訪問看護をしていた時期がありますが、おひとりに1時間の支援をして、移動をして、次の方のお宅でまた1時間の支援をして、事業所に戻って持参物品の準備や追加をして、記録を書いて、医師やケアマネジャーへの報告もして、時には担当者会議に出て・・・となると1日8時間に訪問できるのは5人くらいです。(もっと忙しい時は時間超過で7~8人、ってことはありますが、それはまた別の話💦)

 こう考えると、【重度訪問介護】は、訪問介護事業というものの『働き方改革』的、方向性の転換、な感じで、「時給」というよりもむしろ「日当」的な考え方なのです。

 と、いうことは【重度訪問介護】というのは、これまでのヘルパーさんの働き方、「主婦が短時間でも働きやすいよね」っていう短時間型バイト感覚ではなく、「どちらかといえば半日単位・一日単位でじっくり一つの仕事と向き合い、しっかり正社員並みに働きたいんだよね」いうニーズの方に向いている仕事かもしれません。

 そんな画期的な訪問介護事業も登場しているというわけです。

 そんな現代の訪問介護事業において、いろいろな働き方で介護の仕事に携わってくださることになる介護職の方の専門性を、後編では考えてみたいと思います。

 →後編に続く。

笑顔が増えるための活動をしています。 いただいたサポートは、稀少疾患であるアンジェルマン症候群の啓蒙活動、赤ちゃんから高齢者まで住み慣れた地域で1人でも多くの方が笑顔になるための地域活動の資金として大切に使わせていただきます(^^)