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Toward the Other Side of Stereotype. Gender Action Series:Vol.1 Yuka Yamaguchi | いつもなじめない女、山口祐果の数奇な運命

 「多様性と調和」をコンセプトに掲げ、「世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会」となる予定である東京2020。
 しかしながら、世界経済フォーラム(World Economic Forum/WEF)が公表している「ジェンダーギャップ指数」を見てみると、日本のランキングは153カ国中121位。男女の格差の大きさが数値化され、ランキングになると、本当にこの国は「先進国なのか」と首を傾げたくもなる。いや、首を傾げてるのは男性だけで、女性の方は首を縦にぶんぶんと振りまくっているのかもしれない。たしかに、それを裏付けるようなスポーツ界の重鎮の心ない失言や、某企業の「性別差のない服」の炎上などを見ると、私たちはまだまだこの問題に対するスマートな解決方法を見つけられてないように思える。

 「でも、正解なんてないですよね」山口祐果は真剣な顔でそう言った。「多くの人は問題意識を抱えているし、何かしなくちゃって思ってはいるけど、一人一人が抱えている『問題』は違うものだし、誰かにとっての正解は、誰かを傷つける可能性だってあるわけですよね。例えば生理用品のCMに、なんか問題意識を持っていたとして、『私は、生理は自然な現象なんだから、なにも気にすることなく、ちゃんと”血”を描いた方がいいと思う』という意見と、『でも私は生理の時に白いスカートを履いていたとして、スカートに血がついた時にはやっぱり恥ずかしいと思ってしまう』という意見は同じように尊重するべきだし、正解だからと言って、誰かを傷つけて良いということではないと思います」。確かに。


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プロフィール
山口祐果 / Yuka Yamaguchi

2018年DRAWING AND MANUALに参加。
林響太朗の助手として編集、企画を担当し2020年より、WEBコマーシャル、ミュージックビデオ、ファッションブランド等の演出を担当している。
大学時代にジェンダー問題の深刻さと問題解消の必要性を学んだことにより、既存の当たり前を更新していけるような作品を生み出すことを目標としている。

山口祐果HP
https://www.yukayamaguchi.work/


「わたしは不平等な社会に生きている」という事実。

 ほぼ女子しかいない高校で過ごし、都内の女子大に進学した山口祐果は、"単位を取るのが楽そうだから"という理由でたまたま取った「ジェンダー論」の授業で、後の人生を大きく動かすほどの衝撃を受けた。「想像してみてください。警察の顔を、弁護士の顔を、医者の顔を」。教授にそう言われた時に、ほとんどの日本人がそうであるように、山口も男性の顔を思い浮かべた。「わたしたちには、気付かないうちに、ステレオタイプな価値観が植え付けられています。不平等であることが、見えなく、気づけなくなっていて、その事実に衝撃を受けました」。でも一方で、少し楽になった、とも山口は言う。「わたしは女性の多い学校で過ごし、『“女性らしく”あれ』という教育を受けて育ちました。女性らしさという抽象的な言葉に疑問を感じつつも、必死にその漠然としたイメージになじもうと努めましたが、特に大学生活では、女性らしさを演じている自分に違和感を感じて、そのイメージになじめない自分を出来損ないと感じてしまう葛藤の日々でした」。

 「そこから逸脱するようにストリートダンスにのめり込みました。どちらかというと“男性的”な踊りが好きで、体型も筋力も違うのに、男性とダンスで争っていました。ダンスをしている場は、自分らしくいられる場だと思い込んでいたのですが、“男性らしく”踊る事を目指すこと自体が、常に性別のイメージに縛られているのではないかと疑問を感じるようになりました。そんな中でのジェンダー論の授業で先生が放った『常識を疑え』という言葉は私の支えとなり、格言となりました」。

 山口は、ある意味で「女性らしさ」の影響下で生きていたが、その「女性らしさ」も誰かが決めたことであり、必ずしも正解ではないということに気づく。「女性らしさ」から目を背けるように「男性らしさ」を追求するも、そこにもなじめなかった。「だったら『自分らしく』生きれば良いんだと心が軽くなった記憶があります。しかし一方で、日本はこんなにも女性にとって不平等な社会なんだという気づきがあって、それを知ってしまったからには、何もしないままではいられないという焦りや罪悪感のようなものも感じました」。


罪悪感と、映像業界と、光明と。

 小学生だった山口が好きだったCMがある。「いっぱい食べる君が好き♪」と歌われるカロリミットのCMだ。

テレビや雑誌の中では、細くてすらりとした女優やモデルが「綺麗」とされ、一般的な視点では少食の女性は「可愛い」とされる世の中で、当時どちらかというと大食いで肥満体型だった山口は、自分にコンプレックスを抱えていた。そんな中で高らかに「いっぱい食べる君が好き♪」と歌う新しい価値観の提示は、とても救いになったという。山口はその時に「映像っていうのは、人の印象に作用し、価値観を変える可能性がある」と子どもながらに気づいたという。
 大学卒業後、一度は別の業界に就職するも、退職して映像ディレクターを目指し専門学校に通う。学校に通いながらのバイト先で、たまたま映像を作る仕事を担当し、そこで林響太朗と出会う。「自分でアシスタントに志願して、ドローイングアンドマニュアルに飛び込みました」。


 しかしやっぱり、山口は映像業界にもなじめなかった。
 「すごく男性社会で。わたしは筋力も劣るので重いカメラを持てなかったり、すごく優秀だと思ってた女性のスタッフが『先が見えなくなった……』って辞めて行っちゃったり、『女性はヒステリックだから』って言われたりとか、自分自身にも実力はないし、先輩の林さんはすごい勢いで仕事をしていくし……」。世の中の常識をアップデートできる映像を作りたい! と強く思っていた山口だったが、そんな余裕も隙間も実力もなく、本当に自分はなにかできるのかと思い悩んだという。
 しかし、林響太朗が手がけた資生堂の映像の現場での、REING大谷明日香氏との出会いが、くすぶっていた山口の想いに火をつける。


「正解がない」なら、対話して、自分たちなりの答えを探すしかない。

「REINGは多様な“個”のあり方とその意思を祝福し、二元論に囚われない表現を追求するCreative Studio。
(中略)
ジェンダー / セクシュアリティ / フェミニズム / エシカル / サステナビリティ等のSocial Issueに関心が強く、制作や発信を通じて社会課題に向き合うメンバーが集まっています」
-REINGのウェブサイト https://www.reing.me/ から抜粋

 山口はこの出会いをきっかけに、REINGが主催するイベントに顔を出すようになる。「こんなにも真剣に、ジェンダーやセクシュアリティのことを語り合っている場があるっていうことにまず衝撃を受けました」。
 前述した「生理のCMを考える会」にも出席し、参加メンバーの多様な問題意識と、それと同じだけの正解に、「もっともっと勉強しなくてはならない」と強く感じたという。
 「自分もそうだったように、映像は人の印象に強く影響すると思います。だからこそ、ジェンダーというテーマをあつかった時に、傷つく人が出てしまう可能性がある。すごくセンシティブな問題だと思っています。だから自分一人で考えて答えを出すのではなく、たくさんの人の話を聞いて、対話を通じて答えを見つけていく、そういった制作スタイルが大事なんじゃないかなと思います」。
 大谷氏の紹介で携わることになった『FUTURE LIFE FACTORY by Panasonic』 のフィロソフィームービーは、まさにそういったスタイルで作られた。山口自身が当初持っていたアイデアは、「かっこいい」「おしゃれ」といった、ルックやファッション性にこだわった映像にしようという考えだった。多様なジェンダーマイノリティを映像内で登場させるにあたって、少しでも特別に、かっこよく見せたいという意図だったのだが、あえなく却下された。PLの大谷氏やCDの田中氏を始めとするチームメンバーで議論を重ねるにあたり、マイノリティの方々の「普通」を見せることが、結果的にいまのステレオタイプな価値観を崩す気づきになるんじゃないかと。そうして作られた映像は、「かっこいい」でも「おしゃれ」でもなく、やさしく温かいトーンで、ジェンダーマイノリティと呼ばれている方々の生活を紡いでいる。最終的な編集工程でも、高校生や大学生など、たくさんの人に見せ、話を聞いた。最終的な編集が出来上がる頃、コピーが決まった。「普通の反対は『異常』じゃない、また別の普通だ」。小学校でも、高校でも、大学でも、社会人になっても、どこのフェイズでも「普通」に馴染めなかった山口に、このコピーはどう響いたのだろうか。

誰かのためのロールモデルを目指して。

 「『ディレクターズファイル』などを見ると、女性のディレクター比率の低さを本当に実感します。優秀な女性スタッフがどんどん辞めちゃうような業界だと思うし、数少ない女性ディレクターがやっているCMの商材の幅を見ると、その狭さになんだか悲しい気持ちになります。でもわたしが所属しているドローイングアンドマニュアルには、幅広い仕事をしている素敵な先輩がたくさんいて、とにかくその先輩たちに並べるように実力をつけたいです。『女性だから』って選ばれるのではなく、『山口だから』って選んでもらえるようなディレクターになりたいです。そのためには、もっともっと勉強しなくちゃいけないし、何にでもチャレンジしなくちゃいけないと感じています。もしも、わたし自身がそんなディレクターになって、この映像の世界で活躍できたとするのなら、この業界で働く女性たちのロールモデルになれるかもしれないし、もちろん映像を作ることで、たくさんの生きづらいと思っている人たちのステレオタイプを更新していくことができたらなと思っています」。
 山口祐果が描く、「ステレオタイプの向こう側」はどんな世界だろう。


番外編 山口祐果が選ぶ、オススメしたい映像作品

Nike - Further Than Ever

女性史月間に向けたWieden + Kennedy Shanghaiが仕掛けたNIKE中国のキャンペーン。
社会になんと言われようと進んできた中国の実際の女性アスリート達の体験を元に女性達が強く進み続ける先に何があるのかを暗示する映像。

「内容も素晴らしいのだが、とにかく映像がかっこいい。撮影方法や構成、CGの使い方など全ての演出に驚きがあり最後まで目が離せない。
国を超えて女性であれば誰でも経験した事があるような、社会からの心ない言葉を軸に、演出でここまで印象に残る映像を作る事ができるのかと感銘を受けた作品」

Libresse ‘#bloodnormal’ Director’s Cut

生理ブランドLibresseのキャンペーン。
フェミニンケアの広告では血液のシーンを撮影する際に青い液体などで代用してきたが、逃げずにリアルであるべきだとタブーを乗り越えた。Grand Prix Cannes Lions 2018受賞作品。

「生理時のリアルな精神状態だったり、痛みや辛さも直球に表現されていて従来の生理広告のイメージを払拭するような表現がとても好きです。
また、明るくキャッチーな演出で赤い血を見ても汚れを感じさせない演出がすごいなと思いました」

Project Body and Hair by Billie

脱毛する事は個人の選択という内容の脱毛製品ブランドBillieの広告映像。

「従来の脱毛製品CMだと体毛が生えていない体に脱毛機器を当てるという
不自然な絵面が当たり前になっている中でどのような提案をしてこのキャンペーンが成り立ったのか気になります。
特別な理由もなくタブー視されている世の中の常識を覆すような広告作ることはそう簡単なことではなく、たくさんの壁があったかと思います。
そんな中でもクリエイティブの力を信じ、世の中を更新させていくことに注力している人たちに大きなリスペクトを送りたいです」

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