レポート② 先入観を省き、ストーリーに近づく演出家ワークショップ
(国際的団体マイケルチェーホフ協会(MICHA)のオンラインワークショップの演出講座を受講しました。その内容や感想について書きます。)
「演出家の仕事は、役者に何ができるのかやってもらってダメだしするのではなく、役者が自由に何かできるようにするために、そのための骨組みを与えることである。」
受講した『演出家講座』の講師、シニッド・ラッシュ(Sinéad Rushe)のコメントであった。どんな芸術分野でもそうだが、制限があることで想像性は発揮される。私はこのコメントにドキリとした。
私はどれくらい役者に明確な骨格を与えることができるのか?役者に全て丸投げの演出家に出会った時どうすればいいのか?演出家は役者が持ってきた演技を修正するだけではなく、リハーサルが始まる前の段階から、山の頂上へ登るプロセスを考える仕事なのである。
では演出家は具体的に何を準備すればいいのか?
時間の流れ(タイムライン)で全体像を掴む
準備の序盤では、全体を掴むことが重要になってくる。全体像を掴むために様々な方法がある。その一つは時間の流れ(タイムライン)である。これを知ることでシーン間のテンポが理解でき、衣裳やセットがどう変化するのかも掴むことができる。
今回使用したテキストは「我らが祖国のために」(訳:勝田安彦)であったが、始めと終わりでは6カ月の流れが立っている。セリフを手掛かりに判断する。あるシーンの間では1,2時間程度の経過だったり、またあるシーンの間では、1か月経過している。これは決してあいまいな理由で提示せず、必ず確実な事実を見つけて判断する。
例えばセリフの中で、あるキャラクターが妊娠のためにつわりがある、という趣旨のものがあった。つまり、つわりは受精から5~6週間からおこるのであるので、男女の性交のあったシーンからそれだけの月日がったたということである。
もちろん何かにはセリフだけでは見いだせない所も見えてくる。そういった時は前後のシーンを考慮に入れながら、「決定」する作業がある。決定することによって全員の共通認識が生まれるのである。
どんな具体物・具体的な事実があるのかを調べる
英語だとphysical planeと言ったりするが、台本から読み取れる具体物や事実である。例えば景色、季節、人物の特徴、動物、人の行動、建物、道具、武器などである。シニッドがインスピレーションの源とした、当時の流刑となった囚人や植民地の様子が詳細に書かれた「The Fatal Shore」に何度も戻ったり、ネットや文献などを使い調べた。
「我が祖国のために」は1788年のイギリスの植民地であったシドニーが舞台である。オーストラリアは南半球にあり、季節の流れは日本とは逆である。6月~8月の冬であるが、最低気温も7~8度であり湿気があるという。その事実だけでも、演技や衣裳などに影響してくる。
また初めの植民地ということで、開拓当初はテント暮らしであり、あるものもランプ、鉛筆、ノート、聖書など生活に関わるものばかりであった。私達の周りには自分たちの生活を楽しませてくれるパソコン、書籍、DVDなど数多くある。しかしその当時の暮らしでは手紙を書くことや、良き日を思い出すことなども娯楽となりえたのであろう。
具体物や事実を見つけ出すことで、私達はその登場人物の目線に立つことができるのである。
言語について調べる
この作業は、さらに細かくなる。この時の課題は登場人物を一人選び、そのセリフの特徴を調べるものであった。調べ方は、句読点の数、引用文使うのか、言葉の選び方、俗語、文章の長さ、方言、どんな内容を話す傾向があるのか、それを基に自分の印象などである。(決してシニッドは主観や直感を無碍にすることはなかった。むしろその真価をしっかり理解しており、そのために調べることの必要性を説明していた。)
私はアーサーフィリップ大将を調べた。その囚人たちを管理するトップであり、植民地での海軍のトップ(海軍自体のトップは将官や海軍元帥になる)である。彼の話す内容の特徴は、マルクスやギリシャ劇の引用がつかわれていたり、主語は"I"の代わりに”WE"を使うことがほとんどであり、私的なことを話すことは稀であった。また語尾に「OOさん」と話しかける対象を明確にして誰かに発言を求めた。その他にも特徴はあるが、以上だけの点でも、アーサーフィリップは、知的で自分の役割に関して忠実であり、統制のためにプライベートなことはほとんど話はしないということが分かる。
シニッドは、このめっちゃ時間の作業を登場人物全員行うと言っていた。マジで徹底している...
今回でレポートは終わるかと思ったが、まだかかりそうである。次回に続く。
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