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わんとワンの物語 9

わんが水の宇宙で掬ったキオクは、この宇宙の500年にわたる他の宇宙からの繰り返される侵略と迫害のキオクだった。

ひとつ目はナハンユ、ふたつ目がヤマトユ、みっつ目がアメリカユ。この3個のイタミをわんは自分の遺伝子にしっかりと組み込まなければならない。そしてこの遺伝子を、いつか生まれる子ワン孫ワン孫孫ワン孫孫孫孫ワンに遺さなければならない。

そのキオクから聴こえてきたのは、この宇宙のカナシミの唄だった。

慶長14年(1609年)3月7日
笠利間切津代港におこった
一発の銃声は
見えない鳥を撃ち落とした
北からの侵略者が
黒い十字架を背負い
巨大な死の影となって
おおいかぶさってきた
その日
島は島であることをやめた
 
征服者の鞭に追われ
首打ち落とされるほかに
自由を持ち得なかった
250年の歴史が
憎しみの密集する
砂糖黍畑に向かって
かしぐ真昼
思想でさえありえぬ思想が
毒蛇の喉を伝って
神の顔の向こう側に落ちる。
すべてに飢えて
蘇鉄の芯まで喰いつくして
生きのびる島、
 
仇ぬ世ぬ中に永らえてをりば
 
朝夕血ぬ涙袖ど絞る
 
浮世仮島に何時迄をられゆみ
 
情あれよ加那仮ね世さめ
 
育てたる里やこの世にやをらぬ
 
誰頼で咲ちゃか無情の花や
 
問うことも
問われることもなしに
ふいに黄昏る夜の底の
泥まみれの蛇の哀しい性が
重い鎖の音立てて
確実になだれてゆく
暑い夏の朝
無意味と云うにはあまりにも
美しい群青を孕んで
海はあった。
海だけが在った
 
有光恒詩集 血と祝祭 「浮世仮島」


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