週刊誌批判で記者の実名顔出しを主張するネット民も実名顔出しで批判すべきか

最近の週刊誌の傍若無人ぶりにネット世論は沸騰しており、週刊誌記者は実名顔出しで記事を書けという意見が上がっている。

これに対して、メディアに関わっていたと自称する方がYouTubeにて自らは顔出しで、「ネット民も実名顔出しで週刊誌を批判しろというブーメランを食らうことになる」とする主張を展開していた。
最近の大衆の感情的な暴走に歯止めをかけるべく、アンチテーゼを投げかけており、今の時点で一般受けする内容ではないから、この方なりに問題提起を真摯にしようとしていることはわかる。

匿名だからこそ巨悪に立ち向かうことができる。個人だと容易に潰されたり、買収されて買収側に都合のいい記事を書かれる恐れもある。また内部告発や性被害などのように、匿名である必要があったり匿名がふさわしい場合というのもある。
こういったことはよく言われる匿名による報道の利点であり、この動画でも紹介されていた。
しかしそのような本来の報道の理念をスポイルし、信頼を失っているのはまさに週刊誌自身であり、まずは適正なやり方をするように昔の仲間たちに進言するのが先ではないか。

今回の「週刊誌批判で記者の実名顔出しを求めるネット民も人の批判をするのだから実名顔出しをしろというブーメランを受けることになる」というロジックは一見そうかもと思えるが実際は穴だらけだ。

「おれもこうするのだから、おまえもこうしろ」というのは、「おれ」と「おまえ」がその問題において(例えば報道主体としての資質という点において)対等である場合には公正である。
しかし、週刊誌と一般ネット民は全くの非対称だ。
例えば私が実名顔出しで「松本人志は性犯罪者だ」と言ったところで、松本さんは休業に追い込まれただろうか。
拡散力や影響力という点がまず違うだろうし、それ以上に文春は一定の評価や知名度をもつ報道機関だ。
一般人なら「友達の友達が言ってた」という程度のことで事実と思い込み、「誤報」をするかもしれない。
しかしまがりなりにも報道記者として記事を書く人間は、記事の裏取りの仕方、記事の誤解ない書き方、取材対象との接触の仕方、それらについての職業倫理などを叩き込まれた上で記事を書く。だからこそプロの仕事として記事を売り物とすることができ、報酬を得ることができる。そしてそこにそれなりの信頼がある。

またこの方は「週刊誌批判も憶測で行われている」とするが、「まっちゃんや伊東選手がシロだ」というのは確かに憶測だろうが、そうではない問題点はいくらでも指摘されており、それらは論理的な問題点の指摘であり、憶測ではないものはいくらでもある。

それに記者の実名をもとに例えば住所を晒したりすればプライバシー権の侵害だし、家族への嫌がらせなどは誰がやろうが問題だ。逆に、その記者が誰から金をもらっているとかどんな連中と付き合っているかとかは普通に批判されていい内容で問題はない。なぜなら記事内容がそのような事実に影響を受けている可能性もあるから公益に資する情報なのだ。
ネット民が憶測でモノを言うという主張は、記者名が晒されると、プライバシー侵害やら嫌がらせのような低レベルな振る舞いのみが横行するというのと同じように、単に一般人をバカにしている。これらは誰がやろうと問題だし、背後関係の調査報道は誰がやっても有益だ。
それに単なる下劣なプライバシー侵害が横行しているのはまさに週刊誌の方だろう。

しかもネット民は匿名と言うが、名誉毀損など一線を越えればログ開示などされる可能性はあり、決して完全匿名ではない。そして民事などでそれなりの責任を取らされる。むしろ週刊誌こそ報道の自由を笠に着て、書き得と言われる無責任状態で出版活動をしている。そもそもこれまでもきちんと責任が取らないからこそ、それなら記者名を晒せという議論になっていることをわかっているのだろうか。
十分な賠償と真摯な訂正が、せめて事後的にでもなされるならここまで世論は沸騰していない。
せいぜい数百人、数千人が見ているSNSの書き込みでさえ数十万円賠償させられるのに、何千万人が知ることになる週刊誌報道での賠償がせいぜい数百万円というのがおかしいし、自分達が間違えても訂正報道はもとの記事ほどの熱量で熱心になされていないだろう。ここをとぼけて白々しい言い訳をするから怒りを買う。

さらにこの方は、「一般人が実名顔出しで週刊誌批判なんてできない」「大企業の社員が『週刊誌の記者死ね』なんて書き込んでいるのがバレれば立場を失うだろう」と言っているが、ここも一見それっぽく見えてミスリードがありまくる。

これが問題なのはまずもって単なる誹謗中傷の域にある発言だからだ。しかし発信内容が真っ当な批判であっても例えば政治的宗教的な思想などと同様に普通や会社や取引先などに知らせるのはふさわしくないということがあるということにすぎない。

簡単に言えば、業務に関係ない考えを表だって知られることが会社員にはそもそもふさわしくないとされているというだけだ。主張内容やそのレベルとは関係ない。
逆に、松本人志さんの女の好みや性癖を面白おかしく記事にする活動を、場にふさわしい業務として、文春内では恥ずかしげもなくしているわけだ。それはそういうことをやるのが業務の会社だからだ。
それに他人の性癖を面白おかしく拡散するという活動を大企業の社員がすれば許されないのに、週刊誌内部では許されると言うならば、それは週刊誌が非常識な、もっと言えば反社会的な空間ということを証拠立てているのではないか。

最後に、動画では「被災地復興を文春でやってもそんなお堅いのは売れない。だから他人の下半身のようなくだらないネタで儲ける。それは一般大衆がそんなくだらないものを求めてるからだ」という論を展開するが、これも間違っている。
「一般人のリテラシーをあげろ」なんて言う上から目線はよく聞くが、大衆が扇動されやすいということは不変であるという悲しい現実を悪用することを正当化しているにすぎない。
バカな方が悪いというなら、契約書に小さく消費者が不利なことが書いてあっても「読まない方が悪い」と言うのはアリなのか?「重要事項はきちんとわかりやすく明確に説明しましょう」と言うのが正義ではないのか。
同じ理屈でホスト狂いや統一教会の被害者も助ける必要はないことになる。
そういう人たちは一定数いる。そんな人たちにつけ入るやり方は許さないというのがスタンダードな考え方なのであり、大衆のゲスな心理を利用して著名人の人権侵害をして儲けるなんてことが許されるわけはなかろう。
あまりに不誠実なのはさすがにダメだという意見を素直に認めるべきだ。性加害と煽っておいて、「シロートっぽい女が好みらしい」などの情報で話をそらし、嫌悪感を煽りイメージを潰して勝った気になる。こんなもの復讐されても仕方ないだろう。
特に報道は、憲法上の権利に明記された理念に基づいている。謙虚で抑制的になるべきであり、立法や司法で糺されないならば、相応の実力行使を否定する正当性はない。
その際影響力もなければ、収益を得ることもない一般人まで実名顔出しをしなくてはフェアではないなんて理屈の方がおかしいと言えるだろう。

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