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Air ‎– Le Voyage Dans La Lune (2012)

 数多いるフレンチ・エレクトロ・アーティストの中でも、Airはフィルムスコアに理解のあるユニットだ。傑作『The Virgin Suicides』でサウンドトラックの頂点を獲得した彼らが十数年ぶりに手がけた映画プロジェクトは、最初期の劇映画として知られ、この年に公開から110周年を迎えた「月世界旅行」のスコアを作成することだった。
 映画史の原点である『月世界旅行』は監督Georges Mélièsの特殊撮影と無邪気な創意工夫にあふれている。想像力豊かに描かれた月の風景、衝撃的な月面人との出会い、手に汗握る脱出劇からの大団円。当時、ニュース映像や舞台の記録程度の役割しか持っていなかった映画は、メディアだけでなく芸術や劇作品としての大きな可能性を与えられた。
 大元のオリジナル・フィルムが20分にも満たないサイレント短編であるため、Airは本作を単なるサントラではなく、映画から着想を得たコンセプトアルバムとして作ることにした。古い作品であるため、童話のようなファンタジー的雰囲気の強い作品であったが、Jean-Benoît Dunckelは「Sonic Armada」のシンセによって、原作のSF作品としての説得力を増してみせた。また、「Parade」の陽気でどこかかわいらしいサウンドは、当時特有の乱雑とした映像の雰囲気を演出している。
 発売時に付属していたDVDは、白黒ではなくカラー版のフィルムがデジタル復元され、新たな息を吹き込まれ21世紀の世に再び出現することになる。試行錯誤の塊である愛すべきクラシック映画は、Airの温かみのあるエレクトロサウンドに包まれて映画ファンに迎えられた。