見出し画像

リング / らせん (1998)

 ホラー映画『リング』の最大の功績は、アナログからデジタルに移行しつつあった1990年代特有のあいまいな時代観を、徹底的にホラーの演出へと活かしきったことだ。和服女性のノイズにまみれた映像と取り残された井戸、そして謎を解くための現代的アプローチとダビング技術による恐怖の増殖。つまり過去の遺物と文明の利器、相反するそれぞれの要素が終始暗い映像の中でコントラストを生み出し、独自の世界観を描く。アナログ時代の記憶をまだ鮮明に持っていた当時の観客は恐怖の底に叩き込まれ、本作はハリウッドにも影響を与えるJホラーの金字塔となった。
 音楽の面でも同様で、クラシック楽器とテクノミュージックの同居したサントラ盤はホラー音楽の名盤だ。『リング』の音楽はサウンドトラックの巨匠、川井憲次が手掛けた。スリラーの世界では伝統ともいえる張りつめたストリングスのサウンドと、ダーク・アンビエントが印象的である。名高い〈呪いのビデオ〉の場面で流れるBGM(古い床がきしむような不協和音がリフレインする)は強烈に記憶に刻み込まれる。また、予告編ではJuno Reactorによるトランス・ミュージックが大々的にフィーチャーされたが、本編中では効果的に使用されているわけではない。
 特筆すべきは、HIIHによる主題歌「Feels Like "Heaven"」を大胆にアレンジしていることだ。ボーカルのパートを極限まで削り、暗くミニマルなサウンドに書き換えたことで、明るかった原曲の印象をガラリと変えてしまったのである。結局その判断は功を奏し、映画のラストに登場した歌のフレーズはリングシリーズの代名詞として知られることになる。
 映画『らせん』は小説版から飛躍した『リング』に比べ、化学的見地から謎を紐解こうとする医学サスペンスを原作に忠実に描いている。『らせん』ではLa Fincaの名でも知られる作曲家、池頼広が音楽を製作した。人間ドラマの要素も強いため、テクノ以外にもホーンをフィーチャーしたバラードなど、『リング』よりバラエティに富んだ音楽が収録されているのが特徴だ。「Portrait Of Love」の穏やかでロマンチックなサックスは、映画を知らないリスナーでも聴き入るに違いない。また、同じくHIIHによる主題歌「ゆがんだ時計」も「Feels Like "Heaven"」に劣らない名曲だ。