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「好き嫌い」という行動科学最大の謎に迫る

いつも,これが好きだとかあれは嫌いだとか言っている皆さん,なぜ人間に好き嫌いがあるのかを知っていますか.どういう理由で何かを好きになったり嫌いになったりするのかを知っていますか.そのような謎に取り組んでいるのが本書「好き嫌い―行動科学最大の謎―」だ.

好き嫌い―行動科学最大の謎―
トム・ヴァンダービルト,早川書房,2018

もっと具体的に本書で取り上げられている謎を示しておこう.訳者あとがきに原書カバー裏表紙に書かれている文章が紹介されている.これが手っ取り早い.

「あなたは知りたいのではありませんか。
 美術館へ行くとなぜあんなにくたびれ果てるのか。朝食には毎朝同じものを食べるのに、夕食には昨日と違うものが食べたくなるのはなぜなのか。青色はなぜ多くの人に好まれるのか。本が受賞するとどうしてアマゾンでの評価が下がるのか。大勢で食事をするといつもよりたくさん食べられるのはなぜか。リサーチ段階で高評価を得たはずのクリスタルペプシが発売後に市場で不人気だったのはなぜか。以前はきらいだったものを好きになるのはどうしてか。コンテストの審査員はなぜ最後の出場者に高い点をあたえるのか。『やましい愉しみ(ギルティプレジャー)』はやましさを感じないと愉しくないのか。人はなぜ自分の若いころの音楽がいちばんよいと思うのか。食通の人よりも食べものにうるさいことをいわない人のほうがしあわせか。口コミサイトのレビューのうそをどうやって見抜けるか。可もなく不可もない並みのビールをおいしく飲むにはどうすればよいか」

『好き嫌い―行動科学最大の謎―』訳者あとがき

本書「好き嫌い―行動科学最大の謎―」では,作家である著者が,これらの疑問の答えを探している.取り上げられている疑問はこれだけではない.すべての疑問が解消されているわけではないが,ネットフリックスやマコーミック,国際猫見本市やグレートアメリカン・ビアフェスティバルなどの現場に出掛け,また様々な研究者に会って,独自に取材した内容が紹介されており,興味深い.

高級ヴァイオリンの代名詞であるストラディバリウスは格付けチェックにも登場してお馴染みだ.しかし,本書で紹介されているFritz et al., PNAS, 2012とその後の研究によると,楽器が見えない実験環境下では,演奏家は名器よりも新作バイオリンの音色を好むそうだ.このことから,名器が非常に好まれているのは,音色の素晴らしさによるのではなく,それが名器だという事実のためだろうと指摘されている.

珈琲を細かく分類できる(違いを言葉で表現できる,上等なもののどこがよいかを識別できる)人は,そうでない人に比べて上等でないものも楽しめるそうだ.ビールと珈琲での実験結果があるが,ワインや食べ物でも同じことだろう.ソムリエとまで言わなくても,飲み物や食べ物について勉強して解像度を上げると,もっと楽しめるようになる.自分が飲みたいなら,ワインでも日本酒でもウイスキーでもビールでも何でも好きなモノを飲めばいいわけだが,より楽しむためには,とりあえず上等なのを買って飲むのではなく,その飲み物について勉強した方が良いということだ.これを知って,最近飲み始めたウイスキーとかについて勉強してみようと思った.

ポップミュージックにありがちだが,一気にヒットチャートを駆け上がりすぐに堕ちていく曲がある一方で,じわじわと人気の続く曲がある.その違いは,少なくともその違いの一部は,曲の複雑さにあるらしい.人は何かに接すれば接するほど,接触効果によってそれを好きになり,知覚的流暢性によってそれを簡単と感じるよういなる.このため,単純な曲は単純過ぎるようになり,複雑な曲はちょうど良くなる.

本書では様々な対象が取り上げられているが,自分自身の好き嫌いでさえも説明するのは難しい.言葉に窮する.この事実が評論家が嫌われる理由ではないかと書かれている.

多くの人が評論家に対してわけもなく反感を抱く理由は、これを好きになれと指示されるのがいやだからというのもあるだろうが、それよりもなぜ好きなのかを彼らが雄弁に語れるのがおもしろくないからではないだろうか.

その真偽はともかく,それほどに人は自分の好き嫌いの理由を説明できない.

これまで好き嫌いについて真面目に考えたことがなかったので,新たな気付きを得られた,面白い本だった.

© 2022 Manabu KANO.

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