見出し画像

04「食べられない人」は減ったのか?

 訪問歯科診療を始め、摂食嚥下障害のリハビリテーションの存在を知ったときは衝撃的だった。もちろん今では、確固たる地位があり、その実践者、研究者も多いが、当時はまだ黎明期。食べられなかった人が訓練によって食べられるということが魔法に見えた。そして、これで食べられない人がいなくなる(少なくなる)と感じた。

 ところで、食べられるようになる人は増えたのか?食べられない人は減ったのか?

 地域食支援の根源を考えていく。

 統計的なものはどこにもないので比較しようもないが、食べられるようになった人がそんなに増えているようには感じない。逆に、摂食嚥下障害という言葉が独り歩きし、禁食文化が広まったような気もする。もちろん数字がないので憶測でしかないが、「食べられない人」の数について考えていく。

1 摂食嚥下障害やそのリハビリテーションの理解は広まっている
 摂食嚥下障害(口から食べられない障害)のメジャーな学会で「日本摂食嚥下リハビリテーション学会(摂食嚥下リハ学会)」は発会から30年以上経つ。この間、その障害の理解や評価法、そして訓練法なども進歩している。今や嚥下障害の評価法としてメジャーになった嚥下内視鏡検査(VE)だが、私が学び始めたときは注目されていなかった(あったかどうかも不明)。2000年代になって歯科医師がVEを使用し始めた時、耳鼻科医との確執問題が出たのは今となっては笑い話か。
 また、摂食嚥下に関わる人数も増えてきている。摂食嚥下リハ学会の初期の会員数を見ると、5,000人未満であるが、今や16,000人を超えているらしい(ちなみに私は1999年入会)。本当の患者数を考えるとまだまだ少ないのかもしれないが、この人数の増加率は前向きに捉えたい。

「日本摂食嚥下リハビリテーション学会」初期の会員数

これだけ考えるととても明るい状況だが、それだけではない。

2 高齢者が増えている
 とにかく母体数として、高齢者が増えている。つまり、口から食べられなくなるリスクが高い人が単純に多くなってきている。これらの人が様々な疾患に罹患したり、老化によって食べられなくなる。おそらく、食べられない人の「数」が多くなっているというのはこの数が増えていることによる。

高齢者人口と割合

3 禁飲食の指示の状況
 30年ほど前から胃ろうの使用が日本で広まってきた。その当時のことは記憶にある。在宅医療界では概ね好意的に受け入れられていた。逆に「食べられなくなったら終わり」の終焉という大きいな転機になった。私は新宿で、胃ろう推進者の一人、丸山道生先生と交流があったせいもあり、「いい時代になったなぁ」というのがファーストインプレッション。

 しかし、胃ろうを一部の熱心な先生方が使用法も考えて使っているうちは良かったが、それが「便利なもの」になった瞬間、「誤嚥性肺炎→禁食→胃ろう」という三段論法で一気に加速してしまった。おそらく、主治医の頭の中でも、「誤嚥性肺炎になるんだから食べさせるのは危ない。でも胃ろうがあって良かった!」となっていたと思う。ただ、誤嚥性肺炎も知らない、禁食によるリスクも知らない、でも食べないと死んでしまう、と思っている医師にとっては福音だっただろう。それが行き過ぎて、最後は「胃ろうバッシング」になったのだと思う。
 今もその状況は変わっていない。「誤嚥性肺炎=禁飲食」。でも胃ろうは社会的に文句言われるので中心静脈栄養(血管に栄養を入れる)。
 ちなみに、誤嚥性肺炎の方を禁飲食にして良くなった、というデータは存在しないらしい。それでも禁飲食。教科書、ガイドライン好きの日本人としては珍しい。

 もう1つ考慮すべきことが起きている。前述したようなVEが出てきて良かった面も多分にあるが、それによって食べさせないという事例も多く出てきた。VEや嚥下造影検査(VF)は通常の食事場面とは異なる。あくまでも検査場面であり、日常生活ではない。その状態で日頃のパフォーマンスが出せずに誤嚥してしまい、「禁飲食」の指示が出てしまうケースがある。その数は計り知れないが、VE検査の普及とともに増加していることは間違いない。

4 摂食嚥下リハ以前
 前述したが、摂食嚥下リハや胃ろう以前の時代、「食べられなくなったら終わり」というシンプルな時代だった。他に手はない。今の食事介助とは異なり、意識や覚醒が十分でない人も、無理やり起こして口に食べ物をいれることもしていたと聞く。点滴や経鼻胃管(鼻からチューブを入れて栄養を入れる)もあったが、十分な栄養量を確保できておらず、亡くなるのは早かったらしい(あくまでも“らしい”)。その時代よりも、食べられなくても生きられる人は増えているだろう。

5 食べさせられる人
 いつの時代でも問題になるのが、禁飲食になった人に「食べていいよ!」というGO!サインを出せる人の存在。どのような状態になれば食べさせてよいのか?その基準に統一性はまったくない。成功率100%を目指せば、「食べていいですよ!」とは一生言えないだろう。でも、可能性を感じたらGO!だったら、食べられる人の数は増えるだろう。

 頭の整理のためにいろんな因子を出してみた。数的には高齢者の人数が増える分「食べられない人」が増えているのはわかる。では、「食べられなかったけど、食べられるようになった」人を増やすためにどうすればいいのか。
 単純に「誤嚥性肺炎だから」といったルーチン的な禁飲食の指示を減らし、食べることにGO!サインを出せる人を増やすこと。

 私の作戦は、「GO!サインを出せる人を増やし、ルーチン的な禁飲食をしない社会を作ること」だ。

#摂食嚥下障害のリハビリテーション #食べられるようになる人 #日本摂食嚥下リハビリテーション学会 #嚥下内視鏡検査 #胃ろう #禁飲食 #地域食支援


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?