科学技術政策に対する認識

JST理事長のインタビューがウェブに掲載されているのを読んでみた。

色々違和感のある記事だったので、備忘録的に論じておきたい。

①研究開発能力の低下に関して
社会の変化は激しく、ITについて行ける様な人間で無いとこの変化のスピードに対応するのは難しい。ではなぜ対応できないのか?理由は簡単で、政策決定している人間がそういう人々だからである。IT担当大臣がITに関して無知であったりするのは典型だが、政策決定機関やファンディングエージェンシーの上部がそういう人たちで占められていたらそうなるのは当たり前だ。
DX等の話が出てくるが、問題はそういったテクニカルな話だけでは無く、アカデミアにおけるシステムの問題でもある。なぜなら昇進や研究費獲得等の審査は必ず「昭和時代」のシニアが担っており、いくら若者が劇的な変化を与えようとしてもそもそもその場を与えることはできない。
40代の中堅研究者の私は氷河期時代真っ盛りに学位を取ってアカデミックの世界に足を突っ込んだが、我々の世代はちょうどWindows95が導入された頃に大学に入ったITの初期世代である。少なくともこの世代以下の人間に政策決定させないと、時代に合った研究開発投資はできないのではないか?
そもそもこの「昭和的」な社会を作り・維持してきたのは現在責任ある立場にいる人たちなので、その人達が自ら引退しない限りは、能力のある若手をアカデミックの世界に引き留めておくのは難しいだろう。その結果、研究開発能力が低下するのは当然の成り行きである。

②海外経験について
海外に出る研究者が減っている、というのはそうなのだろう。ただ、これも大学教員として感じる肌感として、「日本が居心地がいいから」とか「研究室がたこつぼ化」しているからとかということではないように思う。

具体的に海外に行く研究者が減ったのには、以下の2つの理由があると考えている。

1)アカデミック以外の進路が増えた
当研究室の出身者でも、学位を取った後にアカデミアに残るのはここ10年は少なくなっている。大学院で経験した問題解決能力を活かす場として、企業やスタートアップに行く例が増えている。中には起業した者もいる。そうなるとそもそもアカデミックに残る人材自体が少ないわけで、その中で海外に行く人が全体として少なくなるのは当然だろう。
特にアカデミックポストは経済的に恵まれていないこともあり、大学院に進学する学生自体が減っている現状を見ると、企業に就職した方が経済的安定性は格段に高い。海外に研究者を出す云々の前にアカデミックに人が残る様な施策をしないと若者は冷徹に現状を認識して企業に就職していく。夢だけじゃ食えないからね。

2)アカデミックポストを巡る争い
一方でアカデミックに残った人は限りあるポストを探さないといけない。研究室としても優秀な研究者は逃したくない。そうすると日本人の研究者で実力のある上位層はすぐにポストが決まり、国内のどこかの研究室でポスドクか助教などの立場で採用されることになる。そうなれば教務やプロジェクトに追われ、海外渡航など考えられない状況になるだろう。
自ずと海外に行くのは、経済的に余裕のある人でポストなんか気にしない人か、元々海外にどうしても行きたい人、実力はそこそこあるがポストを得られなかった人が「仕方なく」選ぶ選択肢になる。

3)為替
これは地味に大きな問題である。1ドルが100円切っていた時代ならいざ知らず、円安でさらに物価の上がっている海外に行きたいと思えるか?この辺りは海外に行くための支援を充実する必要があると思う。

失われた30年で経済的に余裕のある人は少ないだろうし、どうしても、ということでなければ海外に出る理由が無いことになる。海外に出る理由が若手研究者の選択肢として上がらないのは当然だろう。

③日本人だから英語論文が読めない?
一体何時の時代の話をしているのだろうか?そんなコメントを出していること自体が「昭和時代」に生きている人が政策決定していることを如実に表している。少なくとも大学院生レベルではそこそこ英語での発表経験もあるだろうし、論文も英語で書くのは指導教員の手助けがあれば十分可能だろう。
また、最近はAI翻訳の精度が劇的に向上しているので、そういったツールを使えば十分論文の解読・執筆は可能である。まさにこういう現状認識がIT世代と隔世の感があることを感じる。

全体的に、それこそこれまで日本の研究開発力の低下を現場で担ってきた世代の方が、他人事のように「海外にでないからだ」「英語ができないからだ」などと宣うのはいかがなものか…しかも日本で1,2を争うファンディングエージェンシーの長がこの有り様である。

日本の未来は暗い…。

ただ、気象コントロールのプロジェクトリーダーが40代ばかり、というのは希望が持てるが、果たして「想像される未来を超える」ことは地道な研究からでしか進まないのではないか。

こういった大規模PJばかりに予算を使うこと自体が研究力低下に拍車をかけていることをファンディングエージェンシーは肝に銘じるべきだと思う。

「当たりくじだけ買うことはできない」のだから…。



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