【ふしぎ旅】おなつ橋
新潟県長岡市(旧与板町)に伝わる話である。
現在、南中のあたりにはおなつ橋という名の橋はない。南中と中田との境に吉津橋という橋があり、それが、その名残なのかもしれない。
近くには三社宮や観音寺といった寺社があり、村にとっては重要な意味合いがあるところなのかもしれない。
さて他の伝説などでも、火の玉や人魂と呼ばれる怪火は、雨が降る夜や、雨後のジメっとした時には出やすく、このおなつ火もその類にもれない。
そのため、火の玉などは、動物の死骸から出るリンと雨水との化学反応と言われることが多い。
もっとも、この伝説は橋という川の近くの話であることから蛍火のような気もする。 (雨の日には蛍は飛ばないが、娘の名前から”夏の火”のことでは無いかとも考えられる)
しかし火の玉の正体などを考えてみても、それほど意味があるとは思えない。
大事なのは、この話のおなつ橋が村はずれにあるというところだ。
村のはずれとは、言い換えれば、村からの出口という所だ。
つまり、村とそれ以外との境界ということである。
もともと境界という、その存在が危ういところでは物の怪の類が出やすい。
例えば、その字の通り、魔物に逢う”逢魔が時”とは昼と夜の境界である夕暮れのことだ。
それでは、おなつ橋とは村と何の境界なのか。
それも、伝説にある通り、与板という”マチ”との境界なのだ。
曲解して、おなつの素行云々の話を抜きにして考えてみよう。
そう考えると、この話は、おなつという少女がムラから飛び出して、マチという新しい世界へと向かおうとするのをムラの人たちが全力で止めようとする閉鎖的ムラ社会を象徴する話となる。
さらには、その話を不気味な火の玉の話として語り継ぎ、その場所に近づくなという警鐘にすれば(つまりは「村はずれに行くな≒村から出ようとするな」)とすれば、他の者は閉鎖的なムラから出ることは出来ない。
そう考えると、もっとも怖いのは、おなつの祟りなどではなく、そのような何者も外に出さないで完結しようとするムラと、ムラの人達そのものだったという集団ホラーへと話は変わってくる。
「素行が悪い」「村の恥だ」
そのような曖昧な理由で断罪し、逃げようとする何も持たない一人の娘を何人もの人が鍬や鉈を持って追いかけて殺す。
おなつの視点で見ると「狂気のムラ」の話となり、そちらの方が余程に恐怖である。
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