「作品」に「罪」は無いのか?
主にミュージシャンなどの方に多いのだが、あるアーティストが、犯罪などを起こした場合、「その人の人間性と作品の素晴らしさは関係ない」、あるいは「その人が作った作品には罪は無い」、という意見を聞くことがある。
極端な話、「君だけを愛している」なんてことを歌っている人が、ドロドロの不倫関係なんかをしていた時に、その人間性と作られた歌とは関係あるのだろうか。
また、麻薬常習者が、「清く正しく生きよう」などということを歌っていた場合、その歌に罪はあるのだろうか。
実は同じように見えて、この2つの問いには大きな違いがある。
「作者の人間性と、創作されたものは関係があるのか」
「作者の人間性と、創作されたものは関係があるのか」
言語論的に答えるならば、「当然、関係がある」と断定できる。
古典的なヤコブソンの言語モデルでいえば言語の構成要因は<発信者><受信者><メッセージ><コンテキスト><コード><接触>の6機能となる。
言語とは<発信者>が<受信者>に<メッセージ>を送ることだ。
この場合の<メッセージ>とは”表現されたそのもの”であり、伝達内容(意味、価値)ではない。
<メッセージ>が有効であるためには、第一に<コンテクスト>が必要とされる。
文脈とも訳されるが、<メッセージ>を補足する社会的・歴史的な背景と考えていただければよいだろう。
<コード>とは、”文法”とか”意味”とか、言葉のコミニュケーションを成立させるための”お約束”のことだ。
<接触>とは、どのような通信手段で伝わったか、ということである。
直接的な会話で通じる場合、文書などの保存されたもので通じる場合など、様々な要素が考えられる。
これらの言語の構成要因のどこに重きを置くかにより、言語機能は異なってくる。
<コンテキスト>に重きを置く<間接的機能>が、最も一般的で、言わば「その状況にいる万人に分かりやすい言葉>となるだろうか。
一方<メッセージ>に重きをおく<詩的機能>においては、表現そのものに重きを置かれる。
言語表現そのものの美しさとでも言えばいいだろうか。
大切なのは、どの機能が優位にあるということではなく、言語が一つの機能のみに支配されるものでなく、様々な機能要素の統一体としてあることだ。
ということは、ある構成要因が変化すれば、その変化は言語の本質にまで反映し、言語の構造、方向性と言ったものにまで変化を及ぼすこととなる。
ここまで説明すれば「作者の人間性と、創作されたものは関係があるのか」という問いについて、「関係ある」としたことが分かるだろう。
例えば、中島みゆきの「時代」という歌がある。
この<発信者>が中島みゆきでなく、徳永英明のカバーバージョンだとした場合、<コンテクスト>には、創作者の中島みゆきだけでなく、徳永英明が、どのような人物なのかという背景が加わることになり、<メッセージ>が同じであったとしても、<受信者>に届く意味合いが、まるで違うと分かるだろう。
また、仮に「時代」の作者が中島みゆきで無かったならばと仮定してほしい。
その時に<コンテクスト>は大いに異なることは予想がつくだろう。
作者の存在は、言語機能の<発信者>および<コンテクスト>に大きく影響を与えるのである。
<メッセージ>は<メッセージ>として自立しているわけではない。
だからこそ、「誰が作り、誰が歌うか」「どうやって伝わるか」ということは、表現されたものにとって、極めて重要な情報であるのだ。
作った人の人間性も、情報として伝わる限りにおいて、関係ないということはありえない。
「作られたものに罪はない」のか
それに対して「歌われた歌に罪はない」ということはまた別次元の話だ。
<メッセージ>そのものが罪に問われることは少ない。
発禁処分ということを別にすればだが、それに関しては、先ほどからあるように<コンテキスト>の問題だ。
いずれにせよ、最終的に<受信者>にどのように伝わったかと言う問題になる。
最大公約数的な解釈があり、それが世間的な”価値”を決定する。
しかし、一個人にのみ特別な”価値”がある場合もある。その逆も然りだ。
あくまでも、<受信者>が解釈したこととして”価値”なり”罪”は発生する。
<発信者>は何らかの意図をもって発信するが、それは<コード><コンテキスト><接触>により<受信者>の解釈となる。
とするならば、結局はどの言語のどの機能に重きをおくかによって、”罪”なるものは決定されると言えるだろう。
その前にそもそも、罪とは何か、それによる罰とは何か。
そこを明確にしないと「歌われた歌に罪は無い」という言葉の真偽が確かめられない。
なので、この「歌われた歌に罪は無い」ということに関しては、どうしても、<受信者>の解釈が起こった後でしか言えないのだ。
言わば、後出しジャンケンで、普遍的な解答は無いのだ。
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