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誰もいない夏

 坂道の上に広がる水平線。
 梅雨期だというのに珍しく青空。
 シャボン玉のような虹色が弾け咲く紫陽花を横目に見ながら、僕は海を目指していた。

 本当は、海へ行くつもりじゃなかった。ただ、こんな晴れた日に家の中で一人きりでいるには、あまりにも耐え難いことだったのだ。
 だから、「とりあえずどこかへ」そんな気分で車を走らせた。

 気付くと海岸線を走っていた。
 光る海。
 窓を開けると風が車内を通り過ぎていく。
 梅雨時なので、少々湿り気を帯びているが、微かに夏の匂いを孕んでいる、そんな風だ。

外は夏だってのに いつだって独りで部屋で
ああ探していた 言葉のワナを抜ける体系(ルール)
(『誰もいない夏』、SUNNY SIDE SUPER STAR)

 海岸線を走ると思い出すのは、いつも大学生最後の夏休みだ。
 夏休み前には就職内定をもらい、毎日のように仲間と騒いで遊んでいた。
 大学時代は、僕は精神が不安定な状態にあったため、あまり人付き合いというものをしなかったのだが、なぜか最後の夏だけは特別という感じで、思い切り騒いでいた気がする。

 大学を卒業した後のことを考えると、期待より不安の方が大きく、それを忘れようとして、騒いでいたのかもしれない。
 怖かったのだ。独りで大人になることが・・・おそらく。
 だから、それまでしなかった人付き合いを無理矢理しようとしていたのだろう。

いつもみんないた海 もう誰もいなくなった
波はただくり返す 独り大人になれずに
  (『誰もいない夏』、SUNNY SIDE SUPER STAR)

 大学を卒業して、会社員となった僕は、日々の業務を淡々と過ごしている。
 ただ無我夢中で毎日を過ごし、気が付けばもう、人生の半分以上を過ごしている。
 たぶんバカ騒ぎしていた夏となんら変わりはないのだろう。
 下らないことばかりを言って過ぎる毎日。
 それは、たぶん今の自分を誤魔化そうとしているせいなのかもしれない。

 あの夏、騒いでいた仲間は、みな結婚し、子供が成人している者もいる。
 そんな中、未だ独り身の僕は何やら取り残されているような気持ちを、ふとした瞬間に抱いたりする。
 あれほど独りで大人になることが怖かったのに、いつのまにか周りはみな大人になって落ち着いて、気付くとやはり僕だけ独りぼっち。
 そんな気持ちを誤魔化そうと、自分を卑下して笑い者になってみたり、下らない笑いを振り回したり。

 ただ一つ言えることは、毎日は残酷に一定のリズムで過ぎていき、毎年夏が訪れると言うこと。
 そして、とりあえず、今年も夏が訪れ、海の波のリズムだけは、あの頃と変わらないということ。

来るよ!また新しい夏がくる!
何度だって僕ら歩き出せるなら
ゆくよ!僕はまだゆくよ!
長い長い休みはもう終わった
だけど!ほんとの夏迎えにゆくんだ!
僕の僕だけの夏!
 (『誰もいない夏』、SUNNY SIDE SUPER STAR)

 ・・・今年の夏は、どんな夏になるんだろうか?
 今年の夏は、ステキな夏になるのだろうか?
 そんな淡い期待を持ちながら、海岸線を走るのだ。

 いずれにしても夏はもうすぐ。
 

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