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ネット世界だけでは無理。多様な意見、異なる価値観に出会い、共同作業をする場が必要。

 現代の日本社会に「分断」はあるのか。あるとすればどのような意味で、どのような形で私たちの生きる社会に存在し、影響を与えているのか。11月、インターネットの影響力を研究する社会学者、社会心理学者が『ネット社会と民主主義~「分断」問題を調査データから検証する』(辻大介編、有斐閣)を上梓した。

 インターネットが民主主義の分断を促進するように作用しているのか。同書では、2019年に実施した全国調査と17年から19年に実施したウェブ調査の結果を分析し、検証している。まさに「分断」という言葉がメディアでも頻出した時期である。そこには、ネット決定論を裏付けるものはないが、政治的な化学反応を促進する影響力はあった。

 編者の辻は、対立する意見に接触し比較考量する機会が失われることを問題視する。そして、社会的弱者の声が政治に反映されにくい一方で強者の声が反映されやすいことが分断を生じさせる可能性を指摘する。

 分断を生じさせない、また、ある分断を解消するにはどうしたらよいか。簡単な処方箋はない。しかし、異質な他者への共感という感情が重要なことは言うまでもない。どうしたらその感情、心が育つのか。様々な研究がなされてきた。人間は、成長・加齢とともに他者への思いやりが自然に発達していくようプログラムされているのではなく、社会の中で人と人とのつながりや様々な体験を通して学習していく、すなわち、他者の存在が重要だというのが社会科学の知見だ。

 社会科学分野では第2次世界大戦後、どうして人は残忍なことをするのか、なぜあのような悲惨な戦争を人類は起こしたのか、そうした人間の負の部分の研究が進められた。それは当然といえば当然で、第2次大戦における多くの命の犠牲という現実を目の前に、このようなことを繰り返してはいけないと原因究明の研究があった。人間の負の部分の研究が進められてきたが、残念ながらこの世の中から戦争は消えていない。

一 方、ハーバード大学の社会学者ピティリム・ソローキンは1949年、The Harvard Research Center in Creative Altruism(創造的利他主義研究センター)を開設する。10年間、リリー財団の寄付で研究が進められた。人間の負の部分ばかりを見るのではなく、善なる面、思いやりや利他的な行動を研究するべきだという信念があった。今から70年も前のことだ。

 2011年にはアメリカ社会学会にAltruism, Morality, and Social Solidarity Section(利他主義、道徳性、社会的連帯セクション)が創設された。多様な考え方や異なる社会階層や人種の存在が重要だが、それだけでは分断の超克につながらない。多様な意見、異なる価値観に出会い、共同作業をする場が必要との知見がある。それは、インターネットの世界だけでは無理であろう。

 altruism(利他主義)の造語の生みの親であり、社会学の祖と称されるオギュースト・コントは、晩年に、キリスト教ではなく、兄弟愛と人類愛を説く人類教を提唱した。分断社会の超克に、今、私たちはどこに道を見出すであろうか。

本稿は、以下をもとに加筆修正しました。
稲場圭信(2021)「時事評論:分断超克のための共同作業 ネット世界だけでは限界」『中外日報』、2021年12月10日


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