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データセンタ事業

 二〇〇〇年、発足したばかりのASPコンソーシアムに参画し、講演や出版に協力した。シリコンバレーでデータセンタを見聞して帰国したが、社内はデータセンタ事業にどう取り組むか、方針が定まっていなかった。アウトソーシングや計算センタ、NTTグループ各社はすでにやっている。これらもデータセンタ事業と言えなくもない。
 当時、データセンタに積極的だったのは不動産会社だった。バブル崩壊でオフィスが余っていた。机の代わりコンピュータを並べて賃貸する。ネット経由なら不便な場所でも構わないだろう。いいじゃないか。
これは素人の考えで、実際にはデータセンタの条件は厳しい。まずコンピュータは重い。机の面積にサーバを三十台、四十台と積み重ねるのだ。図書館のような床強度が必要になる。電力も大量に消費する。廊下、駐車場にも配慮が要る。コンピュータの搬入、夜間の修理駆け付け、そして。停電が長時間になったときには発電機の燃料補充のためにタンクローリーを横付けしたい。空いたオフィスビルを簡単に転用できるわけではない。
 電話局は交換機の小型化でフロアが余っていくが、床強度が不足していた。古い交換機は自然空冷が前提で、スカスカで軽かった。だから、電力容量も足りない。サーバは強制空冷が必須で、空冷が止まればサーバは壊れてしまう。発電機も空調まで含めた容量が要る。
 交換機は直流で動作している。鉛蓄電池でバックアップしていた。ディーゼル発電機を起動するまで、一時間も持てばよい。(ディーゼルエンジンは起動に手間がかかる)ところが、空調まで含めたら一時間など無理だ。そこで、短時間で起動できるジェットエンジンを使う。(停電時、ビルの地下からキーーーンという高いジェット機の音がするかも)
 それでも通信事業者がやるべきという意見はあった。光ファイバはあるし、発電機やファイバの技術者がいる。資材置き場や駐車場にデータセンタ用のビルを建てた例もある。
 さて、NTTコムウェアはどうするか。当時、不動産会社がデータセンタ用のビルを建ててしまい「買ってくれないか」という話があった。借りてビジネスするか、自社ビルを改装するか、グループのデータセンタ事業のサポートに徹するか。
 あるベンチャーとの打ち合わせに呼ばれた。やけに早口の営業が一人しゃべっていた。文脈がよくわからないが「ウチノホリエが」というフレーズが頻繁に飛び出す。誰だ?
 要するに、データセンタは通信事業者や不動産業者がやればいい、それらの監視や保守や運用をNTTコムウェアはやるべきで、それにはホリエが、、、ホリエモンだった。
 事業部の方針がなかなか決まらない。待ってもいられないので「データセンタ点検」というコンサルサービスをグループに売り込んだ。
 当時のデータセンタは、フロアを貸す、小部屋を貸す、コンピュータ単位で貸す3タイプがあった。現在のクラウドのように仮想的ではなく、リアルな賃貸だ。そういう運用を電話局ではしたことがない。これまでは交換機メーカの保守員が気楽に出入りしていた。機械室のドアを開けっ放して工事していた。そんなビルを、企業が借りたいはずがない。手厳しいレポートを書いた。
 ユーザ毎に小部屋を提供するようなリアル賃貸では制約が大きく、データセンタの集約効果を発揮できない。大規模化し、自動化して保守を省力化、そして稼働率を上げ、価格を下げる。ホテルやワンルームマンションの経営と大差ない。その実現に仮想OS、仮想LANが貢献する。床下の配線をいじっていた時代からコマンドだけになり、保守は飛躍的に楽になった。そうなると、人力の小規模センタはすぐ駆逐される。
データセンタ事業にどう取り組むか、事例を交え、長いプレゼンを作り、交代したばかりの社長と対峙した。会議ではなく、直訴の形だった。
 建物は他社が建ててくれる。サーバは必要に応じてリース。事業の肝は、構築と保守の技術力。NTTコムウェアはそこに特化すべき。すると「要するに、いまはやるな、ということか」プレゼンが少し長かったか。しかし、自社ビルをデータセンタに改装して年間何十億円みたいな企画書が他部門から出ていた。おかげで社員が自社ビルを追われ、近隣にオフィスを借りる頓珍漢な事態が起こっていた。古いオフィスビルでは密度を上げることができず、置けるサーバ台数が限られる。警鐘を鳴らしたかった。しかし、たった三人の企画チームは解散となった。
 当時見学させてもらったり、見積をとったデータセンタの近くを通ると、その後が気になる。まだ続けているだろうか。稼働率はどうだろうか。空調の室外機を見ると凡そ見当がつくのだ。台数がサーバと比例している。室外機がたくさんあっても、実際動いていなければ、サーバは稼働していないことになる。
アフラックのネット販売サイトを立ち上げた二〇〇〇年には、八方手を尽くしても立ち上げに一カ月以上かかった。いまはクラウドで数時間だ。サーバの購入手続きも、ドメインの確保も、すべてWeb画面からの操作でできる。
 サーバを用意する時間を短縮する意味はあるのだろうか。私も初めは思った。しかし、短縮されてみると、もう便利でやめられない。日数や時間で利用料を払うクラウドでは、辞めるのも簡単だ。試行的にサービスできる。減価償却が終わっていない設備が残ることもない。
 試行的にできることがありがたいのは、サービス自体が盤石ではない、不確実な時代なのだ。たとえば電子カルテは、以前の診療所なら一生ものだった。(交換機みたいだ)だから、メーカも一生のお付き合いで保守した。
 しかし、在宅医療は医師が一人で始めることができる。物理的にはマンションの一室でもよく、パソコンと車一台あれば開院できる。実際「来月スタートしたい」と言ってこられる医師もいる。そして、数年で疲れ果て、辞めてしまうケースも少なくない。電子カルテのシステム導入に、もし数百万円も投資していたら、借金のために辞められない。逆に急成長もありうる。病院でベッド数を倍にするには、ビルの建て替えなど、大きな投資が要るが、在宅医療なら車を倍にするだけだ。
 サービス自体が不確実な時代、タイムリーに借りることができるインフラが求められている。考えたら、電話がまさにそうだった。ところが、電話サービスの使い勝手は昔と変わらない。116にかけたのは引っ越しシーズンだったが、三十分以上待たされたあげく「オフィスの移転先のご住所がこちらでは確認できません」で切ろうとする。おいおい切らないで。また三十分待つのは御免だ。

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