見出し画像

置き去りのロンリー広島旅行

大学3年の頃だったか、サークルで広島旅行に行くことになった。当時東京の大学に通っていた私だが、実家の北関東から電車通学していたこともあって、旅行当日東京駅の新幹線ホームで集合するという段階で既に旅は始まっていた。

実家から東京までは2時間強。何度も電車を乗り換える。それはつまり、乗り換える電車の一つでも遅延が発生すれば、必然的に現地への到着時間は遅れるということになる。

私は真面目で用意周到な人間だ。通常の通学時ですら、ある程度電車が遅延することや、己が腹を下して途中で下車する時間を考慮して電車に乗っていた。サークル旅行も同様だった。多少の遅延が起きても良いように、早めの電車に乗って、順調に乗り換えていた。

とまあ前置きはここまでとして、なんとなく察したであろう。そう、長距離区間電車に乗るうえでどうしても予測できない遅延。天候だ。

その日に限って何故か濃霧が発生したのを覚えている。急病人や車両確認による遅延時間はだいたい肌感で予測できるが、天候による遅延ばかりは素人には分からない。当然車掌さんの判断であり、安全が優先である。そして結果は当然、集合場所である東京駅新幹線ホームへの到着は遅刻することが確定した。

新幹線のチケットはあらかじめ、今回の旅行を取り仕切る後輩がまとめて手配していた。みんなを待たせるわけにはいかない。私は濃霧でゆっくりとしか動かない電車の中で全てを諦め、みんなは定刻通り広島へ向かってくれと、そう連絡した。

その瞬間、私の人生で初めてであった、修学旅行以外での関東以西への長距離旅行という一大イベントを一人で遂行しなければならない、という壮大な旅が始まったのである。



私が東京駅に着いた時間は、皮肉にもちょうど乗るはずだった新幹線が、サークルメンバーを乗せて出発した時間だった。後輩の手前、かっこよく「大丈夫、広島で合流しよう」なんて言ってしまったため、一人でどうにかしなければならない。新幹線なんて一人で乗ったこともなければ、そもそも修学旅行でしか乗ったことがない。乗車券は、乗り方は、そもそも新幹線ホームはどこだ。あらゆる不安を抱えながらも、逆に腹をくくって、スマホ片手にあらゆる情報を調べまくった。

その間、人々が駅構内をたくさん行き交っていた。これだけ人がいるなら、私と同じような人間の一人くらいいるはずだと、理由のわからない励ましを胸に、どうにかこうにか広島行きの乗車券を自腹で購入した。

新幹線には無事に乗れた。確か自由席だった。幸い人は少なく、ゆったりと乗ることができた。それまで忙しなく働いてくれた頭を休め、フル稼働で情報を提示してくれたスマホを充電しながら、私はようやく冷静に旅を楽しむ準備に入った。後輩にも無事新幹線に乗れた旨の連絡をいれ、広島についたら合流するということでどうにかなった。

新幹線からの景色は、不思議な特別感を与えてくれる。普段の各駅停車の電車では味わえない感覚。停まる駅名の大きさ。なにより速くて静かで快適だ。そして、私は、東京から広島へ一人で向かっているという、何物にも代えがたい達成感に浸っていた。先程までの不安の対価は、とてつもない達成感と満足感に満ち満ちていたのだ。



それから数時間後、無事に広島駅に到着した。やっとみんなと合流できる。未踏の地で、初めて目にするものばかりの場所で、私は偉大な達成感を胸に、駅のホームを出た。

後輩に駅に到着した旨を伝えた。どうやらサークルメンバーは原爆ドームにいるようだった。

まさか、まさか? 私はどうすればいいのか後輩に訪ねた。不安通りの答えが返ってきた。

『原爆ドームで合流しましょう』


見誤った。てっきり私一人駅周辺で待ってれば良いのだと思っていた。というよりそう願いたかった。当日の行程的にも、原爆ドームを見た後みんなはまた広島駅に戻ってくる。なら私は遅れた代償として、喜んで駅周辺で時間を潰すつもりだった。

そう、問題はここからだった。原爆ドームへ向かう手段は一つ。目の前を何本も走っている路面電車だ。

乗り方なんか当然知らない。そもそも関東以西のローカル情報なんか全く知らない。
用意周到な私は、知らない場所に行く際は交通手段から道程まで徹底的に下調べする。見知った関東圏の交通手段ですらそうなのに、広島の路面電車など、そもそもどう調べれば乗り方が分かるんだ。後輩に聞こうかと思ったが、先程の連絡に対し「オッケー」なんて軽い返事をしてしまった以上、どうにかして向かうしかない。

最早八方塞がり、何も言い訳ができない。助けを求めることもできない。既に広島駅に着いている。みんなは今リアルタイムで原爆ドームで待っている。待たせるわけにはいかない。

とにかく急いで調べた。必死に調べた。現地の人にも迷惑をかけるわけにはいかないため、なるべくスマートに乗車する必要がある。だから必死に調べた。
どこから乗車するのか?整理券のようなものがあるのか?前払い?後払い?支払い方法は?降り方は?何か現地のルールが存在するのではないか?そもそもどれが原爆ドームへ向かう路面電車なんだ?とにかく頭をフル回転させ、早急にできる限りの乗り方を調べた。

そこからの記憶は正直ない。というか疲れ果てていた。とりあえず乗ることはできた。路面電車という初めての乗り物に感動するのも一瞬、支払い方法や、原爆ドームに到着できるのか、とにかくそんな不安でいっぱいだった。

今にも意識が吹っ飛びそうであったが、その時聞こえてきた車内アナウンス、「原爆ドーム前」。しかし無事に降りるまでがこの路面電車の旅だ。ここら辺の記憶も正直ない。気づけば、目の前には写真でしか見たことのなかった原爆ドームが。見知ったサークルメンバーが、苦笑しながら私の到着を迎えてくれた。


今となっては笑い話でいい経験だが、正直もう二度とは御免だ。だが、おかげで広島旅行は誰よりも楽しんだ。夜みんなで行ったお好み焼き屋で私は初めてベロベロになるまで酔っ払い、フラフラの千鳥足のまま見上げた街灯を満月に見間違えて、「広島には月が2つあるぞ!ガハハ」と、またみんなを苦笑させたのを覚えている。大学生とはいえ、いい大人にして初めてで不安だらけの、何にも代え難い体験だった。



旅の良いところは、どんな失敗も「良い経験」に昇華してくれるところだ。あの時電車が遅延せず、無事に東京駅でみんなと合流して、みんなと原爆ドームへ向かうのもまた、良い思い出になっていたかもしれない。だけど、特に私のような用意周到な人間にとっては、予想もしないハプニングの連続のほうがきっと、充実感は段違いに変わる。

あの時の自分の行動全てに、不安はあっても後悔はなかった。人生どうにかなると体感できた、貴重な時間だった。

もし次にまた広島へ行くなら、せめて切羽詰まらない旅にしたい。せめてもう少し、余裕のある旅にしたい。暑かった夏の広島、もう戻らないサークルの思い出。私にとって特別な場所。ありがとう広島、ありがとう路面電車。…やっぱりあんな経験はもう二度とごめんだ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?