男は死にかけていたが、その目には強い光があった。
 襤褸を身に纏い、骨に皮が乗っているだけのような四肢が隙間から覗いている。強い紫外線に曝されて肌は焼かれ、目の下には深い隈があった。
 生きているのが不思議なほどだった。死者が墓から蘇ったのか、そう思わせるほど色濃い死の影が男を縁取っている。
 周囲には目を刺す銀色が陽光を受けて煌めいていた。鉄錆、砂、そして銀色といった、赤茶の地面に突き立った無数の破片。大小問わず散らばるそれは、押し寄せる砂砕流や吹きつける砂嵐によって運ばれる沙塵にも埋もれることなく、地に撒かれて数世紀を経た現在に至っても地表に顔を出しつづけている。かつて星と星とを繋いだ宙舟そらふねの名残、残骸だ。
 そのいくつかが男の履く草履を貫き、血を流した。苦悶に喘ぎながらも、男は歩みを止めない。
 突然。
「その身体でよく動けるものだな、ヨーヌ」
 その呼びかけを幻聴と思ったかしばし男は歩みを止めた。
「何者だ」
「わたしか?わたしは貴様らの言うところの神だよ」
 返答と共に、一際大きな残骸から一人の女が姿を現した。目深に頭巾を被って俯いているせいで年齢の仔細は不明だが、それでも声音で女とわかった。黒の長い装衣に首からは同じくこの砂漠に広がる破片と同色の首飾りをかけている。
 女が顔を上げた。そこにはこの砂漠には似つかわしくない膚があった。その血色のあまりの薄さに、男──ヨーヌはこれが人の範疇から脱したものであると悟った。
「なぜ俺の名前を?」
「わたしは神だぞ?」
 女はくつくつと笑った。
「しかし皮肉なものだな。かつて人々を頂から見下した赤后の末裔、その片割れたる者が、今や地を這う虫けらと位を同じくしているとは」
 その言葉にヨーヌは困惑と共に顔を歪めた。
「何が目的だ?」
「貴様は力を欲しているのだろう?わたしがくれてやる」
「……対価は?」
「ある存在を打ち斃して欲しい」
「俺でなければならない理由は?」
「そんなものはない。誰であろうと構わない。貴様が偶然ここを通りすがっただけのことさ、王よ」
 女は続けた。
「今より七日後。悪しきものが星の果ての墳墓より蘇り、地の面より人々を拭い去らんとする。そいつを倒し、内に秘めたる玉璽を取り返して欲しいのだ。できるか?」
 やるか?とは問わなかった。
 そう、答えは一つだ。
「やるさ」
「よろしい。これにて契約は為された。ゆめゆめ途中で逃げ出すことのないように」
 そう言うと女は手首を振った。
 すると背後の地面が盛り上がり、砂と鉄錆を吹き上げ、宙舟の残骸を押しのける。
「何を……」
「なに、驚くな。貴様のために武具を開帳してやろうというのだ」
 ヨーヌは思わず声を上げた。
 砂の中から現れたのは一つの巨大な物体オブジェクト
 それは巨人だった。
 丁字の胴体に、丁の左右の肩から張り出た部分から下に伸びる剛直な脚部。更に肩部の端から一対六本の腕が、それぞれ下に二本、上に一本という構成で配置されている。頭部には獣の角を思わせる突起が左右対称に伸び、鋭い縦長の顔が面妖だった。
 質感は全体的に滑らかで、淡く光沢を放っている。頑強さと優美さを感じさせる。
「名を〈金剛〉という。古来、この星の栄えが頂にあった頃、国々の治乱興亡に多様な影響を与えた巨影きょえいだ。その腕は全てを破り、また破られることを知らず。邪竜すらもこの巨影の前には屈した」
 女はヨーヌを振り返り、
「わたしの名は廻門セト。火星の七神が一つにして新方舟ノヴァ・アーク級戦艦〈黄金時代〉最後の番人だ。ヨーヌ、力を授けよう。そして我が積年の望みを果たせ」
 そうセトは美しい顔に壮絶な笑みを浮かべた。

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金剛こんごう

〈機体情報〉
分類:巨影
頭頂高:22.0m
装甲材質:火星金属
動力源:PSIサイ
特殊兵装:『奥の手』
武装:「鉄輪琢」
搭乗者:ヨーヌ
その他:メインカラーリング/茶金色

・機体概要

PSIサイの作用により装甲を単分子化する能力を有しており、通常の攻撃では外装に傷ひとつ付ける事ができない。

・機体構成

六本の巨大な飛翔腕部を有し、それをロケット推進で飛翔させる鉄輪琢を武器とする。なお、飛翔腕部は通常は外されて格納されており、設計上は6本以上の腕を搭載する事も可能。
搭乗者でもあるヨーヌは飛翔腕部にそれぞれ、ボーティス(右後)、マラクス(左上)、ロノウェ(右前)、ハルファス(左前)、ラウム(右上)、ヴィネー(左後)とソロモン72柱に於ける伯爵位に属する悪魔になぞらえた名前を付けている。

・機体武装

「鉄輪琢」
単分子構造化した飛翔腕部に推進機構を搭載することによって、これを運動エネルギー弾として応用したもの。
PSIの観測改変能力が適応されるのは飛翔腕部も同様であり、腕部自体の剛性も相まってそれ自体が繰り返し使用可能な運動エネルギー誘導弾(火薬によって炸裂しない、単純な運動エネルギーで目標を破壊するミサイル)として運用することも可能。その硬度とロケット推進の加速による運動エネルギーの相乗効果は船舶の装甲すらも殴り破る。
それぞれの腕は本体から個別に遠隔操作でき、これによって金剛単機で複数の敵機を相手取りながら高度な全周囲攻撃を行うことができる。
また飛翔腕部自体も指を動かせる為、対象をただ拳で砕くだけではなく、砕いた後に内部構造を掴んで引きちぎる、対象を握り潰すといった芸当も可能である。
飛翔腕部自体が高速で飛翔する事もあり迎撃は難しく、また単分子化による防御力の向上も相まって、貫通弾ですら貫く事は敵わず、炸裂弾による攻撃であってもその進行方向を逸らすのがやっとである。
欠点は関節可動の際に分子構造を元に戻さなければならない点であり、そこを狙われると脆い。また、装甲が施されていない推進器への攻撃も有効打となる。

『奥の手』
金剛は本体自体に固定武装は持たないが、飛翔腕部が全機撃墜された際の「奥の手」として機体自体を巨大な腕に変形させる可変機構を持ち、これによる体当たり攻撃を切り札とする。
欠点は飛翔腕部と同様であるが、質量が腕部より大きいため通常兵器で運用出来る最大の火器を持ってしても軌道をそらすことができない。

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