【ショートショート】謎の円盤

 地面に穿たれた巨大な穴の底には、均等な間隔でロープが張り巡らされ、きっちりと区画が整理されていた。その中で、大勢の人々が地面に這いつくばるようにしながら土をほじくり返している。
 穴のすぐそばに設営された大型テントの中で、ジョーンズはコンピュータの画面を睨んでいた。数日来そこから出土した遺物の数々を、整理分析するためだ。 
 その時、男が駆け込んできた。発掘隊の一人だ。
「博士、ちょっと見てください」
 慌ててテントを飛び出したジョーンズは男の後を追った。その先で待ち構えていた彼の助手が、無言のまま地面の一角に視線を移した。そこには薄い円盤状のものが複数、地面に埋もれていた。
 

 大陸の東端に位置する名もない島。とあるコングロマリットが資源調査のためにその土地を掘り返していたところ、何かの遺跡が現れた。即刻調査は打ち切られ、発掘が始まった。そのリーダーとして、考古学者であるジョーンズが指名された。
 巷間ではかねてから古代文明なるものの存在が実しやかに囁かれていた。我々よりもさらに進んだ文明を持った人類がかつては存在し、核戦争により滅んでしまったのだと。その根拠とされているものは、世界各地の遺跡から発見された数々の遺物だった。その時代にそぐわないそれらはオーパーツと呼ばれていた。

 ジョーンズは刷毛と熊手を使って慎重に土を取り除くと、恐る恐る円盤状の物体を持ち上げた。直径は10センチ強で、中央に穴が開いている。片側の面にはそれまで彼が見たことのない文様が並んでいた。反対側は虹色の光を拡散させる鏡のようだ。
「まさか、これは……」
 呆然とした様子で言葉を失くした博士の代わりに、助手が口を開く。
「それって、光ディスクですよね?」
 その言葉にジョーンズは「あり得ない」と鼻息を荒げた。
「先日ここから見つかった動物の骨は、炭素年代測定によれば5000年前のものと出たんだぞ?その時代に光ディスク?あるわけがないだろう」
「ですが、どう見たってそれは……」
「偶然の一致だ。大方、祭祀用の道具か、それとも装飾品かなにかだよ」
「しかし、万が一と言うこともあります。よければ僕に調べさせてもらえませんか?もしも光ディスクだとしたら、何か驚くべきデータが保存されているかもしれませんよ。それこそ世紀の大発見だ」
 助手の提言にジョーンズはしばらく逡巡してから、
「そうだな。可能性を頭から否定しては学者の名が廃る。よし。これは君に任せるとしよう」
 二人は出土した何枚もの円盤を丁寧に保管箱へと収めると、テントへと戻った。

「驚いた……まさか本当にこれが光ディスクだとは……」
 目を丸めるジョーンズを一瞥してから、その隣で助手が興奮気味にコンピュータのモニターを指さした。
「ここに、ちゃんとデータが記録されていた形跡もあります。でも、5000年も前のものですから、中身をちゃんと見られるかどうか……」
 彼は言いながらキーボードを叩いた。
「ああ、どうやらデータは動画のようですよ」
「なんだって?」と助手の肩を叩く。
「早く。早くそれを再生してみなさい」
「残念ながら博士。先ほども言ったように、5000年前のものですから破損しているようです」
「なに?じゃあ見ることはできなのか?」
「いえ、なんとか修復はできそうです。でも断片的に、ですけど」
 しばらくコンピュータを操作していた助手が、これでどうだと言いたげに一つのキーを叩くと、モニターに動画が映し出された。
 高層ビルが立ち並ぶ街の中、それを超えるような巨大な怪獣が闊歩していた。それを迎え撃つように戦車が砲撃を加えるものの全く効果がなく、逆に怪獣が吐き出した炎であっけなく爆破され……そこで動画は途切れた。
 ジョーンズと助手は呆然とした顔を見合わせた。
「5000年前には、こんな化け物がいたのか……」
「もしかして、この怪獣のせいで、文明が滅んでしまったのでしょうか?」
「それは、現時点ではわからんよ。もっと調べてみないことには」
「では、ほかのディスクも見てみましょうか」
 助手は別のディスクを装置に入れた。画面を睨みながらキーボードを叩くうち、
「これも、動画ですね。一応、再生してみます」
 モニターに映像が流れる。
 宇宙空間が映し出された。その中をH型の翼をもった戦闘機が縦横無尽に飛んでいる。それを追跡するように飛んでいるのはX型の翼の戦闘機だ。後方からX型が砲撃し、H型は大破した。金色のロボットが歓喜の声を上げたところで、映像は途切れた。
「これは、宇宙戦争の様子を記録したものかな……」
「と言うことは博士、この文明は、異星人との戦争に敗れて滅んでしまったということでしょうか?」
「そうだとしたら、この星は勝者の手に落ちたことになる。つまり異星人に支配されたということだぞ」
「じゃあ、ひょっとしてこの遺跡は宇宙人のもの?」
「その可能性もあるが、それならそれで、宇宙船やロボットを作れるほどの高度な文明がなぜ滅んでしまったのか、謎は残るよ」
「そうですね」
「と言うことで、ほかのデータも見てみよう」
 ジョーンズが促すと助手はさらにディスクを入れ替えた。
「ああ。これも動画ですね。やはり完全ではないですけど……」
 モニターに突然、狂ったような人間の顔が大写しになった。びくりと戦きながらも、二人は画面を注視する。
 それはどうやら病気に感染した者の顔だとわかった。それは感染者に噛まれることで染るらしい。噛まれた者はやがて発症して狂暴化し、さらに他の者を噛むことで病気は広がっていく……。
 地獄と化した街並みが映し出されたところで動画はフリーズした。
 それをじっと見据えたまま、ジョーンズは生唾を飲み込んだ。
「恐ろしい病気だ。きっとこれが文明崩壊の原因だよ。治療法が見つからぬうちに、全世界に広まったんだ」
「と言うことは博士、発掘作業を続けても大丈夫でしょうか?」
「どういうことだ?」
「だって、この病原菌が、遺跡の中でまだ眠っている可能性も……」
 それを聞いたジョーンズは慌ててテントを飛び出すなり、穴の底に向けて大声で叫んだ。
「発掘作業は今すぐ中止だ!すぐにそこから出ろ!」
 作業員たちは何が起こったのだと言いたげに顔を上げた。彼らは大きな板状のもの掘り起こしている最中だった。そこに古代文字が並んでいるのが見て取れた。それは、「T」「S」「U」「T」「A」「Y」「A」といった形のものだった。

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