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観客のいない音楽会

 コロナウイルスの蔓延で音楽業界が沈黙して、もう2週間くらいになります。僕もここ数週間の公演は全て中止、学校の部活指導も全て無くなり、自宅レッスン以外の収入が無くなりました。この状況があとどれくらい続くのか考えると恐ろしくなります。

 そんななか、昨日、東京交響楽団の演奏会に出演してきました。本来中止になるはずだった演奏会を無観客で実施し、ニコニコ動画で配信するという試み。前日には京都市交響楽団が演奏した「神々の黄昏(全幕)」のYoutube生配信も行われ、1万人を超える視聴者が話題になっていました。

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 僕はフリー奏者で団員ではありませんから、あまり多くを語るべきではないのかとも思いましたが、日本でオーケストラコンサート、しかも無観客での生配信は史上初の出来事。演奏しているのだからエキストラにも最低限の発言権はあって然るべきだし、何より本来はもっと出演していた人の声がネットに上がるべきだとも考えているので、あえてここに備忘録として残します。

 実はこの公演の一つ前の東京交響楽団の演奏会にも出演するはずだったのですが、そちらは中止となっていたので、この公演についても「中止だろうな」と思っていました。なので配信が決まった瞬間は「どうなるのかな」という気持ちと「事態が少し動いた」という前向きな思考が入り混じった複雑な感情になりましたが、まず自分に出来る事はベストな演奏と考えて準備。リハーサルは木・金曜日の2日間、1日空けて日曜日に本番。

 リハーサル初日にミューザ川崎に到着したときは、何だかそれだけで嬉しくなってしまったので、本拠地に戻ってきた東響のメンバーはもっと喜びを感じていたのではないかと思います。
 その初日はとにかく久しぶりに人と並んで弾くのが楽しくて、他のセクションに耳を傾けること、ちょっとしたタイミングを狙いにいくこと、さらに「あ~失敗した!」というところまでも含め、普通に演奏するのがただ楽しい時間でした。休憩時間にフリーランスの仲間と「これがいつまでも続いたらアルバイト探さなきゃいけなくなるね~」なんて話しているのも相手がいるからこそ。良い意味でストレス発散になったかもしれません。

 リハーサル2日目。サン=サーンスを演奏していてその響きに酔いながらふと「この自粛ムードが続いたら俺は楽器を続けられるだろうか、もしかしたら今回が最後の本番になる可能性だってゼロじゃないかもしれない」という考えが頭を過り、背筋が寒くなりました。
 おそらく、演奏会が無くなる事で本当に危機感を抱いているのはフリーランスでしょう。演奏会が無くてもとりあえず給与が発生する団員さんと違って我々は生活に直結します。1ヶ月を切ってからの中止は通常キャンセル料が発生しますが、おそらく満額出して頂けるケースはほぼ無くて半額が上限。未だにキャンセル料の扱いについて「様子を見させてください」と回答している楽団もありますから、全く出ない覚悟をしておく必要がある。考えるほどに不安が募ります。
 いかしこんな事を考えてばかりいるとメンタルがやられて良い事がないのは東日本大震災の時に経験しているので、SNSでは極力明るい言葉を発するようにしています。

 さて、2日間のリハーサルを終えて1日の空き日には子供のサッカースクールでリフレッシュ。「とにかくやれる事をやるしかない」というメンタルで本番に向かう事にしました。

 本番は通常の公演と全く同じ流れで、画面の向こうの聴衆を想定して振る舞ってくれとの指示でした。とはいえ、やはり入場した瞬間にガランとした客席を見ると寂しかったですし、何とも言えない不思議な感じに襲われました。本番が終わったあとも出演者との話題になったのはこの「空気感の違い」。「お客さんがいないとあんなに空気が変わるんだね」という会話があちこちで聞かれました。

 ところが1曲目「ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲」の演奏が始まってみると音楽に没頭し集中する事が出来て、余計な事を考えることなく時間は過ぎていく。これが音楽の素晴らしいところですね。
 前半2曲目はラヴェルのピアノ協奏曲。こちらはコントラバス4人ということで僕は降り番。実はステージ裏には3台のノートパソコンが設置されており、スタッフや降り番のメンバーはそちらでコメントを楽しんでおりました。僕もこのとき初めて画面を見て、ラヴェルの冒頭でトランペット佐藤君の名前が連呼されているのを見てちょっと怖くなりました 笑 目立たないコントラバスで良かった・・・!
 何せ初めての試みという事もあってか温かいコメントが多かったのが救いですが、きっと生配信が常態化したらまた偉そうな批評、無責任な批判の渦になったりするんだろうなと考えてしまう辺り、僕はまだまだネット社会のモラルを信じ切れていません。
 
 メインのサン=サーンスも楽譜に集中する事が出来て、少なくとも演奏中は客席の事は一切気になりませんでした。唯一、どんなコンサートでも聞こえてくる客席の咳払いやちょっとした物音が全く無い事により、むしろ緊張感がいつもよりあったかもしれません。
 しかし全ての演奏が終わった瞬間、やはり拍手がないというのはこんなにも切ないものかと・・・。ああ、やっぱり演奏会は出演者と聴衆によって完成するものなんだなとつくづく感じました。指揮者大友さんの提案で終演後はオーケストラ全員で手を振ることに。

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 終わってからステージスタッフに「視聴10万人近かったですよ」と聞いてびっくり。固定カメラの画面とスイッチングとの2画面合計という事だそうですが、クラシックの配信でそんな数字になるとは想像もしていませんでした。普段は2000人のホールがなかなか埋まらないんですよ。
 おそらく業界関係者が3~4割、クラシックは好きだけど普段会場に足を運ばない、だけど物珍しいから視聴した人が3割程度、クラシックには興味が無いけど見てみようという視聴者が2割、その他が1割といった感じなんでしょうか。
 有料化して常時配信となったら1万人に届かないような気もしますが、それでも1人100円にしたら100万円。決して小さくはない金額にはなりますね。

 さて、昨晩この演奏会を終えて、画面の向こうではどんな感じだったのかなと思いながら先ほど見終えたのですが、意外と面白いものですね。リラックスしながら観られるのも良いし、「遠い地方なので東京のオーケストラが聴けるのは嬉しい」という意見もあって、なるほどこれは一つの可能性を感じさせる試みだったのではないでしょうか。

 個人的には

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 この「888」ってなんだ?と思ったらネットでは拍手を意味するのだそうですね。パチパチか、なるほど。

 ベルリンフィルのデジタルコンサートホールをずっと見てきて、「なぜ日本のオーケストラはやらないんだろう?」と不思議に感じていましたが、今回をきっかけに前向きに検討するようになると良いと思います。
 僕なんかはWOWOWのベルリンフィル定期演奏会で先生に憧れたり、N響アワーを見てコントラバスの人たちの物真似をしたりしてましたから、映像の力は偉大ですし、何がきっかけになるか分かりません。改めて、日本のオーケストラがこれからライヴ配信に積極的になるよう、願ってやみません。

 そして、この状況がいつまで続くのか分かりませんが、とにかく事態が収束しないと仕事が出来ません。音楽の世界に浸る事も出来ません。まずはコロナウイルスの一刻も早い収束を心から願いつつ、練習を続けようと思います。
 

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