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拍手が沁みた!7ヶ月ぶりの演奏会復帰

 2020年8月20日、サントリーホールにて東京交響楽団の演奏会に客演致しました。

 思えば最後の演奏会は3月8日でしたから、約半年ぶりの本番。いや、あの時は無観客生配信だったので、聴衆を入れての演奏会となると約7ヶ月ぶりでした。
 こんなに長期間演奏会が無かったのはいつ以来でしょうか。音大時代だってそこそこ本番はありましたし、留学期間でも演奏会には出演していました。僕は1年半廃業した事があるのですが、その時ですら半年くらいで友人に頼まれ、会社での仕事を終えてから本番、というケースで10回くらい演奏会に出演していた時期があるので、もしかしたら楽器を始めてから初めての経験かもしれません。

 これまでも何度か書いてきたように、僕はもともと緊急事態宣言が出た時点で年内のオーケストラでの演奏は諦めていました。再開したとしてもしばらくはエキストラを使わないと予想していて、とりあえず来年辺りに照準を合わせ、腕だけは鈍らないよう準備だけはしておこうと考えていました。なので、出演依頼のメールが来た時は正直驚きましたし、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。

 本番はサントリーホールで、小林研一郎さんの指揮でメインはベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。奇しくも僕が音大生のときにプロオケデビューした時と同じ指揮者、曲目、コンサートホール。3プルト表という席まで一緒で、これも何かの「運命」でしょうか、なんて考えちゃったりして。

 オーケストラは東京交響楽団。このコロナ禍で最も積極的かつ精力的に動いている楽団ではないでしょうか。既に通常営業に近いハードなスケジュールで活動している東響だったからこそ、エキストラを数人呼ぶ事も出来たのだと思います。

 さて、僕はというと、依頼を頂いてからはとにかく本番が楽しみで、楽器の練習へのモチベーションもそれまでとは違うものでした。いつ来るかわからない出番に備える練習より、目標のある練習のほうがそりゃ楽しいに決まってますよね。妻には「俺、音が出たら泣くかもしれない」なんて話してました。
 
 そしてリハーサル当日。これまでと同じリハーサル開始1時間前に練習場に到着すると、馴染みのステージマネージャーさんが「お元気でしたか?」なんて話しかけてくれて、懐かしさと嬉しさが混じった感情のまま中へ。
 いつもなら固い握手で挨拶をするサッカー仲間のチェリストも、握手ではなく頷く程度の挨拶で、こんな事でコロナ禍の現実に引き戻されます。

 とまあ、ここまではなんか久しぶり!とかこれぞ運命!みたいな空気に一人包まれてたんですが、いざ楽器を構えて練習を始めてみたら、この半年間自分の楽器しか弾いていなかった弊害がもろに出ました。まず五弦。ツボが合わないのでスケールから練習してツボに慣れる作業、そして弦も違うので弓の感触とマッチさせるのに時間がかかる。リハーサル前の1時間は、単純に楽器に慣れる為の時間となりました。
 
 さらにリハーサルが始まると、「耳が開かない!」という事実に衝撃を受けます。業界では周囲の情報をキャッチする事を「耳を開く」と言うのですが、前に聴こえていた音が拾えなくなっているのに気づきました。
 こうした技術的な事で頭がいっぱいだったこと、そして東響の皆さんが既に通常モードで演奏を懐かしむ雰囲気などどこにも無かったことなどの環境からくる要因もあってか、意外なくらい感動する余裕が何処にも無いまま、3時間のリハーサルはあっという間に終了しました。

 驚いたのは帰宅してからのこと。最寄り駅から歩く自分の足取りの重さにも驚いていましたが、ソファに座り込んだ僕は、気づいたらそのまま1時間ほど眠っており、起きてからは身体が鉛のように重かったのです。
 今までは何ということなくこなしてきたリハーサルは、実はこんなにも身体に負担を与える作業だったのだ、どんなに準備をしたつもりでも人は鈍るのだと気づいた瞬間でもありました。

 リハーサルから一日空いてからの本番という事で、身体も回復した状態でサントリーホールへ向かうことが出来ました。ゲネプロはサッとつまんで終わり、迎えた本番。
 我々コントラバスは少し早めにステージに入ってチューニングをしたりするので、ここで客席に聴衆の姿を認めることが出来ました。お客様が見えるというのは、やっぱり、嬉しいものですね。無観客生配信のそれとは違う緊張感、言い換えれば「いつもの緊張感」が身体に広がるのを感じました。まだ客席はソーシャルディスタンスを守って一席置きではありましたが、意外なくらい客席は人が入っていたように感じました。販売実数から見る着席率はかなり高かったんじゃないかな。

 演奏中は不思議と緊張することもなく、ただ周囲の情報を集めながら目の前の楽譜に集中する事が出来ました。
 僕は緊急事態宣言中、朝の練習を配信していましたが、あの時ベートーヴェンの交響曲は一通り全部公開で練習していたので、「あ、あの練習が活きている」と感じた瞬間も多く、無駄に時間を過ごさないで済んだという安堵感も少しありました。こうした手応えは嬉しいですね。
 一方で、演奏ではこれあでよりもセクション毎の時差が気になりました。ステージマネージャーに聞いたところ、やはり奏者間の距離をこれまでより少し離しているとのことで、今までサントリーホールでは感じられなかったような音のズレがありました。本番でも各セクションで何度かテンポを主張し合う場面があり、ソーシャルディスタンスを守ったセッティングにおいてアンサンブルが難しくなっているのは間違いないと思います。

 後は、マスクの存在が少し邪魔だったかな。このマスクは楽団から支給されるもので、とても軽い素材で呼吸も比較的楽なものではあるんですが、管楽器はもともと装着していない、そして弦楽器だって演奏中に会話をするわけではないという事を考えると、オーケストラの奏者のマスクは不要なのでは、というのが正直なところ。正直交響曲などを演奏していると第3楽章くらいから息苦しさを感じます。聴衆の皆さんに安心感を与えるのが最大の目的でしょうね。早期にマスクは不要になるのではないかと想像しています。ただ、オーケストラと向き合い、時に叫ぶ事のある指揮者だけはマスクまたはアクリル版での対応が必要でしょうけれど。
 
 そして終演した瞬間の聴衆の拍手、これはやはり無観客では絶対に味わえない感動でした。一番「戻ってきた~!」という実感を得たのはこの時だったような気がしますね。聴衆からの拍手で心が満たされることが次へのモチベーションに繋がる、と言う当たり前の事を、ステージ上で改めて感じていました。

 本番を終えて帰宅してシャワーを浴びたら、リハーサルの後ほどの疲労感はありませんでした。早くも身体の順応が始まっているようです。人間の身体って凄いですね。

 残念だったのは、高校生の生徒たちに声をかけたところ「保護者が許可しれくれない」という理由で来られない生徒が多かったこと。まだコロナに対して過剰反応している人が多いのだなあと感じた瞬間でもありました。
 もちろん保護者の皆さんが安易に許可出来ない気持ちは理解出来なくもないですし、その決定は尊重するべきですが、徐々に再開しているオーケストラコンサートの現場で、これまでにコロナの陽性者が出たという報告はありません。冷静に考えても、管楽器の飛沫がほとんどない事は実証されており、弦楽器奏者は演奏中に会話をする訳でもない。指揮者がマスクをすればステージ上でコロナウイルスが広がる事はまず考えられず、聴衆も全員同じ方向を向いており大きな声を出すことがない以上、マスク着用さえ厳守していれば会場内は安全と言えます。
 要は、出演者は楽屋、聴衆はロビーでの振る舞いと自宅会場間の移動に気をつけ、そして各自が手洗いを徹底すれば良いだけのこと。
 それに、僕はいくつかの団体から出演依頼を頂いておりますが、どの団体も徹底的に感染拡大防止に努めています。僕自身、各団体から毎日検温するよう要求されていますし、飲食も特定の楽屋に限定され行動が把握出来るようになっています。どこか1団体でも陽性者が出たら、業界全体が開催し辛くなることを誰もが理解している。僕の周りの演奏家は「まだ本番後に呑みには行けないよねえ」など自制しています。この状況を知っているからこそ、過剰に怖がるのではなく「正しく怖がる」事をもっと広めていけたらと思いました。

 さて、まだ運命の本番はもう一回ありますし、来週は新日フィルにも客演させて頂きます。レッスンも少しずつ再開はしていますが、単純に年内のスケジュールを見ても、オーケストラのお仕事の本数はコロナ以前の1/4にも満たない。決して先が明るいとは思っていませんが、それでも僕は準備を続けようと思います。

 先日、あるSNSでフリーランスの方が「緊急事態宣言中はみんな一緒だった。演奏活動が始まった今、自分には何もない。さらう気力すら湧かない」と話した、という投稿を見かけました。
 痛いほど気持ちは分かります。でも、今だからこそ、いつ突然声がかかっても良いように準備をしておく事が大切なんです。出番はいつ来るか分からない、それがフリーランス稼業。
 実際、昨年も2度くらいピンチヒッターでの出演がありました。降り番の曲でコーヒーを飲んでいたら「鷲見さん、弾けますか!?」といきなり出番が来たこともあります。こんな時の為に準備をしておいて結果を出せば、次の機会はまた訪れる。こんな現状でさらう気力が湧かないのは凄く理解出来るけど、この先に何があるか想像してモチベーションを保つこともフリーランスの宿命だしその覚悟が必要なんだと思う。

 コロナ禍で何が出来るか、自分なりに試行錯誤してやって来て、無駄な事は一つも無かった。これからもしばらくは厳しい環境の中で生きていかねばならないとは思う。でも、今何を出来るか考え、実行していく人だけが生き残れるのだとも感じています。思考と準備そして実行、この軸はブレることなくこれからも過ごしていくつもりです。
 


  
 

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