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姥捨介護キリングホーム🏠❼

短い秋が終わり、いきなり冬がやってきた。ここ数年こんな冬の始まりが多くなった気がする。ハロウィンが終わり、街がクリスマスムードなものだから、自然のせいではなく人為的な作用によるものもあるのだろう。西華苑もクリスマスとなるとその準備が始まる。39歳でクリスマスなど既に馬鹿馬鹿しく感じているのに、死にかけの老人にこんなイベントが必要だとは思えない。こちらの押し売りだろう。俺が利用者なら断固参加拒否だ。

徘徊で困った利用者が入所してきた。堀田宣子83歳。睡眠の薬物コントロールも精神薬も上手くいかず、諦めて全ての薬を抜いてある。徘徊=重度の認知症だ。そこら中で放尿。漏便。全く手に負えない。徘徊する割に足の浮腫も酷いから転倒も珍しくない。家族も嫌気がさして預けに来たのだが、転ぶ度に文句ばかり言ってくるクレーマーだ。そもそも、うちには最近は良い客があまり来ないらしい。見学者はよく来るのだが、いくら中里がニコニコと営業スマイルを撒き散らそうが、見学者は施設を見にくるのではない。働いてる職員を見に来る。見学者がまず目にするのはケアマネの小山や性格のドキツイ70歳近くの看護師達だ。玄関の直ぐ近くに事務所とナースステーションがあるおかげだ。まともな家族ならこんな連中に自分の親を預けたいとは思わないだろう。

そんなある日、突如利用者が亡くなる。堀田宣子だ。階段からの転落死だった。2階、3階は廊下から階段に繋がるドアは施錠されていて、マスターキーを持ち歩いている職員しか出入りできないが、1階はそうではなかった。一度ゆっくり登り転落したと思われる。少ない職員で回している現場だ。とても目が行き届かない。かといって、1階の階段への扉を普段施錠してない事は言い訳のしようもなかった。職員達は堀田が亡くなり正直ホッとしていたが、会社や中里及び小山は家族の対応でいっぱいいっぱいのようだった。

とりわけ俺と小森は堀田の死に双手を上げて喜んでいた。堀田が席を立つ度に緊張が走っていたからだ。日勤の多い小森は特にそうだった。50過ぎの意地悪な職員達は「あんたがやったんでしょ」などと真顔で言ってくるからやり辛い。見取りも辛い俺にそんな事できるはずもない。挙句、小森まで疑われる始末だ。女職場はこういう怖さがある。

こんな事なら、金があって気の合う利用者にスカウトされて専属でやる方がマシかもしれない。そんな気にさえなってしまう。そう声をかけてくる利用者も実際にいる。亀田あかり72歳。俺の母親と同じ年で息子も俺と同じ年。息子は輸入車販売の仕事をしてるらしい。新宿にビルまで持ってる。この婆さんはあと20年は生きそうだから俺が59歳までは安泰だろう。他にもこの仕事は訪問介護だのデイサービスだの色々な選択肢があるのが魅力の一つだ。

一応警察の捜査も終わり、やはり事故死という事で決着した。が、言葉では言い表せない違和感が残った。堀田は男顔負けの腕力と握力があった。階段の手摺りを掴みっぱなしで登ってるはずなのに、どうやって転落したのだろう…。一度、手摺りで登らせて指紋を残し、手引きに切り替えて手を離せばあとはアリバイだけだ。どうにでも誤魔化せる…。より良い職場作り…。無くなっても困らない命…。

1月、利用者の家族がこれなら食べれるであろうと持って来た上新粉の柔らかい大福。こういったものはこちらでチェックしてそのままお持ち帰りして頂くか、職員達で頂いてしまう事もある。少しでも嚥下の悪い利用者の口に届くような事はまず無い。その起こりえない事故がまたしても起こる…。何故か居室に置いてあり、利用者が美味しそうに食べたが最期…。喉に詰まらせて亡くなった。俺の事を好きだと恋していた柳澤悦子だった。これも事故で終わったが、なぜそんな物が居室に持ち込まれていたのか全く不明だった。が、これでまたより良い職場環境になったのは間違いない。営業が上手くいくかいかないかは別として、程度の良い客と入れ替わるチャンスが生まれたのだから…。

そして、中里と身体の関係を持ったスナックの女の母親が入居する事になった…。渥美浩子71歳。要介護2とは思えないほどの優良な利用者だった。ほぼ全ての事を自分で出来る利用者だ。中里も良い仕事をしたものだ…。そしてこれからも良い思いを沢山するのであろう。俺と穴兄弟とも知らずに…。あの女は何人もの男と身体の関係を現在進行形で持っているのに、中里は俺に自慢げに話して来た事がある。屈託のない笑顔でだ。そこが憎めないから俺も心が広い。中里のおかげで牧野と出会えた事に少なからず感謝しているからだ。

この時までは、まだ平穏無事に仕事をし生活できていた…。あんな物を見つけるまでは…。

☆フィクションです。


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