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姥捨介護キリングホーム🏠❶

何から話そうか…。俺は川崎智哉。39歳、独身。勿論既婚歴も無し。風俗にも行かず、2ヶ月に1回ほど安い酒と、サービスでジャンジャンサンドイッチやらフルーツやらを出してくる場末のスナックで飲むくらいだ。そこの女がサービス良くて、耳元でささやくフリして「帰りに送るから」と耳を舐め回すのがヤリたいの合図。店の非常階段で後ろからヤルのが俺の年に2回か3回ある性交渉だ。

それ以外に俺に楽しみなど無い…。田舎の高校を卒業し、配送の仕事やら清掃の仕事やら最下層とも言えるような仕事ばかりを転々としてきた。そんな俺の手取りなど40手前で20万を超えた事など一度も無い。そんな男に人生の何を楽しめと言うのか…。同年代の男は結婚もすれば家も建てたり、子供も中高生といったとこなのだろう。俺には何も無い。借金がない事だけが自慢。無けりゃいいって話でもないのだが…。

見た目は人を不快にさせない程度にはと思ってる。が、年のせいかそろそろ白髪もチラホラ出てきた。勿論白髪染めしてる。白髪ってのは少ない時が一番目立つんだ。ルックスは多分そこそこだ。それがこの中途半端な人生にマイナスに働いてる感がある…。

人生なんかくだらないと、まるで20代前半が思うような事を今でも思いながら生きてると、ある日スナックで転職を考えさせる出会いがあった。「今の仕事はいつでも辞めていい」いつもそう考えながら仕事をしていた。借金があるわけでもなく、そう考えてた方が気持ちが楽だからだ。無い無いだらけの人生、ストレスも無い方が気が楽だろう。話しかけてきたのは薄らハゲの50代だった。やたらと黒い…。ガーデニング焼けだとスナックの女と話しているのは聞きたくなくても聞こえてた。その女が場を離れてすぐ俺に話しかけてきた。「よく来るの?」「この前競馬で当たってねぇ」「仕事何してるの?」と他愛のない話でノックしてくる。さっきから俺の前には女がついてなかった事に気を使ってるのか、ニコニコと嫌味の無い笑顔を向けてくる。俺も寂しくて飲みに来てる。この年で人と知り合うのは嬉しくもありリスキーだが、まぁこのオヤジに限ってマルチの勧誘とかではないだろう事は確かだ。女が戻ってきて3人で過去の女の話やらお互いの親の話を話題にした後、仕事の話になり変な空気になってきた。

俺はビルメンテナンスの仕事をしているが、ビルメンテナンスなんてカッコいい言葉使ってるだけで、要は清掃員だ。フロアのワックスがけが主な仕事。地味でクソつまらん仕事で飽き飽きしてた。そんな折にこのオヤジは介護の仕事を勧めてきた。経営者らしい。なんでも、部屋数があっても職員の数が足りないと利用者を入れられないらしい。そりゃそうだろうと相槌を打ちながら飲んでいると、「資格も取れるからやってみないか?君みたいな人と仕事がしたい」って、まぁ何とも調子のいい事をペラペラと…。こんな俺でも必要とされているのが無性に嬉しくなり、酒の勢いもあってか快諾してしまった。手取りは20万を超えるしボーナスもあるとの事なら断る理由は無かった。

店を二人で出てラーメンをすすった。飲んだ後の塩ラーメンは格別だった。日はまだ出てなかったが、お互い晴れやかな気持ちで別れた。俺はこのオヤジの屈託のない少年のような笑顔にやられたのかもしれない。何かの営業マンでもやらせれば個人営業なら数字を取れるだろう人だ。法人には通用しないだろうな…。

翌日、何の躊躇いも無しに辞める旨を上司に伝えた。実はここは契約社員。勤続4年になるが契約社員だ。入社時には3ヶ月後社員にするからと言われていたがズルズルと契約社員のままだった。いきなり辞めると言っても文句は無いはず。4年契約社員を続けたなら十分過ぎる程の義理は尽くしたはずだからだ。「辞めて何する?」「もう決めてあるのか?」と聞かれはしたが、介護職とは言えなかった。どちらにしても最底辺と揶揄される仕事だったからだ。最底辺から最底辺へ。これ以上落ちる心配のない綱渡り。失う物も無いから何も怖くはない。立派なド底辺人生だ。ご立派な人種には決して真似できないだろう。

部屋に戻ると清掃業で使ってた一切を処分した。辞めた途端に4年も契約社員で誤魔化した会社への恨み辛みがこみ上げてきた。社用車のタイヤをことごとくパンクさせてやろうとか子供が想像するような憂さ晴らしを考えたところで、あの上司が腹を痛めるわけではない。クソつまらない事を考えてしまった事を反省し、俺が辞めて名前も忘れられた頃に奴の後をつけ、自宅を特定した後どんな嫌がらせをしようかと、もっとドス黒い事を考えながら部屋で酒とタバコとチーズを摘んで床に着く。

2日無職を満喫し、誘われた介護施設に向かった。「介護付き有料老人ホーム西華苑」一応面接からさせてもらった。履歴書は書いたが職務経歴書に書く事も無く、それは持たずに施設の応接室に入った。

スナックで知り合った男の名前は中里正雄57歳。「いやー、来てくれないかと思ってたんだー。電話番号も交換してなかったからねぇ」と満面の笑顔で迎えてくれた横には還暦は過ぎてるであろう女がいた。小山美鈴62歳ケアマネ。朝なのに疲れ切った女の顔には笑顔なんか全く無い。むしろ死相が出てる。面倒臭そうに「お掛け下さい」と言われ始まった面接は中里が話を進めながら殆どが俺の身の上話で終わった。面接とは会社の人間が使われる側を見るだけじゃない。こちらも、使う側を見るんだ。普通だったらこんな女に使われるのかと思うと先が思いやられるから帰宅後断るのだが、こっちは勢い余って仕事も辞めてしまっているし、働くしか選択肢は無かった。施設は築30年は経過してるのかカビ臭い。加齢臭とカビ臭さと夏の暑さでどんよりしてた。元々、どこだかの会社の社員寮を買い取って改装したらしい。一通り施設の中を見学しながら、働いてる職員の人相も見ておく。その日に働いてるのは50代から60代の女ばかりだった。利用者は認知症、いわゆるボケ老人が多く、笑顔で雑談をしている一角もあったが殆どはうつむきながら時間が過ぎるのを待っているだけの老人ばかり。とりわけ断る理由も無い。早速明日から仕事と決まった。

☆勿論フィクションです。


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