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【自然の郷ものがたり#14】自分が受け取った感動を次の世代に渡す。倒れて苗床になる樹のように【聞き書き】

短大を卒業後、札幌のホテルで働いていた佐藤圭子さんは、23歳のときに転勤で阿寒へやって来ました。もともとインドア派だったこともあり、自然に囲まれた阿寒の暮らしには楽しさを見出せずにいましたが、地元の人たちとの接点が増えていくにつれ自分の中で思わぬ変化が起きたといいます。

今では自他ともに認めるアウトドア派となった佐藤さんに、自然が好きになったきっかけや、知られざる温泉と環境との関係性、倒木から学んだ価値観などについて伺いました。

さとう・けいこ/北海道札幌市出身。短大を卒業後、地元である札幌のホテルに就職。23歳のときに転勤で「ニュー阿寒ホテル」の勤務となった。現在は同ホテルで営業部の課長代理を務めている。阿寒で暮らす中で豊かな自然に魅了され、さまざまなアウトドアアクティビティを体験し、写真を軸にした情報発信を担当。阿寒湖の自然保護に取り組んでいる前田一歩園財団で「森の案内人」としても活動している。

※この記事はドット道東が制作した環境省で発行する書籍「自然の郷ものがたり 2」に集録されている記事をWEB用に転載しているものです。

インドア派だった私が、寝る間も惜しんでアウトドアにハマるまで

札幌にいた頃はアウトドアどころか、虫もダメだったんですよ。図書館や美術館が好きなインドア派で、寒いのも苦手だったので、阿寒に転勤してきた当時は「こんなところには住めない」と思っていました。

お店も早く閉まっちゃうから、仕事が終わってからご飯を食べようと思っても行ける場所がないんですよ。なにか買おうと思っても、「最寄りのコンビニまで50キロ」って言われて。それが今から二十数年前のことですね。

自然の中で遊ぶのが面白いと思うようになったのは、阿寒に来てから出会った先輩や友達からの影響です。自分からは絶対に行かなかったと思うんですけど、暮らしているうちに少しずつ地元の方たちと知り合って、山登りや釣りに誘ってもらうようになったんですよね。「朝5時に家の下で待っているから一緒に行こう!」みたいな感じで(笑)。

特に初めてワカサギ釣りに行ったときのことはよく覚えてますね。当たり前だけどすごく寒いわけですよ。そういう中で結氷した湖に穴をあけるところから始まるんですけど、友達がテントを張ってくれて、ストーブも持ってきてくれて、釣り針にエサもつけてくれて、朝ごはんもテントの中で温かい物を作ってくれて。

そうやって至れり尽くせりの状況で体験させてもらってたら、ちょっと楽しくなってきたんですよね。それで、パッとテントの外を見ると氷点下の日の出という、幻想的な景色が広がってて。あれは今でも忘れないくらい感動しました。

そういう景色を見ちゃうと、写真を撮りたくなるじゃないですか。だから、なんとなくカメラを買って、遊びに行くたびに写真を撮ってホテルのブログにあげるようになったんです。

そしたら、人から写真を褒められたり、ブログを見たお客様がホテルに泊まりにきてくれるようになって。「インドア派だった自分がこんなこともできるんだ」というのが嬉しくて、当時は寝る間を惜しんで遊んで、仕事の合間にも出かけ、睡眠時間を削ってブログを書くという日々でした。

そのうちに「冬の雄阿寒岳から見た景色はどうなんだろう」とか、「夏場のカヌーも行ってみたいな」とか自分で思うようになって、気がつけばどんどん行動範囲と友達の輪が広がっていきました。そうやって人のつながりからひとつひとつ趣味が増えていって、10年くらい経ってからですかね。ここでの暮らしが本当に楽しいと感じるようになったのは。

昔は体が弱かったこともあって、あまり活動的なタイプじゃなかったんですけど、阿寒の自然が自分の好奇心を解放してくれたんだと思います。足りてなかったものを一生懸命補おうとしてるというか、今まで静かに暮らしていた反動かもしれませんね。でも、自分が変わっていく感じは楽しいです。そのきっかけをくれた自然や周りの人たちにはすごく感謝しているし、恩返しをしないとなって気持ちでいます。

観光と自然保護が密接にリンクしている阿寒湖温泉街

私は今、ホテルで働きながら、「森の案内人」という活動もしています。これは阿寒湖温泉街の土地を管理している前田一歩園財団さんが行っている取り組みで、自然保護のために立ち入りが制限されているエリアの案内をさせてもらっているんです。もともとはガイド業をやってる人だけが担える役割だったんですけど、私も研修を受けて、メンバーとして参加させてもらえるようになりました。

前田一歩園財団さんは「ひとりでも多くの人が自然の恵みを末永く享受できるよう、北海道の自然環境の保全とその適正な利用に資するため」に設立された組織で、阿寒の森を守る森林保全事業を行っています。阿寒の森を300年前の姿に戻すことを理念としていて、間伐や、倒木などの危険性のある木を伐採しているのですが、木を切りだしたところに植樹をするなどの活動もされているんですよね。そうして守ってきた森の大切さを伝えるのも森の案内人の役割のひとつになっています。

自然の中で遊ぶだけではなくて、案内役もやってみたいなと思った背景には、自分を変えてくれた阿寒の自然を守りたいという気持ちと、その素晴らしさをもっとたくさんの人に知ってもらいたいという気持ちがありました。私のように外から来た人間だからこそわかる阿寒の魅力を伝えられるんじゃないかなと思って。

それに前田一歩園財団さんが行っている森林管理は、私たち阿寒のホテル業界とも切っても切れない関係があるんです。というのも、阿寒のホテルはこの一帯の土地を管理している前田一歩園財団さんから温泉を買っていて、その収入が資金にあてられることで森林管理の活動が存続しているんです。だから、阿寒に来たお客様が温泉に入っていただくことで、森が守られているともいえるんですよね。

観光と自然保護ってなかなか結びつかないと思うんですけど、阿寒の場合は密接につながっているんです。皆さんが温泉に入っていただくことでこの森が守られてると思うと、ホテル側の人間としても本当にありがたいですね。

自然の変化には抗えないから、次の機会はないつもりで生きる

阿寒には山も湖あるし、その上、四季のバリエーションもあるのでフィールドとして最高だと思います。ホテルのレストランから毎日阿寒湖を見ててもまったく飽きないんですよね。雲海のかかり方とか、雲の形とか、湖面の表情が毎日違うので。湖の凍り方ひとつとっても同じことはないから、毎年ドキドキしながら季節を眺めています。

こういう感覚って、札幌にいた頃にはなかったと思うんですよね。たぶん、札幌の森林は植えられている感が強くて、生き生きしていないように見えるからかな。でも、阿寒の森は好き勝手にいっぱい動いてて、ちょっと森の中に足を踏み入れただけで、「この奥からなにがでてくるんだろう」って感覚になるんです。自然って、本来はそういうものだと思うんですよね。

今は町の外に出かけていても、「今日は、阿寒湖の景色がいいかもしれない」とか思って、早く帰りたくなっちゃうんですよ。地元の人がSNSにきれいな風景の写真をあげてると、「やっぱり今日はよかったんだ。くそー!」って思いますもん(笑)。毎日見てても「今日めっちゃよかった」って日があるし、そういうのを見逃すと悔しい気持ちになるんですよね。

私はそんな阿寒の自然を守りたいと思っていますが、一方で自然って自分の力でどうにかなるものではないとも思ってて。特に阿寒のような大自然に対しては、自分がなにかをするというよりは、今ある姿を発信したり、そのときにできることを楽しむのが大事なんじゃないかなって。実際、自然の中では、昔はできていたけど今はできなくなっていることもあるんです。

例えば、阿寒湖が凍りはじめる時期は年々変わっています。以前は12月中旬から凍っていたのが、今は1月の頭まで凍らなかったりしてて。溶け始めも早くなっているので、昔は氷上でできていたことが、同じ時期にできなくなったりもしているんです。だから、私は自分がどうこうするというよりは、自然の変化に合わせてできることを模索したり、それを発信していきたいなと思っています。

そういう変化を目にしているので、私は自然と付き合っていく上で「明日がある」
とは思わないようにしているんです。
「また明日もあるや」と思うと諦めちゃうけど、明日がないと思えば写真を撮りに行こうかなって気持ちになるじゃないですか。そういう気持ちでいないと、いつの間にか失われていくものもあるんです。

私自身も、この先もずっと阿寒にいられるかはわかりません。札幌にいる親も歳をとってきましたし、仕事の状況もいつ変わるかわからないですから。だから、何事もこの先5年も10年もあると思わず、今年とか、今月とか、今日という単位で考えながら暮らすようにしています。

自分が感動した体験を次世代に渡すことが、新たな芽を育む

「倒木更新」って知ってますか? 私は阿寒に来てから初めて知ったんですけど、木って種類によって成長速度が違うんですよ。

更地になった土地で最初に生えてくるのは草で、その後に白樺などの広葉樹が生えてきます。阿寒の森は針広混交林を目指していますが、広葉樹は成長が早いので密集していると日光が地面まで届かなくなって、その下にある小さな針葉樹が育ちにくくなるんですよね。

だけど、森の中に倒木があると、その上に苔が生えて、そこから針葉樹が芽吹くことがあります。そうするとスタート地点が地面よりも高いから日光を集めやすくなるじゃないですか。倒木は徐々に腐っていって、その上に生えた木は地面に根を張ることになります。つまり、倒れた木から若い世代が芽吹いていくんですよね。これを倒木更新といいます。私はすごく好きな言葉なんですよね。

これって、私が地元の人たちからやってもらったことと似ているような気がして。来たばかりのときは本当に自然のことをなにも知らず、自分ひとりでは接点すらもてない状況だったわけですよ。だけど、経験豊富な先輩や友達が外に連れ出してくれたおかげで、最初から自然の楽しさを味わえたんです。先輩の肩に乗せてもらって、一段高いところからスタートできたというか。これってすごく恵まれた環境ですよね。

だから、私も自分みたいに外からきた人をアウトドアに誘ったり、教えたもらった自然の楽しさを伝えていきたいと思っています。いつまでも遊んでばかりいる歳でもないので、次の世代に渡せるものは渡していきたいんですよね。それこそ倒木更新みたいに。

実際、ホテルで一緒に働いているスタッフの中には転勤族の人や海外から来た人たちもいるので、阿寒にいるうちにと思って、朝のカヌーや森歩きに誘ったりもしています。雲海のきれいな日とかを狙って。そうすると、雲海の中から雄阿寒岳が出てくるという普通では体験できないような景色と出会えるんです。

それはきっと私が初めてのワカサギ釣りで見た朝日のように、印象的な体験になるんじゃないかなって。そういう体験をきっかけにアウトドアの楽しさに目覚めたり、阿寒を離れても記憶に残るような思い出を作れたらいいなと思っています。

今思えば、私をアウトドアに連れていってくれた先輩たちも、きっと「この日はいいぞ」ってタイミングを狙って声をかけてくれたんじゃないかなぁ。おかげさまで、体験としてすごく記憶に残るものばかりです。

もう亡くなってしまった方もいるんですけど、本当にいい先輩たちや友人たちに、最高の状態の自然を教えてもらいました。そのおかげで今の私があるので、感謝しかないですね。今後は私が受け取ったものを、しっかり次の世代に渡していけるように頑張ろうと思います。

取材・執筆:阿部 光平
撮影:中道 智大

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