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【命運とは】 「剣聖 - 運に見放された男」

なぜ天は、宮本武蔵にこれほどの才を与えながら、武運を奪いたもうたのか

戦国時代の真っ只中であったなら、剣一本で立身出世もできただろう。64回の果たし合いを生き抜いてしまったばかりに、己の力量を証明できる相手ももはや無く。ようやく士官の道が開けたかと思えば、剣術の腕とは無関係な「品がない」という理由で断られる。

無防備すぎるほどの無邪気さと、執念深い疑心暗鬼とがせめぎあう武蔵の心中で、悔恨、恐怖、渇望、プライドが幾重にも折り重なり、絡み合って解けなくなっている。

だが、そんな彼の猜疑心や恐怖心を、影ぼうしは冷静に指摘する。時代に置いて行かれた自分を影ぼうしに露呈され、武蔵は喘ぐ。

生きる道は違えども、同じ空(そら)を見上げている

冒頭、伊織が武蔵に羽織をかけるシーンがある。父の身体を気遣う息子が一瞬見えるが、すぐに武蔵は伊織に刃を向ける。そして、自分に近づいた人間に気づけなかった自分を責める。

でも、きっともうずっと、武蔵は伊織の側でだけは、心を緩めることができていたのだろう。彼自身は、それを最後の最後まで認めないけれど。

死にとうない

一番最初に褒めてもらったことを、ずっと覚えている息子。褒めてやらなかった、優しくしてやれなかったことを悔いている父。

「血の繋がりがない」からこそ、父の側から離れられない息子。呪われた血を継がせたくないあまり、「養子」だと言含めていた父。

その2人の思いがやっと重なったと思ったら、もう別れはすぐそこまで来ている。

それでも、その1人が自分にもいたことを、今際の際であれ、自分自身で受け入れられて良かった。それを認められないまま儚くなる人だって、きっと少なくないのだから。

そんな人がいることに気づけなかったり、気づかなかったりすること以上に、そこにいることに気付いているのに、気付いている自分を認めていない状態の方が遥かに辛い。そして遥かに後悔が深くなる。

噂には聞いていたけれど、想像以上に「土」演出が凄かった。

でも、この土の演出があるからこそ、性格も、過ぎ去った年月も分かる。どんどん汚れていく垢だらけの武蔵。顔や腕は汚れていくが、衣服は整ったままの伊織。性格や為人の違いまで分かる。

そして、殺陣!!!!!!!!

武蔵が剣を構える度に、身動きが出来なくなった。ここで私が微動だにしたら、武蔵はその音に反応し、目にも見えないスピードで間合いを詰め、私に剣を振り下ろすに違いない。確実に相手を殺しにかかる太刀捌きだった。あれ、絶対64人殺してる。それくらい、狭い空間が殺気に満ちていた。

ちょこちょこと無邪気な武蔵が挟まれるものだから、余計に殺気の毒が際立っていた。

砂粒に過ぎない人生でも、こんな砂にはなれたらいいのに。情報処理が追いつかない脳みそが、こんなことを呟いた。それくらい濃密な90分の2人芝居だった。

凄いものを、見た。
配信も、見ねば。


明日も良い日に。


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