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【編集版】 哺乳網ネコ目犬科犬亜科キツネ属:通称ゴンの裁き

なあ、相席になったよしみで愚痴の1つも聞いてくれよ。

お前も明日に延期されたクチか?… 妙に混んでるそうじゃないか、裁判所。流行病はやりやまいのせいかも知れねえな。あれ、なんてったっけ… そうそう、コレラだ、コレラ。

で、お前は何しでかしたんだ?え? …清廉潔白?そういうことをいけしゃあしゃあとのたまう奴ほど、なんか抱えてるもんだよ。身に覚えがあるだろ?

まあ、言いたかねえならこっちも聞かねえ。だけど、おいらの話は聞いてくれよ。

おいら、貧しい村の出でさ。親父もお袋も早くに亡くなっちまった。殺されたんだ。村の茂平ってじいさんに。

茂平じいさん、腕っこきの猟師でさ。仲間も大勢やられてた。だから俺たちゃあ、あの村にはなるべく近づかないようにしてたんだ。だけど、ある年、飢饉があってさ。田畑でんぱたも森もパサパサに枯れちまった。なんてーの、温暖化ってやつ?

親父とお袋は、まだちっさかったおいらになんとかうまいもんを、って一心で村に降りてった。そしたら問答無用でズドーンさ。

帰ってこない両親を俺は巣穴に隠れてジィッと待ってた。穴は、腐りかけの葉っぱと湿った土の香りでむわんむわんしてた。しばらくして、気づいたんだ。ああ、もう親父もお袋も、帰ってこねえんだなって。

それからはずっと、一匹狼を貫いてきた。…え?キツネだろって?あげ足取ってんじゃねーよ。おぅ、酒がねえな、(大声)すみませーん!

それからも生きたんだよ。一匹で。そりゃ、色々したさ。仕方ねーだろ。生きていかなきゃならねんだから。

でさ、ある日、村の兵十ってヤツが魚の網を仕込んでるとこに出くわしたんだ。長雨の後だったなあ。何日かぶりに青空が広がってさ。うーんと伸びをしたら、鼻っ面にトンボが止まってた。

その兵十って奴がこう、見るからにお人好しでさ。なんか、憎めねえんだよ。だからさ、ちょいといたずらしたくなっちまってさ。気になる女のスカートめくりたくなるってのと同じだよ。… え?そんなん令和どころか平成でもやらねって?なんだよ、その令和ってのは?うめえのか?

…何だよ、言いたいことがあんならさっさと言えよ。…ま、いいけどよ。

ええっとどこまで話したっけか。そうそう、ちょっかい出したくなったからさ、そいつの網にかかってた魚をポンポン逃してやったんだ。だってよ、キスだウナギだって、いつでもじゃんじゃん獲れんだよ。だから次の日にまた獲ればいいって思ったんだ。

そしたらよお… 少しして、兵十のお袋さんが死んじまったんだよ。

いや、餓死したってわけじゃねえよ。でもよ、食いてえもん食えるだけの体力があるギリギリのタイミングだったんだよ、その日が。翌日からはもう、やわやわに炊いた大根飯をちょぼちょぼとしか食えなくなったらしくてさ。

それでおいらのイタズラのせいで、お袋さんが死んだことになったんだよ。

でもよ、おかしくね?だってよ、お袋さん死んだの、10日後なんだぜ?3日とかなら分かるけど、10日よ?9日前でもキスくれえ毎日取れるし、うなぎだって獲れる可能性は高いだろ。

それがよぉ… ずっとやわやわの大根飯だぜ?それ栄養失調で死んだんじゃね?って思うわけよ。

しかもよ… それが意図的だったとしたら、兵十の野郎、とんでもねえ食わせもんだぜ。そう思わねえ?

でも当時のおいらは、おいらのイタズラのせいで兵十を天涯孤独の身にしちまったって思い込んだ。それからは贖罪の毎日よ。いや、イワシを盗んで持ってった時には迷惑かけたけど、それも一回でやめた。それなら、情状酌量の余地ありってもんだろ?

なんせ一月もの間、寸暇を惜しんで栗やら松茸やら銀杏やら、ハナビラタケやら、ありとあらゆる秋の味覚を集めては持っていってやってたんだよ。あれなら毎日高級料亭の土瓶蒸しだよ。宣伝すりゃあ一攫千金狙えるってのに、あいつどうしたと思う?

… そのまま焼いて食っちまったんだよ!!!!

考えられるか?!いや、美味いよ、決まってんだろ。でもよ、それをまんま1人で食うとか、あいつ、バカだろ。20年後には「老後の資金がありませーん!」って泣くタイプだよ。

…え?贖罪って、食いもんの食材だと思ってたって?アホかお前。償いの方の贖罪だよ。おいしく頂くお食事の話をしてどうすんだよ。さてはお前、関西もんだろ。

でさ、その贖罪の食材をさ、明くる日も明くる日も、おいら続けたんだよ。秋の味覚を貢ぎ続けたんだよ。柿なんかつけた日もあったんだぜ。デザート付き。何様だ、あいつ。中山さまか。

でも... それすらも計算だったとしたら、どうよ?

まず、弥助って村のもんに貢ぎもんの話をして、相手に「神様からのギフトだ〜」って言わせた挙句、実際そうに違いねえ、って思わせるように仕組んだんだ。

周りを味方にできたって確信した翌日には、おいらがくる時間を見計って、ズドン。それで仕舞いだ。

村のもんから見たら、兵十の所業は殺人じゃねえ。因果応報って奴だ。いや、ただの害獣駆除かも知れん。イタズラばっかりしよるキツネを狩っただけだからな。ご丁寧に禁猟期間も開けてやがる。な、用意周到だろ。

… おいらも死んだ瞬間は、これは自業自得だって思ってた。

でもよ。ここにヘコヘコ歩いてくる途中で気づいたんだ。あれは自己憐憫現実逃避型完全犯罪だったんじゃねえかって。

だってよ、おかしいだろ。なんだってお袋さんは死んだんだ?山へ入れば山ほど食うもんはある。川だってそうだ。病気で弱ってたんだとしたら、それはもう俺のせいじゃねえ。

お袋さんは、もしかしたら死にたくて死んだんじゃねえのか?口減らしをたんだよ。自分の口をよ。貧乏でこの先どん詰まりの息子を思っての自死行為だったんだよ。

だけど、兵十はそれを受け入れられなかった。お袋さんと、兵十の思いがすれ違っちまったんだ。だから、兵十には、お袋さん殺しのにっくき仇が必要になった。
それがおいらってわけだ…

な?そう考えると、色々と辻褄が合うだろ?


***裁判、当日***

開廷いたします。

哺乳網ネコ目犬科犬亜科キツネ属、通称ゴン、ご起立ください。

あなたのキツネ生についての裁判を始めます。無罪となれば生まれ変わるまで極楽浄土で過ごせます。有罪とならば、閻魔大王の支配する地獄に落ち、その罪を未来永劫償うこととなるでしょう。

では、きつねのゴン。

あなたは中山さまが治める領土の森で生まれ育った。幼少期より、芋を彫り散らかすという器物損壊罪、とんがらしの窃盗、非現住建造物(菜種がら)に対する放火等、数々の罪を犯した。

とはいえ当時のあなたは未成年であり、よって少年法が適用されます。陪審員の方々も、この点を御留意頂きたい。

さて、ある雨のあと。あなたは川で兵十(31)(職業:百姓)が釣りをしているところに遭遇。豪雨後の流れが激しい川で、危険を冒して釣りをしている兵十が釣り上げたうなぎやキスを、あなたはあろうことか、逃してしまった。これは器物損壊罪にあたります。

うなぎに至っては、逃すに止まらず、自ら食ったという証言が寄せられています。また、兵十に目撃されたと気づいたあなたは、そのまま現場から逃走。兵十の人間の足ではあなたのキツネの足には到底追いつけませんでした。

その後、兵十の母(53)が死亡したことを知ったあなたは、幾ばくかの良心の呵責を感じた。そこまでは良いでしょう。ですが、償いの必要性を感じたあなたは更に罪を重ねた。イワシ売りからイワシを盗んだそうですね。しかも5匹。

村人弥助の証言もあり、当初窃盗犯は兵十であると断定され、兵十は無実であるにも関わらず、イワシ一匹につき一発という暴行を受けた。これは兵十に対する名誉毀損罪に相当します。

あなたは、盗みは悪いことだとご両親から教わらなかったのですか?罪の償いをしたいのであれば、自らイワシを取れば良いものを、人様が釣ったものを盗んで償いのために別の誰かに寄越す。これを罪と言わずしてなんと言うのでしょう?

ただし、その後栗や松茸を自ら拾って運んでいたことには、反省の跡が見受けられます。情状酌量の余地ありとしても良いでしょう。

村人たちは、栗や松茸を兵十に恵んでいたのは神様(年齢不詳)だと思っていたようですが、それを知った後も、あなたは心折れることなく毎日のように、栗を兵十に届けた。立派な心がけです。人の目の届かないところでの努力こそ、仏の道に通ずるのです。

そして事件当日。

栗を持ってきたあなたを見かけた兵十は、前科者のキツネであるあなたを、問答無用で射殺した。あなたが銃を所持しておらず、また攻撃を加えようとしていなかったことから、兵十の所業は過剰防衛と言わざるを得ません。

あなたが所謂「すねに傷負うもの」であり、その点については多くの村人からの証言もありますが、当日の状況だけを鑑みたとき、果たして兵十の行為は許されるべきなのか。

窃盗、器物破損、放火、名誉毀損。
30日分の栗と松茸。悔い改める心持ち。過剰防衛の可能性。

陪審員の皆さんには、これらの全てを鑑みて、ゴンの魂を裁きの天秤にかけて頂きたい。

***

ここにいる哺乳網ネコ目犬科犬亜科キツネ属、通称ゴン。無罪として極楽浄土へ送らるるべきか、はたまた地獄へ落とされるべきか。

判決は皆さんにかかっています。

ゴンが有罪と思う方、挙手を。

(間)

ゴンが無罪と思う方、挙手を。

***




判決後、法廷を歩き去るゴン。ふと立ち止まり、振り返って現世の方角をみる。

「兵十。この判決を、お前はどう思うんだい?


<おわり>


オリジナルはこちら。



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