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笑顔の本質

極寒のヨーロッパを周遊していた頃の話。

ヨーロッパ周遊旅も終盤に差し掛かるころ、私はストックホルムにいた。
極寒のヨーロッパ旅ということと、自ら全てを計画しての一人旅というのもあって疲労困憊。この時の私は叩いても響かない鐘のように生気がなかった。
だが、この町を出るときに状態は変わった。ある一人の女性との出会いがそうさせたのだ。

その女性とは旅人達が集うホステルで出会った。何か不思議なオーラを纏った印象を受けた。後から知ったのだが、彼女はバイク系雑誌のモデルでもある。
将来キュレーター(学芸員)になるのが夢で、ヨーロッパ中の博物館や美術館などを片っ端から周っていた。

全く違った生き方をしている私達だったがどうゆうわけかすぐに意気統合。日付が変わってもまだ一緒にいた。2日間だけだったが、幼少期からの大親友かのように互いの思い思いを本音で語り合った。

彼女いるとなぜか心が暖かくなった。1月のストックホルムはかなり寒く、そのギャップがより彼女の暖かさを際立たせていたのだろうか。まるで自分が吉本ばななの小説の中に入り込んでしまったかのようなオレンジ色の世界。周りに他の宿泊客はいただろうか? 完全に2人だけの世界に入り浸っていた。

彼女には普通の人にはない特殊な部分があった。それはバイセクシャルだということ。私にとっては初めてのバイセクシャルの人との出会い。周囲にもいたのかもしれないが、誰一人として打ち明けてくれる人はいなかったのだが、彼女はそれを出会ってまもない私に打ち明けてくれた。

バイセクシャルというのは先天性のものかと思っていたのだが、彼女の場合は中学の頃からだと言う。

彼女には2つ年が離れた兄がいた。兄は中学生の頃に他界してしまっている。金八先生に出てくるような典型的な家庭内暴力者で、母親と彼女は被害者だった。父親は仕事で帰りが遅く一度も助けてくれなかったという。

母親がいつも殴られていて悲痛だったと言っていたが、結局一番の被害者は彼女だったに違いない。いつも包丁を持った兄に追いかけられ、いつ刺殺されるかという恐怖に怯えていたのだ。他にはあまり思い出したくないようだった。そうしようとしても思い出せないのが現状だった。


しかしそんな地獄の生活にも終止符が打たれる。

兄の原因不明の突然死


部屋には血が充満し、床一面が血の海になっていたとか。

母親は大号泣していたと言うことだが、この出来事がもたらしたものがあった。

それは皮肉にも家族の幸せ。

勘の良いかたは気付いたであろう。

彼女のバイセクシャルは兄のDVが起因している。兄からの直接的な暴力や脅し、頼りなはずの父が一度も助けてくれなかったこと、当時彼女の支えになったのは女友達だったことなど全てが噛み合ったことで彼女の人生は大きく変わった。

現在、彼女が最も愛しているのは女性


中学からの同級生で一度セックスを促してみたが断られたとか。現在と言ったが、中学から現在までずっとなんだとか。




私達には時間が足りな過ぎた。まだまだ話したいことだらけだったが夜行列車に乗り遅れるので早く駅へ向かわなければならなかった。昨日からの吹雪は鳴りを潜め、街頭が闇夜の雪の絨毯を照らす。それが何とも非現実的であり、今となっては彼女との出会いすら夢だったかのように感じる。

1つだけ、どうしても1つだけ聞いてみたいことがあった。それは興味本位であって、彼女にとっては失礼なことなのかもしれない。

「兄が死んだ時、どう思いました」


言ってしまった…。なに馬鹿なことを聞いてるんだ! デリカシーがないとは言われがちだが、流石に人の死、ましてや親族の死について訪ねるなんてこの時の私はどうかしている。

すると彼女は数秒経ってから…

「嬉しかったです」


予想はできていた。予想はできていたがその言葉の持つ重みは私の予想を大きく上回り、自然と鳥肌が立っていた。そしてその時の表情は言語に絶する。

笑顔


ストックホルム中の光が集約されたかのような眩しい笑顔。これほど美しい笑顔を見たことはあっただろうか。嘘偽りのないいつまでも見ていたい笑顔。しかしその裏側にある真実を知っている今、薄っすらと恐怖さえも感じる。

死によってもたらされた美しき笑顔


そんなこと絶対にあり得ないだろうと思っていた。だが真実は偽ることができないようだ。

ストックホルム最後の日


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