Hiphopと反ワクチン、黒人コミュニティと陰謀論の親和性
先日、Neil YoungがSpotifyにワクチンに関するデマの拡散(Joe Roganのポッドキャスト)を辞めさせるよう公開書簡を送り、さもなければ自分の楽曲の配信をやめると言った。
そしてSpotifyは「今までコロナ関連のポッドキャストエピソードを2万件以上削除してきた。」と十分にデマや誤情報に関する措置をとってきたという態度を示した上で、この要望を(敬意を持って…らしい)拒否し、Youngは楽曲の配信を停止した。
Joe Roganのポッドキャスト「The Joe Rogan Experience」はSpotifyで一番人気のポッドキャストであり、Spotifyとしてはこれを手放すことは出来なかったのだろう。
このことでYoungは、自身と自身のレーベル共に、ストリーミング収益の60%を失うことになった。それでもYoungは、音楽を愛する人々の命を守るため、端を発した。
現在、Joni Mitchellを初め、多くのミュージシャンがそれに賛同している。
今日、Hiphop界でも国内外問わず、反ワクチン思想が蔓延っている。
まず、USラッパーで反ワクチンの代表としてあげられるのが、Kanye Westだ。
Kanyeは熱心な反ワクチン論者かつ陰謀論者の一人である。以前、大統領選において、「ワクチン接種の推進は人々にマイクロチップを埋め込むためだ。」と主張した。また、「ワクチンの治験によって50万人もの子供たちが神経麻痺を負った。」などとも主張している。
しかし、Kanyeは昨年コロナに感染後、態度を一変、一回目のワクチン接種を済ませたことを発表した。療養中は「コロナに打ち勝つためのビデオを見た。」と述べているが、多分ろくなものではないだろう。
DONDAのリリースパーティでは、ワクチン接種証明書や陰性証明書を必要としないとしたものの、動員数を当初の半分以下に抑制し、ワクチン接種ができるブースも設けた。(1500人分以上用意して実際に接種したのは十数名だったそうだが。)
このように、現在のKanyeはおそらく極端な反ワクチン論者でも陰謀論者でもない、はずだ。
しかし、2回目の接種はしていないようであり、豪モリソン首相は、現代医学を嫌い、ワクチン接種をしたがらないジョコビッチ同様、豪ツアーを控えるKanyeを入国させないとしている。
Kanyeに関しては福音派(原理キリスト教)であるし、共和党、トランプを支持していたりとまぁそういう人なので色々仕方ないと思ってしまう。
いい意味でも悪い意味でも子供っぽい、Kanyeのこういうところが愛される要因でもあるのだが。
また、Nicki Minajもそうみなされている。以前、MET GALA(VOGUE編集長Anna Wintour主催のファッションの祭典)の出演に際し、ワクチン接種の義務づけを理由に辞退した。さらに、「従兄弟の友人がワクチンで睾丸が腫れ、EDになった。」とツイート。(当然ワクチン接種の影響ではない。)
また、レーベルメイトであるDrakeがワクチンを打った後にコロナに感染したことを引き合いに、「ワクチンは疑わしい。」ともツイートしている。
こうした発信の影響で、Nickiは反ワクチン論者だとみなされているが、実際はそうではない。
もちろん先述の科学的根拠のないデマやワクチンの有効性を否定するようなことを拡散したことはまずかったが、「ワクチン接種は十分に調査をした上で受ける。」としており、「愛する人たち、マスクを着けてね。」ともツイートしている。(ちなみにこのツイートはワクチン推奨派、反ワクチン派が入り交じり、3万引用リツイートされている。)
そのため、Nickiに関しては反ワクチンではなく、ワクチン慎重派であるといえるだろう。
Eminemの盟友であるRoyce da 5’9は、アルバム「The Allegory」のテーマのひとつに反ワクチンを据えている。特に「Tricked」という楽曲の中で、「お前は騙されている。」といい、子供たちがワクチンによって自閉症にされているとラップした。(これは昔からよくある陰謀論で、Andrew Wakefieldが1998年に発表した論文をきっかけに世界中に広まった。現在この論文は撤回されており、かつ相当数の研究により、15年ほど前から科学的に否定されている。)
そしてこれは、彼の息子が自閉症であることにも由来する。さらに彼は、このアルバムのインタビューで、権力者の言うことや刷り込まれた情報を鵜呑みにしないことを心がけていると回答している。
Freddie Gibbsの楽曲「Palmolive」にもそういったラインがあり、「毒にファック。ワクチンを俺たちから遠ざけろ。」とラップしている。ファンたちは前後の文脈から、このラインを政府不信のメタファーだとしているが、GibbsはRoyce da 5’9同様、ワクチンと自閉症の関連を示唆する陰謀論の支持を表明しているため、そうではないだろう。
またNasは、2018年リリースの楽曲「Everything」において、ワクチン接種を親に強制させられる子供の目線に立ち、「どうして注射させたの?私にどんな副作用が出るか、誰も分からないのに。」とラップする。
Nasは昔から前述の論文を支持しており、2001年にもアルバム「Stillmatic」中の楽曲、「What Goes Around」において「医者が幼児に毒を注射する。」ともラップしている。
しかし、2020年10月にコロナに感染し、「精神的にも肉体的にもタフな時間だった。」と発言してからは、大衆の目に見える形でのワクチン批判はしていないようである。
Big Seanもインフルエンザの予防接種を受けないといい、同じようにコロナワクチンの接種にも反対だろう。
Jay Rockもコロナ陰謀論を強く支持しており、NLE ChoppaはTwitterでワクチンを打たないよう呼びかけている。
さらにはIce Cubeも10億円以上の出演料のかかった映画出演に際し、コロナワクチンの接種の義務付けを理由に断った。
そしてChance the Rapperも地球平面説、ワクチンは秘密結社の陰謀説などを信じる相当やっかいな陰謀論者であるNBAスター、Kyrie Irvingに賛同する形で、反ワクチンの姿勢を示した。
Busta Rhymesは「コロナはクソだ。」と発言した上で、「変な政策や政府の命令なんてクソだ。」と続け、暗に反ワクチン思想を広げている。さらには「マスクもクソだ。」とも発言した。
Offsetはワクチンについてワクチン副作用の画像(もちろんデマ画像)などを引き合いに、「信用ならない。」と述べたが、叔父をコロナで亡くしてからは、ワクチンに関する言動はないようだ。
その他ミュージシャンという括りでみれば、Eric ClaptonやNoel Gallagherらもワクチン、マスクに反対している。
これほどまでに反ワクチンは、Hiphop、ミュージシャン、セレブリティたちに広く浸透している。
しかし、Neil Youngのように、反ワクチン論者たちに真っ向から立ち向かうミュージシャン、ラッパーもいる。
まずDMXは、こうした反ワクチン的な言論に反対していた。しかし、ワクチンの接種後にオーバードーズで亡くなった。ここに結びつけて、ワクチン反対派はさらに語気を強め、ワクチン接種の勧告がDMXを殺したとまでいわれた。
また、Lupe Fiascoは、ワクチンを打っていない人を自らのライブに入れないと発言したり、自身のインスタグラムで反ワクチン論者を揶揄する内容のTikTok動画をシェアしている。
さらに、DMCは、Hip Hop Public Healthと提携し、黒人や有色人種のコミュニティでワクチン接種を増やすことを目的としたビデオを制作した。彼はRun-D.M.C.の後継者にChance the Rapperの名前をあげたが、自らの活動に真っ向から反するChanceの姿勢を、現在どう思っているのだろうか。
また同じアーティストとして、Billie Eilishは、自身がコロナに感染した経験をシェアし、「ワクチンを打っていなかったら死んでいたと思う。」と発言した。
その他著名人の多く、先述のNasやKanye、Drake他、ラッパーではLL Cool J、Lil Nas X、Doja Cat、Wiz Khalifaなどはコロナに感染したこと、その症状については言及するが、ワクチンについての言及は意図的に控えているように見える。
では、こうした反ワクチン的な言論がなぜHiphop界で特に広く浸透しているのだろうか。
それはまず、黒人コミュニティの歴史によるものが大きいだろう。
今日まで、黒人たちには政府不信、医療不信が強く根付いている。1932年から40年続いたタスキギー梅毒実験はその要因のひとつだろう。
"米政府機関の公衆衛生局が貧しい黒人に無料で治療や食事を提供すると呼びかけ、梅毒患者399人を含む600人を集めた。しかし実際は治療せず、病状の進行を長期観察した。47年に梅毒の治療薬として「ペニシリン」が確立されても投与しなかった。"とあり、アメリカ史上最悪の人体実験とされている。これはわずか50年ほど前の出来事だ。
こうした事件(ウォーターゲート事件など)や、黒人差別の歴史、教育不足による情報の偏り、貧困や居住区に起因する医療機会の不公平、医師による人種差別、制度上、社会システム上の医療格差などがワクチン接種の妨げとなり、現時点で最もワクチン接種が遅れている人種、かつコロナによる死亡者が最も多い人種となっている。
また、人種差別のカウンターカルチャーとして発生したHiphopは、その成り立ちからして危険を孕んでいる。その思想が反ワクチン、陰謀論を広く浸透させた。
私はHiphopという文化に大きな敬意を持っている。しかしだからといって、手放しでその全て肯定することは間違っている。Hiphopとは、あまりに狭いコミュニティで生まれた、粗暴なマッチョイズムと、過剰な反権力に囲まれた文化である。
それ故に、人種差別的で、性差別的で、同性愛差別的で、反知性主義(この言葉はアメリカでは上記の歴史的文脈を伴ってほとんど反権威主義と同義と言える)で、物質主義で、ダブルスタンダードでありうる。これは否定しがたい事実としてあり、これらを見ないふり、もしくはHiphopだから良しとしているならば、その態度は絶対に改めなければならない。
こうした文化的、歴史的な背景から、思想の偏りが生まれる。権力者のいうことは信じてはならないという思想が根付いている。
そのため、政府や世間がワクチン接種を促せば促すほど、反ワクチンや陰謀論に深くハマっていくことになる。コロナ陰謀論の主要な被害者であるビル・ゲイツがいうように、対象が否定しても肯定しても、それに言及してもせずとも、どんどん確信が強まっていくのが陰謀論だ。
このように、黒人ラッパーたちには反ワクチン派が多く、それをシェアしている。だから悪だ、頭が悪いなどとするのは簡単だが、こういったコンテクストを無視してはならない。
例えば黒人の犯罪率が高いことを知って、黒人は悪いやつだという結論を与える人間が少なくない数いる。
黒人たちは奴隷にされ、騙され、人体実験され、差別されてきた。そのせいで政府や医療を信用出来ず、反ワクチンや陰謀論に目覚めていった。貧困層の黒人の狭いコミュニティでは、それが容易に広まり、かつ強固に信じられた。
コミュニティの仲間たちを守るために陰謀論を広め、それによって同じ黒人の仲間たちがワクチンを接種せず、死んでいく。
それを政府や世間が批判する。馬鹿だという。無責任だという。それに反する形で、さらにその思想の型にハマっていく。さらに黒人は死んでいく。
このあまりに悲しい、初めから最後まで支配され続けている黒人コミュニティのコンテクスト、サイクルを知って、それでもなお反ワクチン、陰謀論に目覚めるラッパー自体を悪だといえるだろうか?単に頭が悪いと切り捨てられるだろうか?
とにかく今日本人全体に向けていえることは、自分の感情、思想を元に、それに都合のいいような情報を選択してはならない。ということだ。
自分の思想は、事実の上に築かなければならない。感情を離れ、十分な根拠と事実に基づく情報を、慎重に選択しなければならない。
また反ワクチン、陰謀論に目覚めた人たちのコンテクストを無視して、悪だと憎んではならない。
もっといえば私は全てにおいて、罪を憎んで人を憎まない。これは倫理でも道徳でもなく、単に理論である。
日本において、貧困層の狭い黒人コミュニティはSNSと置き換えることができる。黒人コミュニティの思想と同じように、SNS上のエコーチェンバーは誰にも止めることは出来ない。
間違っている人を正すことは本当に難しい。いってしまえば不可能だと思う。言論はそれが届きうる人にしか届かない。つまり同じ思想を持つ人、それについて考えもしなかった人にしか届かない。
しかし、間違っていることを間違っていると言い続けることは、これから間違ってしまう人を減らすことに繋がる。
これをワクチン問題に当てはめれば、人の命を救うことに繋がる。
私は、人を騙す非科学的なもの、救えるはずの命を救うことができなくなる陰謀論それ自体を憎み、間違っていると言い続ける。
それは、「周りの人間を救いたい。」という考えに基づいている。
しかし絶望的なことに、反ワクチン論者、陰謀論者たちも全く同じ考えに基づくようである。
私たちにできることは驚くほど少ない。
それでも見て見ぬふりをせず、なんらかの行動をとることが重要である。
※論旨としては、白人至上主義の社会が、貧困層の狭いコミュニティにある黒人どうしの人種間の結びつきを強めた結果、危うい思想(人種差別、性差別、同性愛差別)が生まれた。
だから、黒人たちの犯罪率や思想の誤りも白人の人種差別の結果である。
そのため、事実だけを見て反ワクチンを広める黒人たちを批判するのは間違っている、という文脈です。
白人層にも反ワクチンは広まっていますが、ワクチンに対する疑念は、歴史的な黒人差別とタスキギー事件などによる黒人ならではのものもあります。現状のワクチン接種率の人種格差は社会システム上のことだけでなく、権力者の言説に容易に従うことを是としない思想が、ワクチン接種の妨げになっている。と考えています。
「反権力的な思想がアメリカの根本的な思想であり、黒人コミュニティから生まれたものではない。」というのはその通りです。
しかし、黒人特有のワクチンに対する疑念と同じように、人種差別を受けてきた黒人特有の理由、またHiphopという文化の本質的な部分で、そのアメリカ的な思想がより拡大しているのではないか、と考えています。
また、SNSと黒人コミュニティとの共通点として、一般に閉塞的な狭いコミュニティの中では誤りが修正されない。という意味で繋げました。
ここではHiphopが発生しうるような貧困層の黒人コミュニティを指しています。
今回の記事では「黒人コミュニティ」という言葉が内包する意味合いの大きさを間違えていたことが誤解を与えた大きな要因です。
一部差別的な表現だと思われた方がいれば、申し訳ありません。
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