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ほんわかするひととき

 熱帯夜の季節が迫って来た。脳みそが溶解し始めるタコ・クラゲ型宇宙人。例によって運勢鑑定は秋まで休業なのだ。もうじき土星の避暑地に退避するので、ブログ・noteとも更新が途絶えたら、宇宙人は電波の届かない寒冷空間へ去ったのだと了解してくれたまえ。涼しくなった頃に再開しよう。
 ただでさえ暑くてストレスなのに、今年は七夕に都知事選が設定されて、またぞろ有権者をバカにした選挙カーが候補者名を大音連呼して閑静な住宅街の平穏を脅かし始めた。一体いつになったらこの迷惑行為を辞めることこそ有権者の支持に繋がるのだと気付くのだ。そう思っていたら、先日政見放送で、児童精神科医という候補者が「私は住民の皆様の平穏をかき乱す選挙カーや拡声器は一切使用しません」と言っていた。おお、よく言った。この一言で君に一票を投じてもいい気になったよ。
 だが残念だが宇宙人は普段から推している内海医師に投票するよ。コロナ前からこの人の発言には耳を傾けて来た。キジルシ医師などと揶揄されているが、並びとしては武田邦彦先生と同じ人種なのだ。宇宙人の係累なのだ。当選は叶わなくとも応援の意思は示したい。まったく、どうせ組織票を有する百合子か蓮舫が当選するのだろうが、学歴詐称と二重国籍のどちらかしか選べない選挙に国民が関心を寄せないのは当然なのだ。以前ヒラリーとトランプが争った米大統領選では、佐藤優氏が「カレー入りウンコか、ウンコ入りカレーしかメニューにないレストラン」と評したが、とうとう都知事選もそうなった。これが民主主義だというなら何か別の政治形態に移行した方が国民は幸せになれる気がするが、地球人の皆さんはそうは思いませんか。宇宙人だけですか。

 他人の悪口と嘘ばかり吹く候補者が選ばれるガッカリな話題は放っておいて、もっと明るい話をしよう。先日ロシア文学者の奈倉有里氏の講演会に行って来た。定員百名の会場は満席で、終了後にはサイン会が催された。サイン会を予測してそれまで本を買わず、現場で購入して列に並ぶ宇宙人。今回発刊されたばかりの話題の書『ロシア文学の教室』の他に、名作だが絶版の匂いがする『夕暮れに夜明けの歌を』を手にして並んでいると、スタッフが「お名前を入れるのでこの紙に書いて準備して下さい」と紙切れとペンを渡してきた。氏名を書き込んでペンを返す宇宙人。行列は長く、まだまだかかりそうなので、列の後ろから講演者を眺めて過ごす。
 芸能人ではないからサインする動きは随分ゆっくりで丁寧だ。サインペンのキャップを外したり閉じたりする動作が女子中学生のよう。文学少女がそのまま学者になったのだ。開演前の入口では色とりどりのしおりから一枚どうぞと言われてもらったが、奈倉氏が来場者への返礼として前日の晩に夜なべする勢いで手作りしたものだそうだ。こうした手作業を始めると夢中になって時間を忘れるという。このエピソードひとつを採っても、実に浮世離れした人柄が知れるのであった。ロシア文学者たるもの、こうでなくてはならぬ。俗世からかけ離れていなければならぬ。
 え、講演の内容? それは『ロシア文学の教室』の執筆裏話や、本編に書ききれなかったロシアの作家や作品についてのあれこれでした。ロシアが誇る怠惰小説『オブローモフ』も取り上げられて、ニンマリ微笑む宇宙人。マニアックだな。列を徐々に詰めながらロシア文学好きなファンとの短いやり取りをする奈倉氏を眺めていたら、本を二冊渡してそれぞれにサインをもらっている人がいる。あ、その手があったか、とビリービンの工芸カバンから自分のペンを取り出す宇宙人。氏名を記載したメモを裏返し、ちょっと悩んで別の名前を書き入れる。
 順番が回って来たので二冊渡し、「一冊目はこちらの宛名でお願いします」とメモの裏面を示す。奈倉氏はしばし固まってから、何事もなかったかのようにペンを走らせる。「土星の裏側の宇宙人さま」と書いてくれている。ほんわかした気分になる宇宙人。
「随分遠くからお越しになったんですねえ」と奈倉氏。
「涼しい所から来ました。東京は暑いので」と応じる宇宙人。
 メモを裏返し、二冊目には本名を書いてもらった。「お手数お掛けしました」とお辞儀して辞する宇宙人。これでもう充実の一日なのだ。ファンの中には「自分もロシアにいたんです」と言って名刺を渡している人もいたが、土星の裏側の宇宙人の名義の方がインパクトあったと思うよ。まあ忘られてしまっても構わないさ。宇宙人が覚えていればそれでいいのだ。都知事選の不愉快を一時でも忘れられて満足である。宇宙人にとって、生まれて初めてのサイン本なのだった。

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