ビシャビシャ

ある平日朝、電車に乗り込んだら車内がビシャビシャに濡れていた。
おそらく、誰かが飲み物をこぼしたのだろう。
もしくは、お小水を漏らしたか。
いずれにせよ、広範囲に液体が流れていた。
朝に弱くバタバタ駆け足気味で電車に乗り込んだオレは、車内に足を踏み入れたタイミングでそれに気付き、アホみたいに叫んでしまった。
「うわあああああ!」
間の抜けた情けない声だったと思う。
間一髪、濡れた場所を踏まずに済んだオレは、満員電車の中を液体から逃れようといそいそ移動した。
そして、移動した後に気付いた。
皆んなが視線をこちらに向けている。
(あれ?オレ、犯人みたいになってない?)
そう、わざとらしく大声を上げて、その現場から移動する様子は、まさしく犯人そのものだった。
寝ぼけ眼で思考がおぼつかないことを理由に、人の迷惑も顧みず移動したオレへの天罰だろう。
車内の冷たい視線が突き刺さる。
そこからオレじゃないですよ感を演出しようとしてももう遅い。
素知らぬ顔でスマホをイジればイジるほど、犯人感が加速する。
もちろん、自意識過剰なことも理解している。
そんな様子は、オレが思っているほど誰も気にしていないはずだ。
と言うか、そんなことを言い出したら、オレのような状況の人はおろか、普通に乗車している人でさえ『オリエント急行殺人事件』よろしく全員犯人にしか見えなくなる。
驚かない演技や吊り革に捕まり微動だにしない演技をしているだけなのだ。
ドリンクこぼしドジっ子軍団、あるいはおしっこスプリンクラーズによる人狼ゲームに終わりは無い。
……なんて色々言ったものの、結局オレが皆んなの視線を浴びていた事実はあるわけだから、何かしら訝しく思われていたのは間違い無いか。
あの日、あの朝に、あの水溜まりとさえ出会わなければ、こう悩んでいなかったのに。
ビシャビシャの床で、濡れ衣を着せられたようだった。

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