ハナから座らなきゃ良かった

これは、大学時代に起きた話だ。
その日、オレは帰省するために、都内から地元へ向かう電車に乗っていた。
車内は満員と言うほどでもないが、オレの座っている席を含め座席は全て埋まっていた。
目的駅まで立たずに済んだことへと幸福を噛み締めつつ、売店で買った本を読むオレ。
すると、ある駅でおばあさんが乗ってきた。
気付いたオレは、すかさず席を譲ろうと声を掛けた。
「おばあさん、この席どうぞ」
「あら、二駅ばかしだからいいのよ」
おばあさんは、丁寧に断ってきた。
(まあ、断られたわけだし、そのまま座るか)と思い直したオレは、また本を読み出した。
だが、次の駅で事件が起きる。
なんと、その駅で乗り込んできた白髪のジジイが、優雅に読書をするオレへとブチギレてきたのだ。
確かに、経緯を知らなければ、足腰の弱ったおばあさんに目もくれない不親切でチャラついた若者に見える。
その白髪のジジイも正義感のつもりだったのだろう。
違うんだよ、ジジイ、わかってくれ。
しかし、あまりに突然の出来事だったため、戸惑ったオレはロクな説明も出来ず、言葉に詰まってしまった。
加えて、隣に座っていた同年代ぐらいの女の子も助け舟を出そうとしてくれたが、ジジイのハイパー鋭い眼光に怯んで俯いてしまった。
当事者のおばあさんは、ニコニコ立ったまま。
いや、おばあさん、弁明してくれよ!
そんな不穏な空気のまま、電車は進み、次駅でジジイとおばあさんは降りた。
去り際に「ありがとうね」と囁くおばあさん。
その感じから察するに、もしかすると、先述した女の子同様、ビビって声を出せなかっただけなのかもしれない。
そして、隣の女の子とのラブロマンスも何もなく、真っ直ぐ実家へと到着したオレは、モヤモヤを抱いたまま、床に就いた。
うーん、今、思い出してもやり場の無い怒りが沸いてくる。
こんなことがあると、いくら座席に座れても、腹は立つよな。

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