しょんぼりゴーカート
小学校低学年ぐらいの夏休みに行った熱海旅行の話。
当時の熱海は、羽振りも良く、ホテルと遊園地の複合施設があった。
うろ覚えだけど。
そこには、ゴーカート用のサーキットがあって、マリオカート好きの小坊主としては、えらくテンションが上がった。
受け付けを済ませ、ゴーカートに乗り込む。
保護者同伴でなくても、割としっかり運転を楽しめる仕様で、高揚を抑えることは出来なかった。
車体を走らせ、一周二周し出すと、一つの感情が生まれてくる。
(ああ、ここで「どけどけーっ!」って叫んだら、ハイパー爽快だろうな……)
なぜ、そこまでの思いに至ったかは定かではないが、風がオレを呼んでいた。
ただ、自意識過剰で臆病な性格なので、(ここでそんなこと言ったら、誰かしらに茶化される……)と、口には出せなかった。
無言でニヤニヤしながら、ハンドルを握るオレ。
青く広がった空。
照り付ける日差し。
あれ……、また……、風がオレを呼んでない……?
「どけどけーっ!」
結局、気持ち良過ぎて、言ってしまった。
セックスかよ。
しかし、それを発したと同時に、後方を走っていた赤の他人の小学校高学年グループに追い抜かれ、しっかりと小馬鹿にされた。
「プププ!ど……どけどけーっ!笑」
気温とは無関係に、顔がカーッと赤らんだ。
まさか、ちゃんと予想した通りに煽られるとは。
心に深いダメージを受けたオレは、そこから何も楽しめず、しょんぼりゴーカートの思い出となってしまった。
昨今、ニュースで煽り運転が報じられるたびに、このことを思い出す。
ゴーカートに乗った小学校低学年のオレを、糸を垂らしたジュゲムが、脳内サーキットに復帰させてくるのだ。
はたから見れば黒歴史と言うほどでもないが、個人的には何となく逃げ出したくなる思い出である。
そして、もし本当に逃げ出す時、オレはきっとまた言うのだろう。
「どけどけーっ!」
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