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千人伝(百七十六人目~百八十人目)

百七十六人目 棒

棒は人に似ている棒であったが、あまりに似ている似ていると言われているので、人になってしまった棒である。人となってからも手足は木のままであったのでよく折れた。折れるところがおかしいと言われ、折られもした。そのたび見知らぬ木々から接ぎ木するので、棒の手足はそれぞれ別の種の木であった。

棒の住む地域が戦場となり、多くの死骸が棒の周辺に転がった。二度と動かなくなった見知った人々に棒は接ぎ木をしていった。手足が取れた者には手足を。首をなくした者には首を。魂を失った者には魂を、それぞれ接ぎ木した。何で繋げようとそれらは間もなく落ちて腐っていった。

棒は接ぎ木を繰り返して通常の人の七倍生きた。他人への接ぎ木は一度も成功することはなかった。

百七十七人目 量子

量子は猟師と漁師の子どもとして生まれた。猟師となる道と漁師になる道を選べたが、なかなか決めることは出来ず、どちらになっても良いと考えていた。両親は量子に「猟師になっても漁師になっても構わない」と言っていたので、量子もどちらでもいいと思っていた。

そうして量子は猟師でも漁師でもある状態であり続けた。量子は老いて亡くなる直前に、自分は猟師だったのか漁師だったのかと考えた。「あなたは、量子でしたよ」と、同じく年老いた妻にそう言われた瞬間、量子は量子であると決定した。

百七十八人目 童子 

どうず、と読む。童子は何でもやりすぎる子どもであった。泣きすぎたし怒りすぎたし殴りすぎた。童子と喧嘩した相手は跡形も残らなかった。身体も名前も思い出も。童子のやることがあまりに過剰であったために、他の人にはうまく認識できなくなるのだった。

童子は薬にも手を出したが、当然オーバードーズに陥った。血と肉全てに薬が回り、脳細胞は満遍なく壊れていった。薬をやりすぎた結果、それまでの何でもやりすぎる童子とは人が変わってしまい、人を殴れば殴られ、痛みを与えれば与えられる、平凡な人間となってしまった。当然薬により蝕まれた身体では長く生きられなかった。

百七十九人目 あぶく

あぶくは泡の中で生命を受けた。生まれて早々に溺れかけたが、どうにか自力で泳ぐうちに親から離れ、泳ぐ力も身に着け、海を渡り、隣の国へと流れ着いた。そこであぶくは始め人とは見られず、海から来た化け物として扱われ、石を投げられ、弓を射られた。あぶくは石を包み込み、弓を抱きしめた。あぶくは野生動物に紛れて生き残るうちに一人の少年となった。

あぶくは川と海とを行き来しながらその日暮らしを続けていた。仲良くなった鳥獣を次の日には食い散らかすこともあった。時に気まぐれな人があぶくを助けようとした。人語で話しかけた。しかしあぶくには彼らを鳥獣と区別しなかったので、時には食い散らかすこともあった。

あぶくが老人となる頃には、古い民話の一つとなっていた。あぶくはある日海へと消えて戻らなかった。あぶくの故郷の海辺で、人に似た形の泡の塊が発見されたが、すぐに波にかき消された。

百八十人目 夏夏

なつなつ、と読む。夏夏は四季の崩れた時期に生まれた。夏が終わっても夏が来た。夏が終わっても夏が来た。夏が終わっても夏が来た。夏が終わっても夏が来た。春夏秋冬が夏夏夏夏になった一年に、無事に生まれることが出来た数少ない者だった。あまりにも多くの者が暑さにやられて亡くなるか気が触れるか逃げ出そうとするかした。逃げ出すところも全て夏であった。

夏夏はその生まれのせいか、暑さに強く、人々がもがき苦しむ様を見ても自分だけは平気な顔をしていた。しかしとうとう夏が終わる時が来て、涼しくなり始めると、その気候に夏夏は耐えられなかった。酷い暑さだけが夏夏に適した環境であった。夏夏夏夏の揺り返しか、適度に過ごしやすい秋秋秋秋の一年に夏夏は耐えられず、短い生涯を終えた。その後の冬冬冬冬の一年で、ほとんどの生物が凍りつく様を夏夏は知ることがなかった。


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