見出し画像

千人伝(二十一人目~二十五人目)

二十一人目 塗江

塗江はかつて母親だったが、塗り絵を欲しがる娘に絵筆と塗り絵を与え過ぎたため、財を失った。破れかぶれに自分自身を塗り絵として差し出したために、人と塗り絵の半分ずつの存在となった。娘は塗江が身を差し出した頃には塗り絵に飽き始めており、実際に母の顔を塗ったことは一度もなかった。

塗江は幼稚園などによく呼ばれたが、喜ばれるより気味悪がられる方が多かった。それでも全国津々浦々に呼ばれ続け、いつからか人ではなく妖怪として認識され始めた。まだ戸籍もあり税金も収めているので人ではある。

二十二人目 都来

とらいは遠い国にある都から来たと言い張っている。しかしどこからどう見ても都会育ちの風はなく、むしろいつでも土の香りを漂わせていた。コンクリートで干からびかけたミミズが都来の元まで寄ってきたり、膝の裏からじゃがいもの根が生えたりした。

都来は本当はこれから都に行きたかったのではないかという人もいた。
都来はそんな人に向かってはいつでも「俺は都から来たのだ」と言い張り続けた。
どの国の何という都だとは死ぬまで口にすることはなかった。

二十三人目 ガル

ガルは空から降る。空から降ってきた無数のガルは地面に落ちればそのまま溶け込み、コンクリートの上に落ちれば獣となり、人の家に落ちれば人となった。
ここで書くガルは人となったうちの一人のことである。ガルは基本、落ちたその家に住み着く。住民はほとんどガルのことに気づかない。屋根裏や地下や池や、身体の大きな住民の中に住み着く。

その家には元々とても大きな人がいて、ガルは大きな人の左足に住み着き、寄生主とも意思疎通を図り、二人同時に寿命が尽きるまで長く生きた。ガルとともにその大きな人は車よりも速く走り、石や砂を集めることを好んだ。

二十四人目 河童田

河童田の住んでいた土地には昔多くの河童が住んでおり、地名や苗字や風習に今でもその名残がある。川魚しか食べず、相撲を好み、人の尻子玉を漁る。最後のは現在ではただのセクハラとされている。

河童田はそんな河童的な近隣からいち早く抜け出したくて、小学校卒業と同時に家を出て、当時焼け跡となっていた首都に潜り込み、成人と偽って働き始めた。戦後は何しろ人も人ではない者も前世紀の遺物もまだ生まれていない者まで都会に集まっていたので、河童田も非合法の組織で職を得てなかなかの大金を手に入れ、のし上がっていった。

焼け跡の中での抗争の記録は正式なものは残されていないが、都会に出て数年のうちに河童田は殺されている。脳天を割られてのものだが、当然皿が割れたわけではない。当時の抗争では銃や刃物よりも、原始的な鈍器が使われがちだっただけのことだ。

二十五人目 可可

可可はじっとこちらを見ている。
可可はいつも人を見すぎるぐらいに見ている。
その実、可可は人のことなど見てはいないのだ。
可可は人の奥に眠る風景を見ている。
人の奥にはその人がこれまで過ごしてきた中で見た、一番美しい風景が刻まれており、可可はそれを覗き込むことが出来る。
美化され過ぎたその景色に慣れてしまえば、現実に広がる景色は色褪せてしまう。

可可はだから人を見る。
人の奥にある景色を見続ける。
だから現実に迫ってきているトラックを見落としていた。
トラックの運転手が見た、今は失われてしまった美しい山の景色に飲み込まれてしまった。

入院費用にあてさせていただきます。