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【掌編小説】車窓部

「バトミントンサークルです。体験会やってます〜」
「柔道部、インスタだけでもフォローしてください」
「天文観察部、興味ある人は13時から第二教室で説明会やりまーす」
 色々な部活・サークルが、それぞれ新しい部員を確保しようと声を張り上げている。ありとあらゆる部活動・サークルに、私は興味を持ちつつも、結局まだ何も決めていなかった。高校時代にやっていたバスケ部はもう引退すると決めていた。運動系のサークルもいいが、今までとは打って変わって文化系のサークルもいいなと感じていた。だが、いまだに決めてはない。
「あの、もしよかったらお話いいですか?」
 突如、後ろから声をかけられた。振り向くと、女性が柔和な笑顔で立っている。手にはビラ。間違いなく部活かサークルの勧誘だ。正直、少しの面倒くささを感じたが、別に邪険に断る必要もない。話だけでも聞いてみようと思った。
「あ、はい」
「よかった〜。あの、私たちこういうものです」
 渡されるビラを見る。手書きの文字で大きく『車窓部』とある。車窓部?
「え、これ、あの、えっと…車窓部ってなんですか?」
「うんうん、よくぞ聞いてくれたね。車窓部はその名の通り、車窓を愛する者たちの集まりだよ」
「車窓を愛する者たちの集まり……?」
 説明を聞いても、何一つわからない。私はただ言葉を繰り返してしまった。
「電車とか、バスとかさ、まあ飛行機とかでもいいんだけど、窓からの景色って素敵じゃない」
「え、ああ、まぁ…」
 地元からの進学なので、大学へは電車で通っている。しかし正直、いつもスマホばかりで、マジマジと景色を楽しんだことない。
「私たちは車窓からの景色を楽しむ部活なんだ。まあ、車窓部って名前なだけで、実態はサークルだけど」
「は、はぁ……」
 それの何が楽しいんだろう。頭に浮かんだ感想は、言わずに飲み込んだ。だが、私の表情には表れていたのだろう。女性は「うん、気持ちはわかるよ」と頷いた。
「景色見るだけって、暇そうだし、飽きそうだしね。実際、普通に電車に乗ってたらほとんどの人がスマホを見てるもんね」
「いえ、私、そんなこと……」
「いやいや、やっぱね、変なことしてる自覚はあるんだ。普通は車窓なんて注目されないって。だけどさ、もし少しでも興味があるなら、ウチの部も検討してみてよ」
 一気に捲し立て、彼女はそれに満足したかのように満面の笑顔を見せた。私はどう返せばいいかわからず、ただただ曖昧に口角を上げることが精一杯だ。彼女は気にもせず、私から離れてまた違う人へと声をかけていた。
「車窓部か……」
 バカらしい、とビラを捨てることもできた。事実、私はバスに乗ろうが電車に乗ろうが、車窓からの景色などに微塵の興味も起きない人間だ。車窓部などと意味不明な活動に、大学生活を費やすのはあまりに勿体ない。だが、妙に気になってしまうのはなぜだろうか。貰ったビラを私はクシャクシャに丸めることが出来ず、綺麗に折りたたんで静かにポケットにしまった。


 怒涛のように過ぎ去るオリエンテーションの途中は、車窓部のことなど頭から消えていた。まだ友人関係として確定はしていないけど、ある程度仲良くなれた人たちもできた。車窓部という珍妙なサークルのことを再び思い出したのは、帰路についてからだ。
 大学前駅には、既に多くの学生が列をなしていた。その中に、見慣れた顔。
「あ、車窓部の人だ……」
「おー、確か今日の!」
 大きな声で呟いた訳ではないが、先輩に声が聞こえたのだろうか。彼女はすぐに私の姿を見つけ出した。
「電車通学なんだね」
「ええ、先輩もですか?」
「いや私は1人暮らしだから。これからバイト。そのついでに、車窓部の活動だね」
 ふふん、とどこか自慢げだ。もしかして電車に乗りたくて、わざと遠くでバイトしてるのではないかと疑ってしまう。
「そうだ、いい機会だし、車窓の楽しみ方のコツを教えるよ。電車通学なら毎日乗るだろうし」
「え、ああ、はい……」
 断れなかった。先輩の気迫に押されてしまったのもある。だけど、私自身が車窓部のことが気になっていたのが本当のところだった。
 ホームにベルが鳴り響き、電車がやってくる。人が降りて、私たちは中へと入る。幸い席は空いていた。腰かけると、横の先輩は既に目をキラキラと輝かせていた。
「凄いですね、先輩」
「え、何が?」
「いや、電車を楽しめてるというか。私なんて、ただの移動手段としか考えてないのに」
「いやいや、ただの移動手段なのは間違いないよ。ただそれにプラスして、車窓楽しめたらラッキーなだけで」
 話している間に、電車は動き出す。ガタンと音が鳴る。慣性の法則で、少しだけ体が座席に押し付けられる。
「電車が加速すると、外の景色も一緒に加速していくでしょ。これが何だか面白くて、小さい頃から好きだったの」
「はぁ…」
 確かに電車が加速していくのにつられて、外の景色もどんどんと後ろに流れていく。それはただただ当たり前の現象だけど、面白いといえば面白いのかもしれない。先輩と一緒に、私も車窓を眺める。ホームを通過して、学生たちの住むマンションがたくさん現れた。
「まあ、当然だけどこの辺りは学生向けのマンションやアパートが多いよね。こうやって見てると、街によって景色に個性があるでしょ」
「まあ、そうですね…」
 徐々に徐々に学生アパートが減っていく。やがて、田んぼがチラホラと表れてくる。
「ウチ田舎の大学だからね〜。土地が安いから、地方の大学は郊外の田舎に建ちやすいんだと私は思ってる」
「先輩の推測なんですか?」
「うん、推測も推測。でも、大学周りって結構面白いんだよ。例えばウチの大学は学生街と住宅街がスパッと分かれているけど、学生街と住宅街が混在している大学周辺もあるし。都会だとビル街の中にいきなり大学出てくるとこもあるし」
「いろいろ見てるんですね」
 田んぼや畑が多くなってきた。日差しがまだ若い稲をキラリと照らしている。時々農道をトラックが通っている。あれだけ小さい道をよく通れるものだと、最近、車校に通い出した私は思った。
 しみじみと眺めていると、遠くに山が見えた。
「あの山、いかにも山!って感じで好きなんだよね〜」
「ふふ、どういうことですか?」
 と、聞いたものの何となく先輩の言う意味がわかった。ポコっとお椀を被せたように、綺麗な半円を描いている。緑が綺麗で、その緑にも濃淡がある。少しだけピンク色に見えるところがあって、あそこはもしかして桜なのかもしれない。
 電車が、速度を落とし始めた。駅が近づいてきたのだ。駅に止まる。人が降りて、乗ってくる。
「駅とかも、結構、車窓ポイント高いんだよ」
「車窓ポイント?」
「私の造語。まあ、なんか車窓の景色がいいところ!みたいな意味かな」
「なんで駅は車窓ポイントが高いんですか?」
「それはね、駅が生活と密接に関わっているからだよ」
「どういうことですか?」
 彼女は窓の外を見つめたままだ。
「例えばオフィス街だとホームにはスーツ姿の人が多い。住宅街だとベビーカーをおした家族。学校が近くにあれば制服姿が多いし。駅はね、生活を見ることができるんだよ」
「そんなもんですか」
 また電車が走り出す。やがて徐々に住宅街が見えていく。一軒家の屋根が、ジオラマのように並んでいる。
「この辺りも車窓ポイント高いんですか?」
「高いねー。こことかまさに生活の場所って感じじゃん。こういうところは比較的、地域差は少ない感じなんだけど、それでも街の個性みたいなのはあるんだよ」
「へー」
 私は感嘆した。先輩の知識に。そして車窓を飽きずに眺め続けている好奇心に。
「先輩、私、まだ車窓のよさ完璧にわかった訳じゃないですけど……。もしよかったら、もっと車窓のこと教えてくれませんか?」
 先輩は、にこりと微笑んだ。
「いいよ、今日から私と君は車窓友達だね」
「また造語ですか?」
「そそ。ダサい?」
「ちょっと」
「ひどー」
 先輩が笑い、私も笑った。2人して車窓を眺める。眼前の景色を見ながら、私は車窓部への入部を決めていた。

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