捨てる勇気と認め合うこころ〜『世界一流エンジニアの思考法』を読んで
牛尾剛さんの「世界一流エンジニアの思考法」を読みました
2023年10月23日に発売された牛尾剛さんの著作を読みました。
2016年。当時所属していたナビタイムジャパンに牛尾さんが外部講師として登壇したことがあり、その衝撃的な出会いが私のアジャイルジャーニーへとつながっていきます。なので、私の中では一方的に牛尾さんのことを師匠であり恩人であると感じています。
そんな牛尾さんがマイクロソフト本社でプログラマーとしてのキャリアを築く選択をされたときは最高に痺れました。コンスタントに発信されるブログや講演も印象的なものが多いです。そして、それらのアウトプットのエッセンスが凝縮された本書は、今エンジニアとしてキャリアを積む人、そしてエンジニアの周辺でともにある人々にぜひ一読してもらいたい一冊です。
どんな本なの?
帯には「生産性爆上がり最前線のスキル!」と書かれています。牛尾さん自身が衝撃を受け、体験し、実験しながら得てきたスキルが紹介されているわけですから、そういった意味では至極妥当な煽り文だと思います。
が、しかし。そのスキルはどこからやってくるのか。本一冊読めば立ち所に生産性が爆上がりして、一流エンジニアの仲間になれるのか。もちろん、さにあらず。
帯の、もう少し上のほうに目を凝らしてみます。そこには「怠惰であれ!」「早く失敗せよ」と書かれています。エンジニアにはおなじみのBe Lazy, Fail Fast。スキルを獲得していく道のりは決して平坦ではなく、それゆえベースのマインドセットとしてこのBe Lazy, Fail Fastを獲得していることが前提となります。
本書では「生産性を爆上げするスキル」を獲得したい読者に向け、著者の牛尾さんの実体験をベースにそのための具体的な方法論、成長のためのマインドセット、そして 一流の人材を育むために必要な環境が提示されています。
どうやって「一流の思考法」を自分に落とし込む?
本書の目次を眺めてみます。
世界一流エンジニアは何が違うのだろう?--生産性の高さの秘密
アメリカで見つけたマインドセット--日本にいるときには気づかなかったこと
脳に余裕を生む情報整理・記憶術--ガチで才能のある同僚たちの極意
コミュニケーションの極意--伝え方・聞き方・ディスカッション
生産性を高めるチームビルディング--「サーバントリーダーシップ」「自己組織型チーム」へ
仕事と人生の質を高める生活習慣術--「タイムボックス」制から身体づくりまで
AI時代をどう生き残るか?--変化に即応する力と脱「批判文化」のすすめ
1章で(牛尾さんの考える)一流エンジニアとは何かが提示され、2-6章でその一流エンジニアであるために必要なスキル、マインドセット、周辺環境が説明されます。(7章は少し毛色が違うため、のちほど触れます)
本書がユニークなところは、それが牛尾剛さんという一人の人間の視点から語られるところです。彼自身が失敗し、葛藤し、挑戦し、成長してきたジャーニーが刻み込まれています。
それらの失敗はものすごくハイレベルなものではなく、エンジニアであれば「あーそういうことあるよね・・・」と共感できる「あるある」なものです。そこで読者が同一の視点を獲得し、「自分ならどうするか」と考えるきっかけを得られるのです。
捨てる勇気
複数の章で登場する考え方が、「勇気を持って捨てる」ということです。思い切って仕事を減らす。成果は出ていないけど、思い切って定時で帰る。仕事がたくさんあって終わらないけど、マルチタスクをやらない。準備や持ち帰りをしない。
たぶん、どこかで一度は聞いたことがある考え方じゃないでしょうか。「そうはいっても、忙しくて・・・」「時間がなくて・・・」という考え方は、本書を読み進めながらも頭をもたげるものでしょう。本書を読んでいると、捨てるのがずいぶん得意に見えていた牛尾さんもかなり葛藤があったことが見てとれます。じゃあ、そこの勇気を出して「捨てる」ことを実行した牛尾さんがどうなったか?
それを考えれば、自分もいっちょ捨ててみるかという勇気は持てるかもしれません。
認め合うこころ
うまくいってないことを認める。遅れていることを許容する。自分とは違う考え方を、そういうこともあるよねと受け入れる。本書に「DEI」という言葉は出てきませんが、牛尾さんがDEIに基づいたふるまいが浸透した環境にいることがひしひしと伝わってきます。
一流のエンジニアがいるところに一流のエンジニアが集まっていくことには様々な理由がありますが、こういった当たり前のようにDEIが実践されているという環境要因は、決して小さくないのではないかと感じました。
希望と絶望の7章
2023年、エンジニアのキャリアについて語ろうとしたときに避けて通れないテーマがAIです。本書ではそこと真っ向から向き合いながら、エンジニアとして希望を持てるような前向きな話が提供されます。
けれど。
読み進める中で、私はいささか絶望してしまいました。日本に渦巻く「批判」の文化がすべてをぶち壊しにする、という牛尾さんの主張は本当にそのとおりで、読み進めながら、ちょっとした火種から炎上していく日本のエンジニア界隈の様子を思い出し苦い気持ちになりました。
もっと失敗を許容しながら前に進めるといいのに。外から石をぶつけるのではなく、中に入って一緒によくしていく関係になれたらいいのに。
ここは明確に絶望で、けれどもよくしていくしかないんだから、世界の片隅でポジティブマインドセットを持ち、振りまき続けたい、とあらためて思いました。
エンジニアの隣にいるあなたもぜひ!
そして、本書はぜひ、エンジニアと一緒に働くエンジニアではない方々にも読んでいただきたいと思いました。(すっかりマネジメントに専念しコードを書かなくなった私も、もはや「エンジニアではない方々」かもしれません)
エンジニアが何を考えているかがわかる。どういうときにエンジニアの生産性が高まるのかがわかる。生産性が高いとされている米国と、残念ながら生産性が低いとされてる日本との間でエンジニアを取り巻く環境がどれだけ違うのかわかる。
エンジニアの周縁のひとたちがエンジニアを知る。理解する。対話する。本書にもあるAgree to disagreeのマインドで考え方を受け入れる。
もちろんエンジニア側だって、「俺たちのことを知ってくれ!」ではなく「俺たちのことも知ってほしいし、あなた方のことを俺たちは知りたい」というアプローチをしたい。そうすることで「俺たち」「あなたたち」ではなく、いつか「私たち」になるはずだから。
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