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美容院

美容院がとにかく苦手だ。

施術中の雑談が気まずかったり、希望する髪型を伝えるのが恥ずかしかったりと色々理由はあるのだが、一番は目の前にずっと鏡があることだ。

部分的にカットするために、あちこちにクリップを着けられ、髪を濡らされ、野良犬のような状態になった自分を直視しながら、他愛もない会話をするのがなんとも恥ずかしい。

「どれくらい切れたのかな〜」なんて思って、チラッと鏡を覗いた瞬間に、美容師さんと目が合ってしまったときのバツの悪さたるや。

別に悪いことをしている訳でもないし、美容師さんがドエロい格好をしている訳でもないのに、アワッ…アワワワ……と目が泳いで、視線のやり場に困る。

だから最近は、本を持ち込んで施術中に読むようにしているのだが、それはそれで美容師さんに申し訳ない気がして、本の内容があまり入ってこない。

ただ視線を下に落とし、会話を断つためだけの道具にしてしまった本にも申し訳ない気持ちになる。

さて先日、初訪問の美容院へ行った。人生で三軒目の美容院だ。

ホットペッパーで「4席以下の小型サロン」「一人のスタイリストが仕上げまで担当」「漫画が充実(なんとなく施術中の読書が許される気がするから)」「なるべく静かに過ごしたい」のこだわり条件を入れて、吟味して決めた。

美容院の雰囲気は非常に良く、物腰やわらかなガタイのいいお兄さんが担当してくれた。

施術中も気を遣ってくれて最低限の会話のみで、相変わらず文字の滑りと戦いながら読書のポーズだけとっていた。

「一旦流しますね」とシャンプー台に導かれ、リラックスしたまま横になったのだが、目を閉じた瞬間なんとも言えない香りが鼻腔を刺激した。

嗅ぎ覚えのある香り……暑い日の山手線でたまに嗅いだような、スパイシーな香り。

それはガシガシと頭を洗ってくれるお兄さんからふんわりと漂っているようだった。

うちも母方がその香りを持つ家系のため、そこまでの不快感はなく、不思議とノスタルジックな気持ちになった。

シャンプー中で本を読むことができず、ただ目を瞑り、五感を無にして思いを張り巡らせる。今までのくだらない葛藤や拘りが、香りのなかへ溶けていく。

この香りはホットペッパーのこだわり条件にはない項目だったが、全ての施術が終わったときには、勤労への感謝の気持ちが込み上げてきた。

次回もまた、予約しよう。

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