全文公開 『2020年6月30日にまたここで会おう』 第二檄「最重要の学問は『言葉』である」
この講義のテーマは、「次世代の君たちはどう生きるか」ということで、僕が思っていることをどんどん言っていきます。
はい、つぎです。
みなさん、『アメリカン・マインドの終焉』という本、ご存じですか?
この場には10代と20代しかいないので、知ってるはずがないんですよ。知ってるとしたら、その人はかなり変わった人だと思うんですね。
なぜかというとその本は、みなさんがまだ生まれてないか幼児だった1990年頃に流行った本だからです。
イェール大学とかシカゴ大学で哲学を研究していたアラン・ブルームという哲学者が書いてるんですが、どんな本かというと「最近のアメリカの大学は腐ってる! けしからん!」ということが、450ページにわたって、延々と書いてある本です(笑)。
文学とか哲学、芸術といった昔からの伝統ある学問を隅に追いやって、世の中に迎合して新しい分野の学部ばかり設置して、あげくの果てにわけのわからない「ダンス学部」とかまでつくったりして、大学がレジャーランドみたいになってる……みたいな感じで、むずかしいプラトンの考えとかルソーの教育思想をひきながら、ひたすら批判してるんですね。
なんでこんな、分厚くて、堅くて、難解な本がアメリカでは大ベストセラーになるんだ、アメリカってやっぱりいい国なんだなと、当時思った記憶があります。
教養の役割
で、その本の最初のほうに「教養はなんのために必要か」ということが書いてあるんですね。
ブルームによれば、「教養の役割とは、他の見方・考え方があり得ることを示すことである」と。
これは、けっこう超重要な定義でして、僕も同意見です。
たとえば歴史学とか美学、文学って、みなさんも大学1年の一般教養とかで学びましたよね? なんで早く専攻に進めないのか、不思議に思ったりしませんでしたか。
オレは経済学部なのに文学なんて学んで、いったいなんの役に立つんだろうって。
でも、一見いますぐ役に立ちそうにないこと、目の前のテーマとは無関係に見えることが、じつは物事を考えるときの「参照の枠組み」として、非常に重要なんですよ。
経済学しか学ばない人、学べないような人は、実際あまり役に立たないんです。見方が一方的だったり狭すぎて、学問の新しい理論やジャンルを開拓していくことなんて、できないんですよ。これは仕事でもおんなじです。
学問や学びというのは、答えを知ることではけっしてなくて、先人たちの思考や研究を通して、「新しい視点」を手に入れることです。
だから僕は、何かの「正解」を教えることはあんまりいいことじゃないとずっと思っていて、批判し続けています。
たとえばビジネス書の著者で、本で名前を売ったあとにセミナー始めて、セルフブランディング講座とか、なんとか塾とか開催してる人って、大勢いるじゃないですか。「これをやればあなたの仕事がうまくいきます!」とか、そういうの大っ嫌いなんですよ。
「わかりやすい答え」を求める人向けにインスタントな教えとかノウハウを提供するのって、簡単だけど意味ないんですね。
バイブルを否定せよ
でも多くの人は「わかりやすい答え」を求めてしまいます。
そのいい例が「バイブル」、つまり聖書です。聖書には「こういうふうに生きていきなさい」という、ある意味「答え」が書いてあるんですね。
ユダヤ教とかイスラム教もバイブル性の高い宗教で、人が行動に迷ったときに教典とかコーランを紐解いて答えを探すと、「誰々という偉い人がそういうときはこうしなさいと述べた」って感じで、戒律として指針が示されているので、迷わずに済むんです。
日本の仏教も宗派によってはそういう細かい教えを伝えてるところがありますけど、僕は「神様にこれをお供えすれば明日から幸せになって、年収も10倍アップ!」(会場笑)みたいな教えって、絶対に信じないほうがいいと思うんです。
だから今日の講義に来た人たちが僕の話を聞いて、僕のことをカリスマみたいに思って帰るとしたら、それは僕としてはぜんぜん嬉しいことではありません。
僕の講演とか授業に来る若者たちの中には、いわゆる「意識高い系」の人たちがけっこういます。でもいつも僕は、「そういう意識だけ高い人がたくさん集まって僕の話を聞いたところで、明日からうまくいくようになると思ったら大間違いですよ」と言って、突き放すんです。
僕もやろうと思えばみなさんを騙すことなんてカンタンですよ。でも、どっちかというと僕の真意はその真逆で、チラシとかの煽り文に釣られて来た、ある意味ちょっと勘違いしがちな人たちに、「(講演の登壇者が)僕でよかったね」「他の人に騙されないよう、気をつけようね」と気づいてもらうのが、講演のほんとうの目的だったりします。
何度もくり返しますが、「どこかに絶対的に正しい答えがあるんじゃないか」と考えること自体をやめること。バイブルとカリスマの否定というのが、僕の基本的な世界観になります。
でも「この世に真の教えなんてない。僕の話も信用するな」といった話をすると、「ふざけんな、金返せ!」って、まあ今日は無料ですけど思う人もいるかもしれません。今日は、わざわざ福井から交通費かけて来た方もいらっしゃるそうなので。
はっきり言いますが、「真の教え」とか「法則」みたいなことを言う人は全員インチキです。
オウム真理教みたいなカルト宗教はよく「真の教えが公開される富士セミナーを5泊6日で開催します。真理を会得できてお値段はたったの50万円!」みたいな告知をして信徒を集めてますが、けっこう喜んで行っちゃう人がいるんですよね。一種の洗脳だと思いますけど。
宗教だと警戒する人も、テレビとかツイッターで有名な人の会合には、ホイホイとついていってしまったりします。
メディアに出るような人は頭も良いので、一見正しいことを言っているように見えますが、なんだかんだお金や影響力目当てで、洗脳的な活動をけっしてそうは見えないようにやっているだけだったりするので、注意が必要でしょう。
そういえば「脱洗脳」のプロとして活躍してたはずなのに、いつの間にか自分もそういうセミナーを開催してる方が最近いますね。名前はちょっとみなさんで調べていただきたいんですけど(会場笑)。
でも、「ごめん! 正解は僕にもよくわからないんですよ」って言ったら、「じゃあ私は、いったいどうしたらいいんですか……」って悩む人、ここにはいますか?
(会場、ひとり挙手)
あ、いますね。ありがとうございます。でも、あなたへの答えはすごく簡単です。
「自分の人生は自分で考えて自分で決めてください」。
はい、これに尽きるんですね。
これは、「ブキケツ(武器としての決断思考)」の初版の帯に掲載したコピーでもあり、さっき言った自燈明ですよ。
「誰か」や「何か」に頼りたくなる気持ちは、僕も同じ人間なんでわからなくもないです。でもその心の弱さに負けちゃいけないんです。
ただ、自分で考えるためにはやっぱり、考える枠組みが必要なんです。その枠組みが教養であり、リベラルアーツであるということです。
薀蓄や知識をひけらかすために教養があるのではありません。自分自身を拠りどころとするためにも、真に「学ぶ」必要があるんですよ。
自分で考えるための「ケースメソッド」
僕は現在、京都大学の教養課程で、全学部、全学年、院生も含めて、その人たちを相手に、リベラルアーツの一環として「起業論」の授業を担当し、起業家教育を行っています。
起業家教育というのは、ふつうはビジネススクールでしか教えてないんですね。伝統的な大学観からは、起業論というと世の中に直結しすぎていて、「大学の学問としては邪道である」みたいに見られています。
ところが最近は、アメリカのコーネル大学のようなアイビーリーグの名門大学でも、リベラルアーツの中で起業論を教えるようになっています。それは、「起業家になる」ということ自体が、資本主義社会が持つエネルギーや、そのなかで生きていくための基本的なルールを学ぶことにつながる、という認識が広がったためです。
アラン・ブルームが批判した「世の中への迎合」とは、ちょっと意味合いが違います。経済学を学ぶのにも近い感覚です。
それで僕も実際にやってみたら、京大の中でも圧倒的な人気授業になったんですが、人気となった大きな理由は、授業のテーマ以上に、僕の東大法学部の指導教官だった内田貴先生の授業に倣って「ケースメソッド」を実践したことにあるんじゃないかと思ってます。
ケースメソッドというのは、よく聞く「ケーススタディ」と似てますが、似て非なるものですね。
どちらも学習領域に関する現実の事例をもとに、分析や調査を行って学ぶ方式ですが、ケーススタディでは事例も分析資料も基本的に教員が用意し、ふつうの授業のように生徒は一方的に先生の話を聞く「座学」スタイルです。
それに対してケースメソッドは、事例の選択からそれに関する資料、分析、調査、発表までを基本的に生徒が主体になって行い、教員と生徒とが「討議」しながら進めていくんですね。
欧米のロースクールやビジネススクールでは1930年代から取り入れられている教育方法ですが、日本に入ってきたのは最近で、内田先生はアメリカに留学した経験があったので東大の授業でいち早くこれを取り入れたんです。
でも、僕が学部生として受けた内田先生の授業は、200人のクラスで、発言者が僕を含めて最前列にいつも座っている20人くらいしかいないという、かなりヤバい授業でしたが……(笑)。
そのときに内田先生は、「君たちはこの授業でケースメソッドについて学んだから、これからどこかで誰かを教えるときに、この方法を使うことができる。ふつうの人間はこのやり方では教えられないから、それは君たちにとって大きなアドバンテージになるはずだ」「そして法学教育も、いつかこういうふうに変わる日が必ず来る」と謎の予言をして、若いときの僕は「はあ、そうかあ」みたいに流していたわけですけど、それから20年ぐらい経って、内田先生の思惑とはまったく違うかたちで予言が当たる、ということが京大の僕の授業でいま起きているわけですね(苦笑)。
右手にロジック、左手にレトリックを
それで、今日ここに来ているみなさんは、じゃあ教養としてまずは「起業」について学べばいいのかというと、じつはそうではありません。
教養のなかで何を一番に学ぶべきか?
僕は、「言語」がもっとも重要だと思っています。
言語といっても、仕事で役立てるために英語や中国語やプログラミング言語を勉強しろというセコい話ではありません。みなさんがふだん日常的に使っている言葉、日本語、そこに秘められているすさまじい力を知って、とことん磨きあげてほしいんですよ。
言語にはギリシャのアリストテレスの時代から伝統的に、2つの機能があると言われています。
「ロジック」と「レトリック」です。
ロジックというのは日本語で言えば「論理」ですが、もう少し意訳すると、前提が真なら結論も真となるような推論の型のことで、ざっくり言うと、「誰もが納得できる理路を言葉にすること」ですね。
たとえば今日は6月30日ですが、「もうすぐ夏だから暑くなってきた」と言っても支離滅裂に聞こえないのは、一応、「夏=暑い」という背後のロジックがしっかりしているからです。
これが、「もうすぐ夏だから寒くなってきた」と言ったら、日本に限って言えば誰も、理解も納得もしないでしょう。
そしてこのロジックを鍛えるには、言葉の正しい運用の仕方や論理の構築の方法をしっかりと学ぶ必要があります。
僕は『武器としての決断思考』という本でディベートの考え方を詳しく書きましたが、まさにディベートは言葉のロジックを最大限に活用することで、自分の主張の正しさを的確に伝える行動なんですね。
なのでおすすめは、まずディベートをやってみることです。
言葉の機能のもう一つの「レトリック」は、日本語では「修辞」と訳されます。簡単にいえば、「言葉をいかに魅力的に伝えるか」という技法がレトリックになります。
日本では「彼の言葉はレトリックしかない」とか、言葉を飾るだけみたいなネガティブなイメージで使われることも多いんですが、本来のギリシャ時代から続く弁論術のなかでは、レトリックについて、聴衆を魅了し、説得して賛成してもらうための重要な能力と位置づけています。
アメリカ大統領のオバマさんは、非常にスピーチがうまいことで知られていますが、彼の話し方や聴衆の心に響く言葉の選び方、伝え方は、ものすごくレトリックが優れているんですね。
政治家としては亜流で知名度もなく、民族的にマイノリティでもありましたが、大衆の中に大きな熱狂を生み出し、ダークホースとして大統領選を勝ち残りました。
どんなに正しいロジックでも、良いレトリックが伴わなければ、それは聞く人の心にきちんと届かないし、まして行動を変えることなどできません。
つまり「言葉には力がある」ということは、究極的には、アメリカ合衆国の大統領になれるほどの力を持つ、ということでもあるんですね。はい。
日本でも、たとえば明治維新は、人々が「言葉の力」で国を動かした、わかりやすい好例でしょう。
じつは明治維新って、あれだけ大きな社会変革だったのに、フランス革命とかアメリカの独立戦争と比べて、驚くくらい死者が少ない革命だったんです。フランスは100万人、アメリカは50万人だったのに対して、たしか3万人くらいだったかな。
それは、薩長ら倒幕派の人々が、武力よりも言語を使って意見を統一していき、仲間を増やしていくという活動を積極的に行ったからです。
明治維新というのは近代革命の中でも、際立って言葉を武器にして行われた革命だったと言えるんですよ。
民主主義の社会では、銃や鉄砲で政府を倒す必要はありません。
まず「言葉」によって正しい認識にいたり、「言葉」を磨くことでその認識の確度を上げていく。そして「言葉」を使って相手の行動を変えていくことで、仲間を増やし、世の中のルールや空気を変えていくことが可能なんです。
ここにいるみんなにはぜひとも、今日から「言葉マニア」になってほしいと思います。(第三檄につづく)
星海社新書『2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義』全文公開
● 第一檄「人のふりした猿にはなるな」 (常時全文公開中)
● 第二檄「最重要の学問は『言葉』である」(常時全文公開中)← イマココ
● 第三檄「世界を変える『学派』をつくれ」(全文公開終了)
● 第四檄「交渉は『情報戦』」(全文公開終了)
● 第五檄「人生は『3勝97敗』のゲームだ」(全文公開終了)
● 第六檄「よき航海をゆけ」(全文公開終了)
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