全文公開 『2020年6月30日にまたここで会おう』 第一檄「人のふりした猿にはなるな」
はい、瀧本です。
とくに今日は自己紹介する必要もないと思うので、バーッと進めますね。
僕は話すのがちょっと速すぎるようで、よく通訳が必要とか言われるんですが(笑)、ここに集まったみなさんは頭も良いかと思うので、京大の授業でいつもやっているようにやります。
はい、ついてきてもらえればと。
で、今日のこの会場は、東京大学の伊藤謝恩ホールです。みなさん、「伊藤」って誰のことだか、わかります? イトーヨーカ堂、セブンイレブン・ジャパン創業者の、伊藤雅俊さんなんですね。
伊藤さんが50億円ぐらいをバーンと東大に寄付してくださいまして、今年、本郷キャンパスにこれができました。赤門の向こう側にある福武ホールも、ベネッセの福武さんが同じくらい寄付してくれて、造られたものなんです。
欧米に比べて、日本の大学ってあんまり寄付してもらえないんですけど、最近は日本でもけっこう大きな実業の成功者が出て、その人が大学に寄付するってことが起こるようになってきました。
僕が本を書く理由
じつは僕は東大で、卒業生のネットワークをつくったり、寄付金を集める仕事を手伝っています。それでこういう大きな成果も出てくるようになってきたわけなんですけど、最近は並行して、本を出したり、多少メディアにも出るようになりました。
僕の仕事はエンジェル投資家であり、基本的に、あんまり表に出ないほうがいい業種なので、これまでは目立たないようにしてたんですね。でも最近、ちょっと考え方を変えまして。
いろいろ理由はあるんですが、一番の理由は、日本への危機感です。この国は、構造的に衰退に向かってるんじゃないかと。みなさんも感じているかと思いますが、中央政府とかエスタブリッシュメントと言われてる人たちが、あんまり機能してないんじゃないか。
だから僕も裏方とかに逃げず、より積極的にひとを支援していかないとマズいなと思ったわけです。
一度、日本を捨てて海外脱出するというオプションを検討したこともあります。みなさんの中にも、「日本って基本的にオワコンだし、東大も世界レベルで見たらダメな大学になりつつある。もう海外に逃げよう」と考えてる人がいるかもしれません。
でも、よく考えてみた結果、僕は「残存者利益があるな」と思ってやめました。日本を見捨てる人が増えても、なんだかんだこの国は今もGDP3位ではありますし、中国に抜かれたって言っても、統計を細かく見るとそれもだいぶ疑わしい。日本にはいろいろまだ、過去の伝統もあるし基盤もありますから、むしろチャンスがあるんじゃないかと思ってます。
じゃあ、日本に残存して、どうやって日本を良くしていくか。
僕は、「武器モデル」を広めていくことで、それが可能になるんじゃないかと思ってるんですね。
僕って、知ってる人は知ってると思いますけど、仕事を通じてこれまでいろんな分野で「カリスマ」のでっち上げとか創出を手がけてきました。
固有名詞は挙げませんが、けっこう大成功したんですよ。でも同時に、失望もしました。いくらカリスマが生まれても、世の中あんまり変わらないんですよね。
アメリカのオバマ大統領が流行らせた「チェンジ」という言葉があります。彼も登場時は「世界を変えるカリスマだ」と期待されましたが、いま、オバマ政権になって4年が経って、何かアメリカは変わったかというと、ぜんぜん良くなってないですよね。
特定のリーダーをぶち上げて、その人が世の中を変えるという「カリスマモデル」は、どうもうまくいかないんじゃないか、という問題意識が大前提としてあります。
自ら明かりを燈せ
ちなみに「ワイマール前夜」って言葉をご存じの方、いらっしゃいますでしょうか? もしくは、ワイマール共和政って聞いてわかる人、どれくらいいるかな? この間も一橋でこの話をしたんですけど……。
(会場挙手)
なるほど、さすが東大は一橋より数が多いですね(笑)。
あ、僕の話は、いきなり脱線したりしますけど、ちゃんと全部つながっているので、ご安心ください。情報量は多いと思うのでメモしてる時間はないと思います。レジュメが必要な人は、ネットに上げとくのであとで落としといてください。
で、ワイマール共和政というのは、第一次世界大戦終戦後にドイツでできた政体ですね。皇帝が退位したあとに、基本的人権とか社会権も明記したきわめて理想的な憲法がつくられて、素晴らしい民主的な国家ができたんです。
ところが、理想だけは素晴らしいのに内実はボロボロで、政党はまとまらないし国としてダメダメで。もうほんとにダメだってときに、元軍人の、といっても伍長でしたが、ひとりの売れない画家の人が、「俺がなんとかしてあげよう」と言って、出てきました。
そして国民の多くも、「この人がなんとかしてくれるかもしれない」と思って、その人を祭り上げてしまったわけですね。
その人、最初のうちはホント良くて、経済政策が大当たりして国の景気もむちゃくちゃ良くなり、「やっぱりあの人に任せて良かった」と国民の多くが思ったんですが、その後どんどん変なことをやり始めて、あちこちにいろんな敵をつくって攻撃したり、やたら戦争を起こしたりして、結果的にドイツは大変なことになりました。
はい、ナチスのアドルフ・ヒトラーって方です。
けっこう今、日本もそれに近いところがあるんじゃないかと心配をしています。
ちょっと前も、理想的な政権がつくられたはずだったんですけど、フタを開けてみたらぜんぜんダメで、「政治家はどいつも当てにならない」って空気が蔓延してるところに、「西のほうにすべての問題を解決してくれるいい人がいるかもしれない」みたいな流れが、最近ありますよね(編集部注:大阪府知事、大阪市長を歴任していた橋下徹氏のこと)。
でも、それってまずいんじゃないかと思うんですよ。そういうことじゃないんじゃないかと。
誰かすごい人がすべてを決めてくれればうまくいく、という考えはたぶん噓で、「みなが自分で考え自分で決めていく世界」をつくっていくのが、国家の本来の姿なんじゃないかと僕は思ってます。
本にも書きましたが、仏教には「自燈明」という言葉があります。開祖のブッダが亡くなるとき、弟子たちに「これから私たちは何を頼って生きていけばいいのでしょうか」と聞かれて、ブッダは「わしが死んだら、自分で考えて自分で決めろ。大事なことはすべて教えた」と答えました。
自ら明かりを燈せ。つまり、他の誰かがつけてくれた明かりに従って進むのではなく、自らが明かりになれ、と突き放したわけです。
これがきわめて大事だと僕は思いますね。
ソロスはなぜコピー機をバラまいたか
「ヘッジファンドの帝王」と呼ばれる、ジョージ・ソロスという人がいます。
投資の世界では超ビッグネームですが、みなさん、ご存じですかね?
(会場、数名が挙手)
あ、ちらほらいますね。
彼は「イングランド銀行を潰した男」とも言われてまして、サッチャー政権のときのイギリスの財政政策があまりにもひどいので、「これから通貨のポンドが暴落する」と予言して、巨額のポンドを空売りしたんですね。国に戦いを仕掛けたわけです。
それで困ったイギリス政府は一生懸命ポンドを買い支えたんですが、結局、国の資金が尽きてポンドは崩壊、ジョージ・ソロスは15億ドル儲けたという、とんでもない男です。
この人は1930年にハンガリーで生まれたユダヤ人でして、ナチス・ドイツにユダヤ人が迫害されまくっていた時代に少年期を過ごしました。
戦争が終わったあともソ連が侵攻して国が混乱していたのでイギリスに移住し、今はアメリカに住んでいます。
それでソロスは、イギリスにいたときにロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに入学して、著名な科学哲学者として知られるカール・ポパーという人に弟子入りしたんですね。
本人は今も「本当は哲学者になりたかった」というぐらい哲学が好きなんですが、「君はあんまり学者に向いてないね」とポパーに言われて、やむを得ず金融業界に就職したという異色の経歴の持ち主です。
そういう、根っこに哲学があって、戦争で苦労した経験から人間の自由意志を何より大切に考えるようになった人なので、ファンドマネージャーとして巨額の資産を持つようになってから、自分の思想の正しさを証明するために、「意見の多様性がない東欧の共産主義国を倒そう」という無謀な計画を立てるんです。
で、いろんなことをやったんですが、ほとんどうまくいかなかったらしいんですよ。ところが唯一大成功した施策がありまして、それが「コピー機を国中にバラまく」ことでした。
なんでコピー機をバラまくのがよかったかというと、共産主義国家では、国内にあるコピー機や印刷機はぜんぶ国家に管理されてるんです。つまり、自分の意見や主張を紙に印刷して広く発表する方法がなかった。
それでソロスが私財をはたいてコピー機をバラまいた瞬間から、いろんな活動家が自分のビラをバラまくようになって民主化運動が盛り上がっていき、その結果、母国のハンガリーだけでなく、ポーランドとかチェコスロバキアとかの東欧の国々がソ連から独立するのに成功したと言われてます。
やっぱり、とんでもない人物です。
僕がカリスマじゃダメだなと思っているときに、ふとソロスのことを思い出しまして、「意見をバラまくことには世の中を変える力があるんじゃないか」と思うようになり、それで僕は最近になって急に出版に力を入れているというわけです。
ものを言う道具
僕は、この講義の主催である星海社新書の軍事顧問に就任しています。名刺もあります。ちょっと出版社の肩書きで軍事顧問というのはあり得ないと思うんですが(笑)、「武器」とか「軍事顧問」という中二病的なネーミングの裏には、じつはこのソロスから学んだ思想があるんです。
要するに「何かすごいリーダーをひとりぶち上げるより、世の中を変えそうな人をたくさんつくって、誰がうまくいくかわからないけれども、そういう人たちに武器を与え、支援するような活動をしたほうが、実際に世の中を変えられる可能性は高いんじゃないか」ということ。
つまり、「カリスマモデル」でなく「武器モデル」です。
じゃあ、この国で誰に「武器」を配るのか?
想定しているのは全成人なんですが、その中でもとくにメインとしているターゲットは「20歳の若者」です。
次の日本を支える世代である彼らが自由人として生きていくために必要不可欠な「武器としての教養」を配りたいと思っています。
実際の話、「自由人」とか「成人」とか言ってますけど、まだ人間になってない人もたくさんいるんですね。単に人の言うこと聞いて「アウーアウー」みたいな(会場笑)。
外見だけは人間なんですけど、やってることは人間以下という人が老若男女問わず世の中にはたくさんいてですね、そういう人たちに「早く人間になってくれ」ということです。厳しいことを言うと、「自分で考えてない人は、人じゃない」わけです。
かつてアリストテレスは「奴隷とは何か?」という問いに、「ものを言う道具」と答えました。僕がいまの世の中を見ても、けっこうな数の「ものを言う道具」の人がいます。一応ものは言って人間のかたちはしてるんですけど、自分の頭で考えてない人があまりに多いので、そういう人を人間にしなきゃいけないという問題意識というか、使命感もあります。
現代社会では、しっかり自分の頭で考えられない人間は、「コモディティ(替えのきく人材)」として買い叩かれるだけですからね。
100万部より価値のある「10部」
現代社会と言いましたが、僕たちが生きているこの社会の基本ルールというのは、資本主義、自由主義、民主主義の3つになります。これらをよく理解することなく、何かを考えたり努力しても徒労に終わるだけでしょう。
じゃあ資本主義とはどういうものかというと、ひとことで言えば「計画経済の真逆」ですね。
計画経済というのは、「どこかのすごい頭の良い人が、すべてを決める社会」です。旧ソ連とかがその代表でしょう。今の日本もじつはけっこう計画経済的なところが残ってて、東大とかを出ただけなのに、なぜか未来がわかるらしくて、「これからの半導体産業はこうなる」とか言って、勝手に会社と会社をくっつけたりするなんて話がありますよね。その結果、大赤字になってその会社が潰れちゃったりしても、彼らは責任とらないんです。
僕なんかは「すごく賢くて未来がわかるのなら、ご自身でやられたらいかがですか?」と思いますけど、そういう人たちって自分が責任を負わねばならないことは、絶対やらないんですね。
それに対して資本主義というのは、大前提として「誰が正しいかよくわからない」んですよ。だから、いろんな人が自分のアイデアを出して、自己責任でやってみる。すると市場がそれを判定して、うまくいくものは大きくなるし、ダメなものは淘汰されてやり直しみたいな、そういうゲームなわけです。
そして自由主義っていうのは、みんなが好きに活動できて、拘束されるのは基本的にお互いが納得して取り決めた契約とか、なんらかの義務があるときだけという社会です。
そして民主主義は、契約や法律のような社会全体のルールを、市民みんなが自分たちで決めるという社会です。
この資本主義、自由主義、民主主義をきちんと成立させるために共通して必要なのが、じつは、さっき言った「自分で考え自分で決める」ことなんですね。
だから「自分で決める(決められる)」ことが超重要であり、それができる若い人を増やしたいと思ったので、僕は『武器としての決断思考』という決断がテーマの本を出したり、『武器としての交渉思考』という交渉の本を書いたりしています。
必要不可欠な武器をバラまいているわけです。
この残酷な高度資本主義社会の中でサバイブするために必要な思考と知識を『僕は君たちに武器を配りたい』という本に詰め込んでいるのも、同じ理由です。
ということで、僕は自分の本が何万部売れようと、それはしょせん通過点にすぎないと思っております。
正直、お金にはまったく困ってませんので、何万部売れても関係ないんですね。
最終的な目標は、若い人たちが大人になる前の読み物として、成人になるための読み物として、定番化すること。
目標となるのが『思考の整理学』という本です。
英文学者の外山滋比古先生が1986年に出した古い本ですが、いまも地味に書店に置かれていて、なんとこれまでに200万部以上も売れてます。少しずつ、でも確実に毎年売れ続けて、20年以上かけて200万部になったわけです。
僕の本も、そういう売れ方をしてくれればいいな、と思ってます。長期間かけて常に誰かが買い続けてくれて、「この本は定番だよね」みたいな感じで読んでもらい、「まともな人間」が日本に増えればいい。
今はまだ人間じゃなくて、猿に近い人が、人間に変わっていくきっかけを与える、ということですね。
そしてそういう人間たちが、カリスマに頼ることなく自分たちで世の中を変えていく、その後方支援を僕はしたいんですよ。
あと大事なのは、本を読むだけではあんまり意味がないということです。
よく本を読んで「感動した!」とか言って、明日になると完全に忘れて元の生活のままって人、すごい多いじゃないですか。それはぜんぜん意味がないと思うので、実際に本を読んでどれぐらいの人が行動を起こしたかということを、常にベンチマークとしています。
たとえ本が長い時間かけて100万部売れても、その100万人が何も変わらないより、たった10部しか売れてないけどその10人が何か大きなことをしてくれたほうが、僕にとってははるかに嬉しいし、世の中的にも価値があるでしょう。
本というのは「へえ、なるほどー」と読んでオシマイではなく、読者が何か具体的に行動するためのきっかけづくりでないといけない。
そういうわけで僕は、出版するにとどまらず、わざわざ10代、20代のみなさんを全国からこんなところに集めて、今日の大アジテーション大会を開いたという次第です。(第二檄につづく)
星海社新書『2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義』全文公開
● 第一檄「人のふりした猿にはなるな」 (常時全文公開中)← イマココ
● 第二檄「最重要の学問は『言葉』である」(常時全文公開中)
● 第三檄「世界を変える『学派』をつくれ」(全文公開終了)
● 第四檄「交渉は『情報戦』」(全文公開終了)
● 第五檄「人生は『3勝97敗』のゲームだ」(全文公開終了)
● 第六檄「よき航海をゆけ」(全文公開終了)
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