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働き方は自由に変化させていい

大学卒業時から40代半ばの現在まで、世の中も自分自身もずいぶん変化したと思う。
働き方に絞って振り返ってみる。

正社員から主婦、その後パートに

2001年、初めての就職はハウスメーカーの営業事務。就職氷河期で内定が一つも取れずフリーターになろうかと諦めかけた頃、追加募集の枠でたまたま採用された。2004年に結婚退職した。

半年ほど専業主婦をした後、測量設計事務所でパート事務員になった。途中で妊娠し、出産間際まで1年半ほど働いて退職した。

2010年、子供2人を保育園に預けて、別の設計事務所に入社してパート勤めを数年続けた。

パートでもう1社、町の小さな不動産屋でも働いた。

10年ぶりの正規雇用

パート先の不動産屋が店をたたむことになり、次の仕事は正社員にしようと考えた。長く勤めて職場と深い信頼関係を築いた方が、結果的に融通の効く働き方ができる気がしたのだ。

2014年、建材商社の求人にダメ元で申し込んだら採用された。
小学生と保育園児を育てながらの慣れない仕事、PTAの2年の任期も始まったばかり。
残業が当たり前の職場で自分だけ定時上がりするのも、肩身が狭いが慣れるしかない。
それでもパートと比べて大幅の年収アップが嬉しく、仕事の内容も面白くて夢中で働いた。

総合職への転換

仕事を面白く感じて一生懸命働くにつれ、収入が割に合わなく感じるようになり、総合職への職種転換希望を出した。前例がないため時間はかかったが、上司が動いてくれて希望どおり総合職になった。
能力や成果を評価されたかったし、もっと主体的に働きたかったので、希望が叶ったのはとても嬉しかった。
今もそこで働き続けている。

「なんとなく」から「こうしたい」へ

リモートワークが無かったどころか育休も浸透していなかった頃、結婚退職は珍しくなかった。自分の母親が家事と子育てをしながらパート勤めするのを見て育ったので「なんとなく」自分も同じ選択をしていた。

文字におこしてみると、行き当たりばったりで計画性がなく感じられる。先を見据えて生きている人からは愚かに見えるかもしれない。
それでも、環境や生育歴で「なんとなく」選んだ道を歩く人が、何かのきっかけで「こうしたい」と思ったら進む方向を自由に変えていったらいいと思う。

変えていくためには、家族や周囲と話し合ったり、資格や知識を得たりする努力は必要だろう。
調整を重ねて方向転換するのは、楽ではないけどけっこう面白い。いくつかの変化を実際に経験したことで、変化は恐れるものではなく楽しむものと思えるようになった。

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