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「今日もコピーが書けません」第6話:大航海時代

2019年、それは、
・新元号「令和」元年
・消費税10%に増税
・イチロー引退
・米津玄師「Lemon」発売
・「アベンジャーズ・エンドゲーム」公開
の年である。東京オリンピックを1年後に控え、何かいいこと、新しいことが始まる予感に溢れた年であった。年末までは。

「はい、かんぱ〜い!」ワイングラスを顔の高さまであげ、3人の女性が飲み始める。ポルトガルのワインが名物のバルで、1人の男と3人の女性がテーブルを囲んでいた。クリスマス前の街はイルミネーションがキラキラと光り、すべての欲望を肯定してくれるような、都会の優しさを見せている。30代半ばごろだろうか、自力で稼いでいる女性達は、自分の欲しいものを自分の好きなタイミングで消費することに慣れている。しかし、今日はタダ酒が飲めるとあって、いつも以上に遠慮のないペースで、ワインの消費が進んでいた。「で、P、なんだっけ?聞きたいこと?」「もうちょっと酔わないと思い出せないかもな〜」「あ、すいませ〜ん、生ハムおかわり!」

旅好きで、よく3人で旅行に行くと言う3人組。それぞれ、出版、広告、美容と業界は違うが、大学が同じで、1年に1回は海外に行ったり、国内に行ったり、ライフステージが進んでも、その関係性は変わらないという。コピーライターのPは、今日の酒代を考えて憂鬱になったが、どうしても聞きたいことがあった。

「クルーズって乗ったことある?」3人を顔を見合わせて言う。「クルーズって、あのエーゲ海とかの?」「遊覧船ならあるけど、クルーズはないよね?」「なんか引退後って感じじゃない?若いうちから行くイメージがあまりないかも」「ってもう若くないか?」3人はギャハハハハと笑うが、相槌には要注意だ。「十分若いよ」も、「そうだな、もう若くないな」も、どちらの道にも高性能の地雷が埋まっている。

「いま担当している仕事がクルーズ会社でさ、旅好きの女性グループに向けてプロモーションする案があるんだけど、本当に魅力的に感じるかどうか聞きたくて」Pがそう言うと、グラスを置いて、女性の1人が言う。

「 Pちゃんさ、私らがもう引退近い前期高齢者だって言いたいわけ?」「いや、そんなことは・・・」「ってのは冗談で、たしかに最近、弾丸の旅行は体がしんどいかも」「そうそう、週末韓国とかもちょっとダルくなってきた。だったら温泉とかの方が」「レンタカーで回る旅行もさんざんやったんだけど、どうしてもね〜」「体がしんどい?」「いや、飲めない」「飲めない?」「だから、酒が飲めないじゃん。」「やっぱ飲みたいよね〜」「だから日帰りとかだとあんまり意味ないし、温泉旅館、とか、何泊かリゾートで滞在、とか、そういう旅のほうがよくなってきたのよ」「もちろん、最終日には買い物もしたいし、初日に観光地も見ておきたい。だけど、あとは飲んでるのが幸せよね」「わかる〜」

そういうことか。この三人にとって、旅とは、仲のいい友人と、少し非日常な空間で日々の悩みから解放され、美味い酒が飲めることがよいのだ。

「じゃあさ、クルーズに乗ったら、ずっと飲み放題で、たまに停泊した街ではランチや観光やお土産が買えて、その荷物はまた船に預けて、また次の街へ向かう、みたいなオールインクルーシブ(全部入り)のクルーズだったら、どう思う?」「よさそう!だけど、どんなお酒があるかによるよね」「そうね、飲み放題って言ったって、学生の時に行ってた居酒屋みたいな、うすい酎ハイじゃ、もう満足できないから、私ら」「ちゃんとソムリエがいて、いいワインがたくさんあったら?」「え、だったらクルーズもいいかもね」「イケメン船員もいたら直良し」「ポルトガル人の船員が踊りを教えてくれる」「悪くないね」「それもPのおごり?」「いや、そういうわけじゃ」「だったら行く〜!」「私も!」「タパスとか食べたい!」それはスペインだ。

Pは、帰りのタクシーの中で、0が豪快に並んだ領収書を眺めていた。しかたない。これも必要経費だ。3日前、フリーのプロデューサーYに呼び出された時のことを思い出していた。「クルーズ会社?」代官山のカフェはやたら天井が高く、HIPHOPがけっこうな音量でかかっていて、話が聞き取りにくかった。だが、Yはそんなことはおかまいなしに、大音量で話す。守秘義務とかないのか、この人は。

「そうなんだよ、俺の知り合いが宣伝担当でさ、ぜひPにブランディングをお願いしたい!って言うんだよ。ご指名ってわけ。」悪い気はしない。派手な受賞歴や、大きなクライアント担当歴はないが、これでもコツコツと実績を重ねてきたつもりだ。「でも、俺のどこを見て?」一瞬サングラスの奥の目線が泳いだような気がしたが、間髪入れずにYは答える。「まあ、総合的に?これまで、TVCMもキャンペーンもデジタルもやってただろ?ぜんぶできるやつってあんまりいないじゃん?」少し違和感はあるが、まあ、いい。フリーのコピーライターは仕事を選んでいる場合じゃないのだ。

クルーズ会社の課題は、日本という市場において、クルーズ文化を定着させることだった。この国では、引退後の高齢者のイメージのあるクルーズだが、欧州においては、若者も気軽にクルーズで旅に出る。そういうイメージに刷新したい、というのが狙いだったのだ。

「じゃあ、やっぱり、夏休みの家族向けにキャンペーンを張るって感じですかね〜」Pが言う。旅行業界で一番の需要期は、夏休みである。家族旅行を狙うのがいちばんお金が動く。そう考えたが、Yは首を振る。「いやいや、そうじゃなくてさ、もっと斬新なやつを求められてるのよ。夏の家族旅行なんて基本でしょ?たのむよPちゃん」「でもまずは基本から・・・」「いやいや、じゃあ、2方向持っていってもいいからさ、 A案家族で、B案はさ、ほら、若い女性狙いとかさ、そういうの頼むよ〜」「若い女性がクルーズ乗りますかね?」「乗りますかね?じゃなくて、乗せるように考えるのが仕事でしょ?頼むよ!」「はいはい、わかりましたよ」

こうして、女性向けのクルーズプロモーションを考えてみるが、机に向かっても、本屋に行っても、どうも、ピンとこない。女性誌で特集されている、パワースポット巡りも、グルメ旅も、かわいい雑貨を探す旅も、クルーズとは関係ないのだ。困った末に、旅好きの女友達を思い出し、連絡したのだ。旅好きなのはいいのだが、それ以上に酒好きであるため、飲み代を条件に、友人達も呼び出してもらった。「タダ酒なら喜んで♡」という返事だった。

「というわけで、女性向けには、『お酒飲み放題!女子会クルーズ』という案です。お酒を運んでくるのは、ポルトガル人の船員です」「いいじゃん、さすがPちゃん」満足気なYとともに、クライアントのオフィスに向かう。大きなビルの中にその会社はあった。ポルトガルに本社があるクルーズ会社の日本支社は、受付の横に大きな船の模型が展示してあった。お金を持っていそうなクライアントだ。

「こちらでお待ちください」と言われ、40分が経っていた。「けっこう待たされますね」「まあ、忙しいんだろうな」「でも約束したんですよね?」「まあまあ」「指名でやってほしいんですよね?」「もうちょっと待とうよ」

そろそろ帰ろうかな・・と思い始めた時に、クライアントの担当者Kが現れた。「やあ、Yさん、久しぶり」外資系で働く人って感じのスラッとした男性で、高そうなメガネをしている。シャツとチノパンもシンプルに見えて質のよいものだった。悪びれもせず、綺麗な歯並びの笑顔で、Kは言った。「悪かったね、会議が長引いちゃって。で、今日はなんだっけ?」

会議室へ通される道すがら、Yに耳打ちする。「ちょっと、どういうことですか?」「何が?」「今日はなにって言われてるじゃないですか?そもそも指名ってのは本当ですか?」「まあ、とりあえず、提案できるんだから、チャンスじゃない?ねっ」「話がちがうじゃないですか?」

小声で揉めていると、ガラス張りの会議室に通される。オフィスが全部見えていて、オープンな空間である。「で、今日は?」「Kさんがこのクルーズ会社の担当になられた、ということで、私が最も信頼している、優秀なクリエイターを連れて参りました。Pです。大企業のCMから、小さな販促キャンペーンまで、同じ熱量で取り組んでくれるパートナーです。今日はぜひ、この国に、クルーズ文化を根付かせるためのブランディングを、ご提案したく!」

「Yさん、ありがとうございます。嬉しいなあ。僕も担当になったばっかりでね。この会社に何か貢献しないとな〜、と思ってたんですよ。もう本国が決めちゃったパートナー代理店はいるんですけどね、どうも本国の翻訳したクリエイティブ素材を送ってくるだけで、プロモーションは自前なので、助かります。」

PはYを睨んだが、Yはニコニコして一向に気にしていないようだ。このツラの皮の厚さがないと、フリーでプロデューサーなどできないのかもしれない。「じゃあ、P、さっそく提案よろしく!」

「では、ご提案させていただきます」事前に考えて、プレゼン形式で資料化したスライドを写し、説明していく。クライアントのKさんは、顔色をひとるも変えずに、じっと説明を聞いている。メガネにスライドが反射している。こういう感情の読めないクライアントって苦手なんだよなあ。「というわけで、A案は家族向けの『夏休み大冒険クルーズ』、B案は女性向けの『飲み放題女子会クルーズ』です」

説明が終わり、静寂が訪れる。永遠にも感じる沈黙。エアコンの音が聞こえる。え?指名ってのもそもそも嘘だろうし、この提案も、まったく受け入れられてないのか?と、不安が最高潮に達した時、Kさんがゆっくり口を開く。「ギフトをね、贈りたいんですよ」「ギフト?」「はい、この国にはまだまだクルーズの文化が育っていない。でも、この前たまたま若い家族連れのお客様が乗船されていたので、聞いてみたら、なんでも、祖父へのプレゼントということで、3世代でクルーズに乗ってらっしゃったんです。私はこう思いました。この国には、親孝行の文化がある、と」Pはポカンとしながら聞いている。「だからね、クルーズを贈るというキャンペーンを考えていただけませんか?私が今やるべきことは、この国の文化とポルトガルの文化を融合させることなのです」

「Kさん、すばらしい!その通りです!この国の文化とポルトガルの文化の架け橋になれるよう、Pが考えます!」いかにもプロデューサーらしいYの返事を聞いて、今回の提案がまったく意味をなさなかったことがようやく理解できた。あの女子会の酒代は無駄であった。

帰り道にYに文句を言った。「ぜんぜん話が違うじゃないですか!何が指名なんですか?」「おっかしいな〜サウナに入りながら、説明したら、ぜひ連れてきてください、って言ってたんだけど」「それは指名とは言いません」「まあまあ、でも今日はさ、大成功だったじゃん?」「何がですか! A案もB案も、無反応だったじゃないですか!」「いやいや、向こうから、ギフトっていうキーワードが出たんだよ。あとはそれを形にするだけ。Pなら楽勝でしょ?いやあ、今日はいい提案だったな〜」これくらい厚かましい気持ちがないと、プロデューサーというのはできない仕事なのだろうか。今後のつきあいを再検討しないといけないかもしれない、と思いつつ、乗り掛かった船なので、「ギフト案」を考えることにした。もう年末だったので、次回提案は年が明けてからである。宿題のある年越しは憂鬱だが、これもまた、フリーの宿命だ。

「兄ちゃん、母の日どうする?」弟はとっくに結婚し、実家の近くに一軒家を建てていた。地元である京都の銀行に勤め、兄のPとは違って真面目だ。だからこそ、長男の自分は、安心して東京でぶらぶらフリーの仕事などしていられるのだが。

「母の日?まだまだ先やろ?そもそもなんか送ったことあったっけか?ジュースの詰め合わせでも送っとく?」「嫁さんが気にしてんねん、ちゃんとしたもん送らんとって」「そんなもんかね」「父の日も百貨店で贈り物選ばなあかんって言ってて」「そういう家じゃないやん」「そういう家で育った人もいるんや」「そんなもんかねえ」

年明けに提案したのは、「父の日に贈ろう!ギフトクルーズ」案である。特にひねりはないが、プレゼンではこう言った。「この国の親孝行の文化には、母の日と父の日があります。しかし、母の日に比べて、父の日が注目される確率は非常に低い。この差を埋めるのが、御社のキャンペーンなんです。父の日といえばクルーズ、この文化を新たに日本に定着させましょう」「エクセレント!私がやりたかったのはこれですよ」クライアントのKさんは、うれしそうに言った。「では、支社長に早速相談してみます。まあ、だいたい私に一任されているので、この案はほぼ実施前提のつもりでいてください」

そういって、2週間ほど経ったある日、Yから電話があった。「もしもし、決まりました?父の日ギフトクルーズ」「P、大至急提案だ。ギフトはなくなった」「え?どういうことですか?」「社長がWEB代理店から自主提案を受けて、インフルエンサーを起用したいって言ってるんだ」「え?インフルエンサー?俺はコピーライターですよ?」「わかってるって、インフルエンサーをそのまま起用したって、つまらないだろ?ここは企画をガツっと立てて、インフルエンサーの父親にギフトを贈ってもらうとかさ、そういうことやろうよ」「まあ・・・いいですけど、Kさんはなんて?」「なんか、ちょっと申し訳なさそうにしてたな」「そりゃそうでしょ、一任されてる、とか言って」「まあでも、これはチャンスだ!明日インフルエンサーの大手事務所に行くから、いっしょについてきてくれ。」「え?あした?」「時間がないんだ。ぼやぼやしてると別の代理店に決められちゃうから、早く企画を見せて、事務所のOKをもらいたい」「・・・わかりましたよ。なんかインフルエンサーとかって苦手なんだよな」「まあまあ、TVもデジタルもインフルエンサーの企画もやってさ、これで次世代クリエイターになろうぜ!P!」どこまでも前向きなYプロデューサーのことは半ばあきれつつも、ここまで前向きなのはすごいなとむしろ感心していた。

「Dさん、VIPルームにいますよ?」クラブに来たのは学生時代以来だった。大音量で鳴っている音楽、狭い中踊る男女、飛び交う謎のカクテル、怪しい暗がりの向こうにあるVIPルーム。Pははっきり言って、こういった場所が苦手だった。そもそも人混みが嫌いなのだ。こんな場所で遊ぶ神経がわからなかった。こういった場所にも慣れているYが、うまく人を避けながら、どんどん先に歩いていく。なんとかそれに着いていき、VIPルームにたどり着いた。

「はい、これ飲み干したら10万円ね〜」「がんばって〜!!」やたらゴツゴツしたガラスでできたボトルの中に濃い茶色の液体が入っている。明らかに麦茶ではないそれを、リアリティショーに出てきそうな細くて露出度の高い女性が真っ赤な顔で一気に飲み干していた。「やるじゃん!ほら10万円、拾え拾え〜!!」札束って本当に舞うんだな・・・とぼーっとしていると、こちらに気付き、Dが口を開く。「誰?」

Dは真っ黒なSUPREMEの上下にROLEX、バレンシアガの靴、ニューエラのCAPをかぶっていた。それはまさに、「インフルエンサーの事務所の社長」というイデアを形にしたかのような、典型的な夜のクラブのVIPルームにいる人間の姿であった。「Dさん、お会いしたかったんです!」Yが間髪いれずに言う。「Iさんに聞いたら、ここに会いに行け、と言われまして」「Iさん、なんだ〜早く言ってよ、なんか半グレに襲われるのかと思っちゃったよ〜」Dが笑い、周りも笑う。全員、目が笑っていなかった。

「というわけで、クルーズの中で、父の日のプレゼントを・・・」「あ〜なるほど、ムリムリ!」秒で断られる。VIPルームで提案などしないほうがいい。周りの女の子たちはスマホで誰かとLINEをしている。明らかに場を盛り下げているだけなのだ。「あのね〜Yさんだっけ?インフルエンサーってのはさ、めちゃくちゃワガママなの、わかる?それに、代理店とか、プランナー?の提案とか、一切信じてないの。だって、再生数とチャンネル登録数っていう数字とずっと向き合ってきてるんだよ、あいつらは。だから、企画のことは絶対に譲らないの。父親にギフト贈るなんてぬるい企画は絶対やんない。というか、クルーズの中で鬼ごっことか、脱出ゲームとか、そういう感じになるんじゃないかな〜。それも、俺が言ってるだけだからわかんない。本人が全部決める。お金だけ渡して、あとは商品のURLを概要欄に貼る。それだけの契約にしてくんないと困るのよ」

言っていることはもっともだった。自分で一からメディアを育てているクリエイターは、お金でCMに出て、台本通りしゃべってくれるタレントとは覚悟と自信が違う。あきらめて帰ろうとしたその時、Yが笑顔いっぱいで言った。「いやもうおっしゃる通り!わかりました!ぜんぶ言う通りにします!何やっていただいてもOKです!それならいいですか??」「おお、それならいいよ。1,000万円からね。」「わかりました!それですぐに社長OKとってきます!」

「Yさん、あんなこと言って大丈夫ですか?」「う〜ん、まあ大丈夫でしょ。要は売れればいいんだから」「でも父の日のギフトっていうのは?」「概要欄にURLさえ乗っければなんとかなるでしょ」この人も肝の座り方が尋常じゃない。いったい自分は何に巻き込まれてるんだろう。

それから、次の日に、支社長のOKが出た。しかし、その3日後。「やばいよPちゃん、本国からNGが出ちゃった」「本国って、ポルトガルの?」「そう、インフルエンサーがポルトガルのワインを風呂にして、息止め対決とかやっててさ、こんな侮辱は初めてだとかって言って、NGになっちゃった」「大丈夫なんですか?」「何が?」「あの事務所・・・なんかヤバそうでしたけど」「そうだね、昨日から13回電話がきてる」「ヤバいじゃないですか」「本国に言われちゃね〜しょうがないよね。そろそろPにも連絡がいくと思うから、電話番号変えたほうがいいかも」

まったく信じられない。これまでに使った労力と金銭を支払ってほしいが、Y自身も追い込みをかけられているので、なんともいえない。嫌な気持ちになりながら、自宅のマンション前に来た時、何か違和感を感じた。向いの道に、スモークガラスのバンが止まっている。なんだか誰かを監視しているような、まるで、人をさらうためにそこにいるような。そんな気がした。

とっさに身を隠し、Yに電話する。「この電話はご使用になれません」ダメだ。あのあと流れていたニュースを思い出した。テキーラを一気に飲んだ女性が死亡したとか。次はお前だ。そう言われている気がした。とにかく逃げよう。

電話が鳴る。知らない番号だ。「もしもし、Yです。」「どこにいってたんですか?大丈夫ですか?」「思ったよりヤバかったね。とりあえずさ、渋谷駅のロッカーにチケットいれといたから、これで逃げてよ。」「なんのチケットですか?」「フェリー」「なんでまた船なんですか?」「東京駅や羽田空港は怖い気がしてさあ、横浜から九州へ出ているフェリーのチケットを買ったの。Pちゃんもこれで逃げてよ」「あの、これまでのギャラは」「じゃあ、無事を祈る!」なんて人だ。

思わぬ方向から、この事件は収束する。「フェリーはすべて欠航です」2020年2月1日のことだった。横浜を1月に出発したダイヤモンドプリンセスは、コロナ患者を大量に発生させ、厚労省はすべてのフェリーの運行を停止するよう要請。この国に、いや、世界に、新型コロナウィルスによるパンデミックが始まろうとしていた。

Yは政府からの補助金が出る事業を数ヶ月でいくつも申請し、なんとか1000万円を捻出し、インフルエンサーの事務所に支払ったらしい。インフルエンサーたちはクルーズが復活したら乗ってくれるとのことだが、このパンデミックがいつ終わるのか、誰にもわからなかった。後日、TVのニュースで、「コロナ禍の中、誕生パーティーをした」とのことで、クルーズに乗ってくれるはずだったインフルエンサーたちはみんな、白いシャツを着て謝罪する動画をUPしていた。Pは乗るはずだったフェリーのチケット代を払い戻して、その金で1人、ポルトガルのワインを飲んだ。頭がすぐに痛くなった。




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