vol.119/ 全部シンプルにすりゃ良いってわけじゃない
“もっとシンプルに言えない?”
“もっと単純に考えれば良いのでは”
“簡潔にいうと、要はこういうことでしょ”
シンプルに、単純に、簡潔に…。
いつから私たちはこんなに簡略化を求められる様になったんだろう。どこまで効率を求められるのだろう。シンプルはとてつもなくカッコイイし分かりやすい。ごちゃごちゃしていないその出立ちは洗練されていてどこか都会的。ミニマムであることも同様だ。
ただそれをぼーっと眺めた時、モノでも人でもどこか血が通っていないかのように冷たく、無表情な機械に見えることが時々ある。私だけだろうか。
前にも書いたが、彼女の言ったこの言葉がふと脳裏をよぎる。
彼女の言った“安っぽく聞こえる”という部分に、今また共感している自分がいる。このnoteでは言語化についての曖昧さと豊かさについて書いたが、今回はまたちょっと角度を変えて。長ったらしいもはやお飾り的な長文や時に言い訳が、どこか温かみのある人間らしさを醸し出している気がしてきて、愛おしくなる時があるし、そんな瞬間が私たちにあってもいいんじゃないかという話。
そんな時、現代思想入門という一冊の本に出会った。
これまでのモヤモヤが全て吹き飛んだ!とは言えない。が、これまで沸々と浮かび上がってきていた違和感だったり矛盾だったり、棘みたいなものの正体がうっすらでも分かった気がしたし、読み終えた時どこか自分に優しく、そして人に優しくできる気がすると感じた。
ただ言っておくが、本の内容を半分も理解できていないかもしれない。“入門”とは言えどもやっぱり理解するにはまだまだ難しい。この私の理解力が乏しいのが実に残念だが、でもやっぱり読む前と後では日々の違和感への感じ方も受け取り方も変わっているから面白い。脱構築は(私の中で)永遠のテーマにもなるものだし、差異にもっと目を向けて生きていきたい。そしてそんなあらゆる差異を愛し泳がせておける人間で在りたいと思ってしまう。そんな思考を改めて与えてもらったことだけでも、理解は乏しくとも本を読んで良かったと思える。
“もっとシンプルに言えない?”
“もっと単純に考えれば良いのでは”
“簡潔にいうと、要はこういうことでしょ”
冒頭のこれら、以前私がよく、よく、日常的に使っていた言葉。
んーーービルの60階くらいから言葉を発しているかのような上から目線笑
時と場合でシンプルに、単純に、簡潔に、分かりやすく話したり書いたり表現することは重要だ。ただここでも二項対立させてはなんだか勿体無いし、薄っぺらくない?と悟ってしまった。長ったらしい言い訳が想像力を膨らませてくれることもあるかもしれない。凝り固まった思考を解してくれることも、簡潔にまとめられない自分のことも愛せるようになるかもしれない。
何より全部を理解しようなんて思わず、複雑なものは複雑なままでいいし、わからないならわからないままでいいんじゃないかって思える自分に出会えたら、それこそ万々歳だ。
様々なことに違和感を感じていたり、なんだかうまく言語化できないんだけどモヤモヤするなーと感じているあなたに是非お勧めしたい本です^^
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