ぶったまげた日

” コントが見たい "

 最近のマイブームだ。せっかく見るなら劇場に行きたいなと思って、神保町よしもと漫才劇場の公演スケジュールを覗いてみた。毎日何かしらの公演があって(しかも複数)すごい。見ていくと「コンティ」というタイトルの公演があった。どこからどう見てもコント公演!しかも何組かが集まってそれぞれコントをするらしい。最近知った軟水も出ている。迷わずチケットを購入した。それが何週間か前の話。


" 戦争について考えたい "

 これも最近のマイブーム。ここでの戦争は第二次世界大戦を指す。マイブームというか、大学で戦後国民文学論争の論文を読んでからというもの、今に至るまでずっと考え続けていたいなと思っているテーマ。今年も夏を感じる季節になってきたので、終戦記念日までにいくつか本を読み直そうと思った。
  ジョン・ダワー:「敗北を抱きしめて」
  日暮吉延:「東京裁判」
  キャロル・グラック「戦争の記憶」
 このあたりの本を鞄に詰めて出かけることが多くなった。


” 神保町 ”

 「コンティ」を見に神保町よしもと漫才劇場に行く日。神保町といえば、昭和館や靖国神社が近い。これは持って来いだなと思って、いつも通り鞄に本を詰めて出かけた。神保町の地でゆっくり戦争に関する本を読もうと思ったのだ。開演時間より2〜3時間早く神保町に行き、劇場近くのカフェに入る。後から考えると、これがいけなかった。


" 美肌のマッカーサー "

 席についてすぐ、ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」を開く。もう何度も読んでいる本だ。下巻の、東京裁判あたりの箇所を読む。すると一つ隣のテーブルから「GHQってさ……」という会話が聞こえた。びっくりした。普遍のテーマではあるものの、こんなピンポイントで話題が被ることがあるもんだなって。チラッと見ると、二人組のおじさんたち。何やらテーブルにノートを広げて喋っていた。無意識なのかわからないが、二人ともお腹から声が出ていて発声がすごい。何者かはわからなかったけれど、性別も年齢も違う人たちと同じ時間に同じ話題について考えているのがなんだか嬉しくて、勝手に親近感がわいていた。
 しかし、ちょっとすると状況が変わった。「GHQが…」と聞こえていた隣の会話の内容が、気づいたら「DHCが…」に変わっていた。聞き間違えかと思ったが、確かにDHCと言っている。しかも何故か結構悩んでいる。私が本に集中している間に、会話のテーマが変わったのかもしれない。そう思ったが、次の瞬間に「GHQ…DHC…」と聞こえてくる。
 ”並んだ!!!同じ話題なんだ!!!なんでそんなに悩んでいるの!!!”
 私の脳内は混乱していく。なんとか本に集中を戻そうとした、そのとき。

 「DHC最高司令官!」

 隣のおじさん二人組が何者であるかは、もはや問題ではなかった。そのワードがやけに脳にこびりついてしまった。読んでいる本の中にマッカーサーの記述が出てくるたび、私の脳内にお肌ツルツルの美肌マッカーサーが出てくる。マッカーサーが出てこない本を…と思ったが、戦後日本に関する書籍で出てこない方がおかしい。どの本を開いてもマッカーサーがいる。そして私の頭の中のマッカーサーはどんどん美肌になっていく。マッカーサーが美肌になればなるほど、なんだかわからないけれどキーナンとかマンスフィールドとか、東京裁判に出てくるいろんな人が美肌になった。それまで真剣に東京裁判の意義とか、戦後日本国民のアイデンティティとかに思いを寄せていたのに、美肌マッカーサーのせいで頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。

 「ダグラス・マッカーサ….。サングラスマン。」

 また聞いていない間に、隣の席で新しいワードが出てくる。美肌のマッカーサーはついにUVにも気を遣うサングラスマンになっていた。このあたりでやっと気づいた。隣の二人組は芸人さんなのかもしれない。気づいたときにはもう遅くて、頭の中はぐちゃぐちゃのまま。気持ちの重心を戦争に戻そうにもできず、コントに寄せることもできず、ふわふわしていた。乗り物酔いをした時のような気持ち悪さが残った。


" 戦後まもないパワハラ上司 "

 「コンティ」開演までの時間、なんとか気持ちを正常に戻すので精一杯だった。美肌のマッカーサーも、なんとか頭の中から消えてくれていた。
 そしてコント公演が始まる。何も知らず飛び込んできてしまったが、今回は事前にお客さんから出たワードを主題に、それぞれがコントを作ってくるというものだったらしい。最初にそれぞれのタイトルが発表されたのだが…。途中で「戦後まもないパワハラ上司」と出てきた。なんか嫌な予感がする。また美肌のマッカーサーが頭をよぎった。各組のコントが始まっても、正直全然集中できなかった。そしてついに、その「戦後間もないパワハラ上司」のコントが始まる。

 あぁ。あの二人組だった。夢かと思った。コントが始まってすぐ、使っている小道具が壊れてしまったのだけど、その小道具が壊れるのと同じタイミングで私の中の重心も壊れた。GHQがDHCになった。マッカーサーがサングラスマンになった。初めて見るはずなのに何故か全部知っていた。デジャブかと思ったけど、絶対に違った。もはや悪い夢であってほしかったくらい。驚きと笑いと戦争に対する思いがモヤモヤになってみぞおちに溜まっていった。気持ち悪かった。なんとも言いようのない、誰も悪くないのに傷ついちゃったみたいな、そんな感情だった。もう何も、考えることはできなくなった。

そういえば。コント公演開始前、頭を落ち着かせるためにDHCについてちょっと調べた。そもそも何の略なんだろう?と思って。

GHQ  は  General Headquarters  の略。
DHC  は  Daigaku Honyaku Center  の略らしい。

DHC、”大学翻訳センター”。なんだ、ほとんど日本語じゃん。最初は翻訳の会社だったんだ。

あ。「戦後まもないパワハラ上司」のコントの最初、翻訳家の日本人の設定が出てきたんだけど、あれはDHCにかけていたのかな?


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