【恐怖譚】ひっくり返る家
「俺も当時はヤンチャしてたんで、廃屋なんて、って馬鹿にしきってたんスけど」
この体験をしてからすっかりマジメになったというAさんは、そう語った。
「本当に、すごい体験をしました……」
山奥にポツリと建つ一軒屋。平屋建ての、和風建築の屋敷。
そこに入ると、「とんでもない目に遭う」という噂が地元で広まっていたという。
ところが。
その「とんでもない目」というのが、どういう目なのか皆目わからない。
何でも、いちばん奥の部屋──とても広い座敷だそうである──まで行った奴らは、みんなずっと入院しているらしいのだ。
全員どこかしらケガをしているそうだ。それだけではない。精神的におかしくなって、わけのわからないことを言って聞かない。
どこまで本当かは不明だが、死者まで出ている、という。
場所さえも曖昧で、何人かの話を総合しないと行く道がわからない、半分封印されたようなスポットだった。
ただ、誰が言いはじめたのか、その屋敷は、
「ひっくり返る家」
と、呼ばれていた。
そんな家があるわけがない。
当時のAさんはいわゆるヤンキーで、度胸試しのためにその屋敷の場所をどうにか聞き出してきた。
さぁいざ出向いて男を上げよう、と気合の入った友人2人を誘って行こうとした直前だった。
どこから聞いたのやら、チャラめの先輩とその彼女がやって来て、「俺たちも行く」と言う。
「なんか、カノジョがそういう所、行ったことないらしくてさぁ~」
「いきなりマジゴメンね! もし連れていってもらえたら、嬉しいな~って」
本気の度胸試しのつもりだったのでこういう軽薄な2人が混ざるのは嫌だったが、先輩の頼みである。それにギャル系の彼女さんがやたらと可愛くお願いするものだから、Aさんたちも折れてしまった。
夜中は流石に怖いし、道も険しいことが予想されたため、昼過ぎに出発した。夕方までに着いて暗くなるまでに帰ろう、そんな腹づもりだった。
男の証明のつもりで来たAさんたち三人に反して、先輩と彼女さんは後部座席でイチャイチャしていた。二人とも街中と同じケバめの服装で、山奥に行く格好ではない。
幸せそうな2人の会話を聞きながら、「こいつらホラーだったら真っ先に死ぬタイプだな」と考えていたという。
ひどい山道だったが車は順調に進み、日が傾いてきた頃には無事にその家へと到着した。
崩れた塀を脇目に敷地内に入ると──何故か立入禁止の看板などはなかった──そこには旧家を思わせる屋敷があった。
昔話の絵本に出てくる、長者の家みたいだったという。
「ほら、横に長くて、ちょっとした庭園があるような……」
むろん、庭園は手入れもされず草は伸び放題。瓦屋根にも草がぽつぽつ生えていて、板の壁も経年劣化が見てとれた。
単なる廃屋になった古い屋敷といった感触だった。とても恐ろしいモノが出るような感じはしない。
施錠もされていないガラス戸をすんなり開けて中を覗くと、先輩も友達もへぇーっ? と言った。
「散らかってないんですよね、中が。ピカピカじゃあないんスけど、生活感が残ってる、というか……」
今にも田舎のおばあちゃんが「いらっしゃい」と歩みでて来そうなくらいには掃除されていたという。
軽装にもほどがある先輩カップルもいることだし、中がグシャグシャだったら周囲だけ探検するのもアリかなと思っていた。だがこの様子なら、普通に上がれそうだった。
まるで、どうぞ中に入って来てください、というような感じがした。
Aさんたち五人は、屋敷の中へと靴のまま上がっていった。
旧家ゆえ、広い廊下の両脇にずらり並ぶのは襖と和室ばかり。畳が毛羽だっていたりもするが、ゴミも落ちておらず落書きもない。頑張れば今日からでも住めそうな部屋ばかりだ。
──肝試し向けの廃屋にしては、あまりにも綺麗だな。
Aさんは不審がったが、汚いよりはいいだろうと思い直して、どんどん進んでいった。
どこまでもまっすぐに続いているみたいな廊下を歩いていく。
妙な気配もなければ声も聞こえない。各部屋にある窓から日光が射し込んできて暗くもない。
ここまでは、全然、怖くない。
もちろんまだ昼間ということもあろうが、こういう場面ではキャーキャー騒ぎそうな先輩の彼女も、変に堂々と歩を進めていく。
どん詰まりに、他の部屋のものとは違って豪華な細工の施された襖があった。
断片的に聞いた話によれば、この豪華な襖の向こうが一番奥の座敷だそうである。
ここに入ると、ケガをしたり狂ったり、あるいは死んだりする──
この度胸試しの発案者であるAさんは前に進み出て、襖に手をかけて、息を吸い込んでから、グッと開けた。
ただの座敷だった、という。
百畳はありそうな広さだけが目を引いた。おそらく一昔前はここで、豊作を祝う宴会などを開いていたに違いない。
「いや、最初はただの広い座敷だな、って思ったんスよ、でもね」
どうってことないね、噂は噂か、マジでなんもなくね? などと言いながら中に入ってから、気がついた。
自分たちの入ってきた二枚組の襖以外、全面がぺったりとした白壁と柱だけなのだ。
「普通そういうとこって、床の間とかあるじゃないですか。あと神棚とか、仏壇とか」
そういったものかまるでなかった。絵も何も架かっていない。
そして、窓がなかった。襖の他は本当に純粋に壁だけなのだ。
それなのに部屋の中は明るい。はて、とAさんは天井を見上げる。
この古い家に似つかわしくない、明かり取りのガラス窓が、コンビニの蛍光灯のように等間隔で嵌め込んである。
そのおかげで座敷の中はほぼ隅々まで見渡せた。だが…………
こんな部屋に、誰がこんなはめ殺しの窓をつけたんだ? なんのために?
Aさんはそんなことを考えていた。
と、突然。
バタン! バタンバタンバタン!
座敷の壁が唐突に“ひっくり返り”、そこから現れたのは忍者! 忍者! 忍者! 黒装束の忍者が二十人!!
「グフフフフ……今日は五人か……」
ぞろぞろと出てきた忍びの一団は刀、クナイ、手裏剣、めいめいの忍者武器を手にAさんたちに近づいてくる。
「ああっ……!」
Aさんたちはあまりに突然な忍者の出現に驚愕し、動けなくなった。
とんでもない目とは、忍者が出てきて襲われるということだったのだ。
飛び道具を握った二人が振りかぶった。Aさんたち五人は腰が抜けてへたりこんでしまった。
手裏剣とクナイが、五人の方へ一直線に飛んでくる──
ばん、という音と共に足元の畳が浮き上がり壁となった。
クナイと手裏剣はそれに刺さった。
「──矢張り、此処だったね」
畳を支えながらそう言ったのは先輩の彼女だった。先程までのギャル口調とはうってかわって、重心の低い落ち着いた声である。
どういうことか、とAさんは先輩を見やったが、当の彼も理解が及ばず「え……? えっ……?」と洩らすばかり。
畳の向こうでは「ぬうっ!?」と驚きの声が上がっている。忍者たちもこの事態は想定していなかったらしい。
「悪かったねタカハルくん、君をダシにした形になるけど」
先輩の彼女は振り向いてそう言った。タカハルとは先輩の名である。
「ナ、ナオミ……? どういうこと……?」
腰を抜かしたまま先輩が問う。だがそれに彼女──ナオミは答えぬ。
「話はあとで」
ナオミは左手で畳を支え乍ら、右手でショートパンツのポケットより素早く黒いスマホを取り出した。親指でそれを広げるようにずらすと──あにはからんやそれはスマホに非ず。四角く薄い金属の板が重なっているのであった。
「ええいッうろたえるな、たかが不良どもだろうがッ」
老年の声が檄を飛ばす。
「不良はどっちなんだか。忍の道のはぐれ者が……」
ナオミはそう呟くと手に持った金属の板を真横に二枚投げた。空を切る音、回転音。板はぐるり弧を描き畳の反対側へと飛んだ。
「げぇっ!」
「ぐぇっ!」
ずぶりと肉に食い込む響き。それからドタンと倒れる音がふたつ。
「な、なんだァッ!?」
「どうしたッ!」
ぶ厚い畳越しにも忍者たちが騒然としていることが判る。
「──みんな、今から畳を倒すから、私の後ろに隠れてて」
ナオミは小声でそう云うと、金属板を握ったまま器用にズボンのベルトを外した。足元にだらり垂れ下がった黒いベルトであったが、ナオミが手首を捻るとこれはいかなる技なりしか、ベルトは一瞬にして固く棒状になった。見ればその先は尖り、刃物の如く鋭い。
そうしてから、「いい? そこから動いちゃダメだからね」と念押しし、ナオミは畳を前に押し倒した。
最前で飛び道具を握っていた忍者二人が倒れている。首には深々と黒い板。他の忍者は刀こそ構えているが、明らかに及び腰である。ギャルが反撃してきた事実が理解できていない。顔をほとんど隠し、目元しか見えぬ状態でもその動揺はよく伝わってきた。
「何者だッ」
相手方のうちのひとりが耐えきれず叫んだ。
「我は、勅忍である」
ナオミは真っ直ぐに立ちながらそう応えた。
「伊賀も甲賀もなくなったこの現代で、非道を働く者共を成敗せんと世に放たれた狼である」
ナオミの左足が力強く前に出る。腰が低く落とされ、ベルトは右手に持たれ、鼻の先に並ぶよう横に構えられた。
「我の名前は驟雨。俄に雨の降るごとく、お主ら外道の忍に降りかかる災厄なり」
ナオミ──否、驟雨はその体勢で、黒く尖った棒を左手の二本指でするりと撫ぜた。
「驟雨。覚えておけ、我の名前を。
これは──お主たちを葬る名前である」
【つづかない】
☆本記事は サプライズニンジャコン 応募作品です。怖い話を期待した人には申し訳ないという気持ちでいっぱいです。でもいきなり忍者に襲われるのはとても怖いと思います。
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