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地の底の魔女 【「魔女のいた夏」前段】

 ぼろぼろのランドセルを背に、少年は山道を歩く。

 林を抜け、藪を分け入って、トンネルの前まで来た。
 岩山を掘ったトンネルは長く、出口は豆粒のように遠い。
 少年は中に入った。
 夏の外気から一転、肌がひやりとした。

 少年は懐中電灯を出す。頼りない光が暗闇を照らした。
 じっとりした空間をしばらく行くと、あった。

 壁の途中に、木の扉。
 ドアノブもある。

 おととい、命令されて先頭を歩いていた時に気づいた。
「ドアがある」と少年は言った。
「はぁ? ドア?」
 後ろの同級生たちは近づいてきたが、
「……ドアなんかねぇじゃん」「ビビると思った?」「バカがよ! バーカ!」
 頭を叩かれ、膝を蹴られた。

 扉を撫でると、木の手ざわりがした。
 ドアノブを握り、引いた。
 湿った空気が吹きつけてきて、少年を包んだ。
 甘い香りがした。

 下には階段。
 少年はごくりと喉を鳴らしてから、下へと降りはじめた。

 どれだけ降りたかわからない。
 平らで広い場所に出た。
 懐中電灯を左右に振っていると、
「イラ! タバイ!」
 男の叫び声がした。
 驚いてそちらを見ると、石の地面に男が横たわっていた。
 薄汚れて、信じられないくらい痩せている。
「タバイ! タバイ!」
 それは「逃げろ」という意味だったが、少年には理解できなかった。

 立ちすくんでいると、光の輪の中に白い手が入ってきた。
 叫ぶ男の顔を優しく撫でる。
 すると男はすぅ、と目を閉じて黙った。

 少年は光を、撫でる手から手首、腕へと、なぞるように動かしていく。
 腕が異様に細長い。
 ベッドの縁が見え、肩があり、顔があった。
 少年の息が止まった。

 黒髪で青い目の、白い肌の女が横たわっていた。
 薄い毛布のかかった腹部は膨らんでいる。
 女は真横を向いて、こちらをじっと見ていた。
 
 女がゆるやかに、赤い唇を開いた。

「お話をしてあげましょうか」

 少年は震えて、何も言えない。
 女は続けた。

「あるところに、ケイゴくんという男の子がいました」

 少年の心臓がどん、と鳴った。
 ぼくの名前だ。



【本記事は↓の応募作の前段部分、かつパイロット版です。下記の作品と一部違う箇所もあります】




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