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【第10巻】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首【まとめ読み版】

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 燃えさかるバー「どっちだか」も、蜂の巣になったハニーの死体もそのままにして、俺たちは夕刻の荒野を駆けて、真っ暗になるまでには「ヘンリーズ」に到着していた。
 志願者や、仲間の半数だけじゃなく、ハニーも殺せたのは幸運だった。俺たちの計画にとっては最高の幸運だった。

 店内に入るとウエストは耳を押さえて「いてぇ!」と叫び出したし、トゥコはさっき帰りに一瓶開けたってのにカウンター裏の倉庫に走って最高級品を2つ出して交互にガンガン飲みはじめた。モーティマーは下から撃たれた時にできたらしい帽子の穴に指を突っ込んだりしていた。俺の手も脇腹もかすり傷だった。
 計画の半分が終わったことに安堵した俺たちは、明日からのもう半分に備えて早く床についた。
 体は疲れきっていたが、脳ミソが冴えていてしばらく寝られなかった。

 今頃は、ダラスが保安官殿の元で眠っているだろう。たぶん牢屋の中で。
 と言っても自首したわけではない。奴は「強盗にさらわれた」ことになっている。

 今日の午後。必死になって走って汗みずくになったダラスは、一番近くの大きな町に飛び込んだはずだ。そして町を歩いている奴らにこう聞いて回り、こう独り言を言うのだ。
「すいません、保安官はどこですか!」
「早くしないと大変なことになるんです!」
「あぁ! 大変なんですよ! ジョー・レアルが大変なことを!」

 保安官に保護されたダラスは息も絶え絶えにこう証言するのだ。
「私は馭者や妻をジョーに殺されました」
「私は生かされて脅されて、各地の銀行の情報を話してしまったのです」
「この償いはしなければなりません。しかし、あの銀行で8万ドルもの金を手にした時からジョーは豹変しました」
「大金に心奪われ、仲間や信義よりもカネを重視しはじめました」
「あぁ、恐ろしい……! 人はカネであれだけ変わってしまう……!」
「彼は仲間たちの大半を殺して、分け前を増やそうとしているんです……!」
「ついでに、しつこく寄ってくる強盗団加入志願者たちもまとめて消そうとしている……!」
「それもこれもカネの魔力です……!」
「その計画を聞いて、いくらならず者の内紛でもそれは、と決心した私は逃げ出してきたのです……長い道を駆けて……!」
「私を……保護してください……!」
「残念ながらその殺戮の予定地はわかりません。しかし何とか……! 保安官や軍隊の力で……! 惨劇を……防いでいただきたい……!」
 ダラスはそこまで言うと椅子から落ちて失神したフリをする予定だった。
 銃も扱えなさそうな太った銀行員が、まさかジョーとはまるで別のアウトローどもの仲間だとは誰も思うまい。保安官は奴の言葉を信じるだろう。ジョーが何かしでかすつもりだ、と。

 これが俺たちの計画の後半の狼煙だ。
 仲間を失う地獄を見たジョーには悪いが、もう一つ、地獄を見てもらうことになる。
 金ぴかの義賊の名声が地に落ちるという地獄だ。


「さぁてと」
 襲撃翌日の昼に起き出した俺たちの前を、得意気にトゥコが歩き回る。バカみたいな髭を指でくりくり回しながら、さながら偉いお医者様だ。
「おめぇらにはダラスの話の『補強』をしてもらわなくちゃならねぇ」
 この口調で医者っぷりはだいぶ薄れた。
「ダラスがわめいたおかげで、例の町には話が広まってる頃だろう。それに真っ黒焦げになった『どっちだか』の臭いは色んな町に届いて、もう見つかってるはずだ。特にこっちの事件は大騒ぎだぜ。何十人もの死体だ。しかも全員が殺されて、な」
 トゥコの目に黒く鈍く光るものがあった。悪意の色だった。
「悪い噂ってのはすぐに広まる。馬よりも早く、深酒よりも深く身体に染みる。あとはジョーと殺しをギッチリ結びつける『3人目』が要る。噂を広める3人目がな」
「それで、俺たちはどうすればいい?」
 ブロンドが尋ねると、トゥコは指を1本立てた。
「1週間だ。7日だぜ。それでタネを撒くのさ。俺たちみんな、別行動でな」
「つまり……俺たちが飲み屋や道具屋なんぞで、ダラスが言ったようなことを大声で言えばいいわけか」俺は言った。
「いや。俺たちは大声で言っちゃいけねぇんだ。それにダラスが喋ったのは『事実』だがな、俺たちが流すのはあくまで噂だ」
「でも、俺、あんたみたいにうまく、喋れないぜ?」
 ウエストが悩ましげに言ったが、トゥコはニヤッと笑って首を横に降った。
「それは大丈夫なんだが……それはそうとウエストよぅ……ちょっと話があんだが……」
 トゥコはいきなり動き回るのをやめて、声の調子を落として、深刻そうな顔でウエストの肩に腕を回した。
 俺たちに聞こえないような小声で、ヒソヒソと耳元で囁いている。
「…………な? わかったろう……?」
 ウエストは驚いたような、納得したような妙な顔になって3度ほど首を縦に振った。
 ブロンドが「何を話してるんだ?」と聞いた。俺もモーティマーも気になった。
 ウエストは今度は首を横に振った。何を言われたか話さないつもりだ。
「……しょうがねぇなぁ、セルジオ、おめぇにも特別に教えてやるよ」
 トゥコは呆れたような顔で近づいてきて、肩を首の後ろに回して、酒臭い息でこう俺に囁いた。
「……俺みたいなお喋りが、こうやって秘密めかして話してると、何を言ってやがるのか、って思うだろう……? 全員ががなってる酒場でもおんなじさ…… 今まで普通に喋っててな、いきなりこんな態度で囁いてみな? 普通に話すより本当らしく聞こえるだろ?」
 俺はトゥコの顔を見て頷いた。
「おめぇらが散った各地の酒場でもよ、相手と普通に世間話をした後で、こうやって声をひそめて、囁いてやるのさ……。おっと、最後にこう付け加えるのを忘れるなよ。『こいつはヒミツだぜ。他の誰にも言わないようにな』ってな……そうすれば……」
 トゥコは寄せていた口を離した。
 見ればブロンドもモーティマーも、熱心に俺の顔を眺めている。「何を言われたか」が聞きたくて仕方ないといった様子で。 
 その顔を見て俺は、今囁かれたことを話したくなってしまった。
 秘密は秘密と言われるほど話したくなる。
「なァ? わかったろう?」
 振りあおいだトゥコの顔面には笑顔が浮いていた。唇の隙間から白い犬歯が覗いていて、一瞬奴の顔が、人じゃないように見えた。 

 それからの数日、俺たちはわざわざ遠出して、その地域でいちばん大きな飲み屋のいちばん混み合う時間帯に入って噂をふり撒いた。

「なぁ、カンザスのでかいバーが焼け落ちて、百人だかの死人が出ただろう……」
「ほれ、義賊でならしたハニーも撃たれて死んだ、っていう、あの残酷なアレよ……」
「あれをやったのは、どうやらジョー・レアルと残り何人かの仲間らしい。どこぞの町に逃げてきた男の証言もあるそうだ……」
「カネのせいさ。分け前が惜しくなった……」
「怖いよな。仲間も、仲間になろうとした奴も、みんな、殺しちまった……」

 翌日は離れた別の土地で別の奴にこれを吹き込む。

「『どっちだか』が焼かれただろう。あれはジョー・レアルが、カネを分けるのが惜しくなってやったらしい。逃げてきた奴が保安官にそう語ったそうだ」

 店の中に、直接でも間接でもいいが、この話を聞いたことのある奴がいたら万々歳だ。あっちで聞いた話をこっちでも聞いたら、それはもはや噂ではなく事実になる。そしてそれは急速に広まる。悪い評判ならさらに倍の早さで。
 何せあのジョー・レアルがカネに目がくらんで極悪非道をやった、って話だ。魅力的で、劇的で、人の心の暗い部分をくすぐる。

 果たして7日目、ぐるりと回ってオクラホマのでかい飲み屋で俺が「ついこないだ、州の境にある『どっちだか』ってバーが黒焦げになったろう?」と話を切り出すと、初対面のその若い男は「あぁ、知ってるぜ」と言った。
「ありゃあどうも、ジョー・レアルが仲間を殺したって話だ。恐ろしい話だよな……」
 俺は腹の中で笑った。それからこう答えた。
「ああそうだ。本当に恐ろしい話さ」


 それから、その「もう半分」の仕事の最中の真っ昼間にやった蛮行についても話しておくべきだろう。


 外壁を叩いて合図してから、導火線を伸ばしたダイナマイト──襲撃の時の残り物だ──に俺は火をつけた。
 その合図で、中ではダラスが太った体をさりげなく格子側に寄せたはずだった。
 でかい爆発音と共に、牢屋の外壁がぶっ壊れる。
 顔を隠した俺たちがその穴から入っていくと、ぶるぶる震えるダラスがそこにいた。
「よくも逃げやがったな!! ジョーが許さねぇってわめいてるぞ!!」
 俺は銃を構えながら、外にも内にもよく聞こえるように大きな声で脅してやる。
「やめてくれ! 殺さないでくれ!」
 ダラスは膝をついて手をかざして俺と、同じく顔を隠したモーティマーにおびえて見せる。必要以上にでかい声で叫びながら。
「ジョーはな! 直々にお前を八つ裂きにしたいそうだ!」
「そんな! 許してくれ! あんたからジョーにかけあってくれ!」
 ここで牢屋の外に保安官の姿が見えたから、俺はそいつの肩を撃った。生かしておくのはこのお芝居を目撃してほしいからだ。
「さぁ、さっさと来い!」
「助けてくれ! ジョーに殺される!」
「来るんだよ!」
 俺たちは外につけていた馬に乗り、ダラスを無理矢理に乗せたふりをして走り出す。

 …………これでダラスは再び、ジョーにさらわれた形になった。
 逃げてきた銀行員を牢屋を爆破してまで捕まえ、保安官にケガを負わせた、ジョー・レアル団。
 この事件はダラスの言葉を補強し、俺たちのばらまいた噂と繋がるだろう。
 そうすればジョーには立場も、弁解の余地も、その機会もなくなる。

 かくして俺たちの計画は九割方完成したのだった。あとの一割は何かって? そりゃあ……



 …………ジョーはあくまでも静かな声で、俺たちにこう尋ねる。

「俺の名を騙って、あちこちでカネを奪い、人を傷つけていたのは、お前たちだろう」 

 俺たちは数秒間、誰も、否定も肯定もできなかった。
 真実を突かれて口が動かなかった。

 7日ののち、すっかりジョー・レアルが「分け前が惜しくて、相棒のハニーや仲間、それに仲間志望の奴らを無数に殺した」と認知されたあたりで、俺たちは実益も兼ねて稼業を再開した。 
 馬車に銀行、金持ちの家、中くらいの家、金目のものがありそうな場所はとにかく襲ってやった。晴れてこちらに戻ってきたダラスの「とっておきの情報」も役に立った。
 顔を隠して「ジョー・レアル団だ!」「皆殺しにするぞ!」「黒焦げになりたいか?」と叫ぶのは実に、実に効果的だった。
 それでも抵抗した奴は、殺さない程度にだいぶひどい目に遭わせてやった。結果的に死んだ奴もいたが、たいていは死なないくらいにいたぶってからこう言ってやるのだ。
「ジョー・レアル団をなめるなよ?」

 駄目押しとばかりに、ジョーが金を分け与えた貧乏な村を襲って、銭にもなりそうにない穀物やら何やらをかっさらったりもした。抵抗した奴? 言わずもがなだ。
 世間の噂によれば、その時ジョー・レアル団のひとりが言ったそうだ。
「くれてやったものを返してもらいに来たぜ」
 効果的な台詞だったが、残念ながらこれは俺が言ったのではない。たぶんトゥコだろう。奴はこういうことを思いつく。

 俺たちはジョーの威光と名声をごりごり削るように仕事を続けた。それこそ馬車馬みたいに働きまくり、その分カネが馬鹿みたいに入ってきた。
 俺たちはまさに自由だった。現場を押さえられさえしなければ、全てがカネに狂ったジョー・レアルの仕業になった。何をしても。どうしても。


「どっ、どこにそんな証拠があるってんだよぅ!」
 ようやくトゥコが叫んだが、返事の遅さと動揺で虚勢だってことが丸わかりだった。
 その質問にジョーは答えなかった。答える必要がないと判断したのかと思ったが、違った。
 奴はトゥコの顔を見た。それからゆっくり、俺たちの顔をツゥーッと、流れるように見渡した。

 ジョーは人さし指で、まずモーティマーを指さした。
「お前は、『どっちだか』で、俺にウソを教えて、あそこから追い出した奴だ……それに……」
 指が横に動く。

「お前と。お前、それにお前……」 
 ジョーの深く暗い声が響く。人差し指が、トゥコと、ブロンドと、俺を順々にさした。


「お前たちの顔を見た」
 ジョーは顔を真っ直ぐに上げた。その瞳にはじめて、怒りの感情がかすかに見えた。
「墓場で……ハニーの眠る墓場で、お前たちは、俺たちを襲った」

 俺たちはまた数秒間、誰も、否定も肯定もできなかった。まったくその通りだったからだ。おまけに俺はジョーと目が合っていた。 
 はじめて顔を見合わせたのが墓場で、しかも殺し合うためというのが、いかにも俺たちにお似合いといった出会い方だった。



 …………ジョーの名声が泥まみれになってから数ヶ月。弁明の機会もないまま、ジョーは「お尋ね者」リストの上位に食い込むことになった。
 そりゃあそうだ。ろくでなしとは言えまだろくに悪行もしていなさそうな奴らを皆殺しにして、ついでに「どっちだか」の主人夫婦にまで手をかけたのだ。ついでにその後は血に飢えた獣みたいに強盗や殺しをやり続けているのだから救いようがない。とんでもない野郎だ──まぁ、全部俺たちの描いたウソの絵図なんだが。
 義賊時代は大目に見られて安かったジョーの懸賞金は、じりじり上がってついに2万ドルにまでなっていた。元名士のダラスは口ごもっていたが、俺たち5人は“クソッタレのジョー”に感謝しながら酒を飲み、女を買い、博打をした。それでも金は余った。俺たち「ジョー・レアル団」はそれくらい暴れ回ったのだ。
 
 そんなある夜だった。
 トゥコがまだ早い時間に、酔いながらもしっかりした足取りで、「ヘンリーズ」に戻ってきた。
 その日のトゥコはパリッとした立派な服を着て、髪や髭も整えていた。今夜は上流階級のお歴々の通う飲み屋に入り込んで情報を仕入れつつ、高級な酒をいただく寸法になっていたはずだ──もっとも、トゥコ本人には酒の方が大事だったろうが。

「おい、えれぇことになったぞ」
 ぶっきらぼうな口調はそのままだったが、顔はいつになく真剣だった。
「どうした」モーティマーがナイフを研ぎながら短く聞く。
「ジョーの野郎のよ、懸賞金が、近々上がるらしいんだ」
 いつもはここでドーッと喋り倒すはずのトゥコだが、今夜は妙に台詞が短い。
「いくら? 4万ドルくらいに?」ウエストが尋ねると、トゥコは首を横にぶんぶん振った。
「じ…………」トゥコはそこでごくん、と一度、唾を飲み込む。

「じ、じゅうご……。15万ドル…………」
「じゅう……ごまん……?」
 俺は思わず立ち上がっていた。
 「ヘンリーズ」の店内にいた他の4人も、立ち上がるか中腰になるかした。
 15万ドル。
 15万ドル…………

 やはり、でかい悪を怒らせるととんでもないことになるんだな、俺は思った。
 トゥコが上流階級の店で小耳に挟んだ話はこうだ。
 そういう店の中でも特にお高そうな服を来た品のいい奴ら、しかし顔つきは悪党そのものな奴らが、こそこそ会話していたそうだ。
 ジョーが銀行の金庫を吹っ飛ばして盗んだ裏金について、「組織」が相当に怒っているらしい。
「組織」の偉いさんたちいわく。
「ジョーとかいう奴は今、相当に荒れて、嫌われているらしいじゃないか。世間の人間から取り囲まれて孤立するにはちょうどいい状況だ」
「私たちが、10万ドルばかり上乗せしてやるから、キリよく15万ドルにしよう。そうすれば世間の人間も目を皿にしてジョーを追いかけはじめるだろう。裏切り者も出るかもしれない」
「これは、いい見せしめになる。私たちのカネに手をつけたらどうなるか、という」
「何だったら古めかしいやり口で、『首だけでもよし』としてやろうか」
「とは言え私たちの一存では決められない。15万ともなればしかるべき層にも根回ししなきゃならん。まぁ数週間後にでも、懸賞金をぶち上げてやろう……」

「俺ぁまったくチビりそうになったよ。だってあそこはよぅ、元々は俺たちが襲うつもりの銀行だったんだぜ……」

 俺もブルッと寒気が走った。見ればダラスは寒気どころかガタガタ震えている。まさかそこまでヤバいカネだとは思っていなかったのだろう。どこかの誰かに殺されて首をちょん切られたりするところだった。先を越してくれたジョーに感謝しなくてはならない。

 だが、それはそれだ。

「ジョーを本当に、文字通りに葬る理由ができたな」俺は言った。
 5人ともが俺の顔を見た。金額のせいか恐怖のせいか、トゥコやダラスもまだ気づいていないようだ。
「ジョーの懸賞金が上がるのは、『数週間後』なんだろう?」俺はニヤつきながら言った。
「そしてそれを世間の中で知っているのは、俺たちだけだ……そうだな?」
 トゥコは頷いた。それから「あぁ! なるほどな!」と手を叩いた。
「そういうことだ。俺たちが、賞金が上がる前、まだ追っ手が比較的少ない今のうちに、ジョーを仕留めるんだ。それで懸賞金が15万になった後で、ジョーの死体を持っていく……。ジョーを葬れて、15万ドルも手に入る。こんな旨い『仕事』があるか? なぁ?」
「ヘンリーズ」の中はにわかに色めき立った。


 それから俺たちは、いつにない熱心さでジョーの行方を追った。
 アジトはすぐに見つかった。だがすでにもぬけのカラで、他の誰だかに何度も荒らされたらしい形跡があるばかりだった。
 こっちに出たという噂があればとりあえず出向いたし、あっちにいたと聞けば一応は足を向けた。だが数日間はどれも空振りだった。ただし出先出先で俺たちは「ジョー・レアル団」としてさんざっぱら仕事はさせてもらったが。
 賞金が上がるまで、多少の時間の余裕はあるだろう。だが早ければ早い方がいい。俺たちは聞き耳を立て、様々な場所でそれとなく尋ねて回った。だが奴らは身を潜めているらしい。「仕事」もしていない様子だった。そして情報のないまま、数日間がまた過ぎ去った。


 妙な話を聞いたのはカンザスの東。ちょうど俺たちが燃やし尽くした「どっちだか」とは正反対の位置にある町の、棺桶屋の前だった。とは言え誰かが死んだわけではない。通りがかっただけだ。
 うちの爺さんがもうすぐ死にそうなもんでな、と語る中年の客と、そりゃあ大変だなぁ、と返す棺桶屋のジジイの会話が耳に入った。
「そういやぁ知ってるかいあんた」棺桶屋はまるで葬式でもやってるみたいに沈んだ声で語る。「昨日西の方で、墓荒らしが出たらしいぞ」
 ほう、珍しい。俺は思った。その日は一人きりで町を流していたのだった。
「へぇー、そりゃ気味が悪いな」
「それもよ、女の墓だって言うじゃねぇか。しかもブーツにガンベルトをつけた女のよ……」
 俺の意識がキュッ、とそっちを向いた。
「女ガンマンかい、そりゃあ豪気だなぁ」
「それ、西の方で、州の境にあるバーが燃えたことがあっただろう」
「ああ、ジョー・レアルが仲間割れしたってぇアレかい」
「そうさ、その墓の女ってぇのが……こりゃあ噂だが……ジョーの女だったハニーって奴らしいんだ」
「……おいおい、そりゃあ……」
「そうともよ、確かじゃあないが、ジョーの一味らしい奴らがが掘り起こしてた、だなんて、そんな話もあるんだ」
「そいつは嫌な話だな……」
「まぁ、分け前が惜しくて殺したはいいが、忘れられなかったってことなのかもなぁ。人間の心ってのはわからねぇもんだよ……」
 …………棺桶屋の言っていることは半分当たっていた。ジョーも人の子、愛した女は捨て置けず、ハニーの死体を名もなき墓地から運び出したに違いない。
「どっちだか」の外にあったハニーの死体を、ジョーが回収しなかったことは不思議に思ったが、俺たちの想像よりもアジトは遠かったのかもしれない。
 戻ってきたら、焼け落ちた「どっちだか」にはもう人が大勢集まっていたのではないか。そこには保安官もいただろう。つまり、「回収できなかった」のだ。さぞかし悔しかったろうな、と俺は考えた。
「しかしどこに持っていったのかねぇ、女の死体をよ……」
 そう呟いた棺桶屋の疑問に、俺は答えの糸口を持っていた。いつぞやトゥコの仕入れてきていた「コロラドの娼婦」という単語が頭に浮かんだ。
 もしハニーがコロラド生まれコロラド育ちの娼婦だったなら。そしてそれをジョーが知っていたなら──おそらく知っていたろう。身の上話のひとつもしたはずだ。
 ジョーはハニーを、コロラドの生まれ故郷あたりの墓に埋めてやるつもりに違いない。
 だがコロラドは広い。コロラドのどこだろう? 誰か知らないだろうか? ハニーと繋がりのありそうな男、そんな奴が──

 いる。
 3度も買ってやった女を奪われたと、椅子を倒しながら激昂した男がいる。身内に。しかもいつ買ったかまでキッチリ記憶していた、所有欲のバケモノが。
 俺は駆け足で馬場に戻って飛び乗り、「ヘンリーズ」へと全力疾走した。
 ブロンドとハニーがもし世間話のひとつでもしていれば、ハニーの故郷がわかる。
 ハニーの故郷がわかれば、お優しいジョーがその死体をどこに埋めるのかだいたい見当がつく。
 向こうは昨日墓を暴いたという。しかし死体連れだ。こっちは全速力で行く。
 こっちが墓場を特定して、先回りするか同時に到着すれば──そう、完全に気を抜いているジョーを仕留められる。
 墓荒らしがジョーなのか、その墓の中身は本当にハニーだったのか、コロラドに埋めるのか。不確かな要素が多すぎる。だが、
「賭けてもいい。根っからの善人のジョーは、相棒を名もなき墓には入れておかない」
 俺の勘がそう言っていた。
「全財産賭けたっていい。これは“アタリ”だ」


 その賭けはどうなったか。
 

 俺たちは、コロラドの小さな田舎町の隅っこにある、小さな墓場そばのでかい岩の後ろに隠れていた。
 ブロンドはハニーがぽつりと洩らしていた生まれ故郷の町の名前をきっちり覚えていた。
「貧乏な町でさ、逃げるように出ていっちまったけど、懐かしく思ったりもするよ」
 という呟きも記憶していた。
「当たり前のことだろう。俺の女だぞ?」とブロンドは男前なんだか気味が悪いんだかわからないことを言った。
 俺には確証があったし、他の5人も口には出さなかったが「あのジョーならそうするだろう」と思っているに違いなかった。だからここに網を張ることに反対する奴はいなかった。
 正しいと思っていることをやる。それがジョーだった。立派だが、この土地ではそんな甘い考えは命取りになる。そう、こういう風に。
 銃を扱える3人と、とりあえずは、といった程度には銃器の使えるトゥコの4人で来て、野宿と待機も今日で2日目だった。
 ダラスはともかく俊敏なウエストも欲しいところだったが、奴はあの日からすっかり暴力から縁遠くなってしまっていた。「仕事」にも何かにつけてあまり参加せず、寂しそうな背中でバーの店内外の掃除ばかりしていた。
 昼過ぎ。乾ききった風がヒューヒュー言うばかりだった。他には何もない土地だ。俺は地面に生えたなけなしの枯れ草をちぎって、その乾いた風に散らした。
 ふと「どっちだか」に行く途中の荒野を思い出した。あの時と似たような思いに囚われた気がしたが、それがどんな思いだったか忘れてしまっていた。
 いっそのこと来なけりゃいい、なぜかふとそんな気持ちがよぎった。
 こっちは15万をあきらめて金を奪う暮らしに戻り、あちらさんはハニーの埋葬をあきらめてこのあたりから離れて──
「来たぜ」トゥコが隣で呟いた。「本当に来やがった。へへ、バカな野郎どもだ」
 岩陰から顔を覗かせて遠くを見れば、ご丁寧なことにジョーと仲間の5人が馬で歩いてきていた。馬に車輪つきの板を引かせているようだった。まだよく見えないがその上には棺桶がくくりつけてあるはずだ。
 タイミングは最悪だった。せっかく俺がこんな気分になっていたというのに。本当にバカな、バカなほど真面目な野郎どもだ。
 来てしまっては見逃す手はない。その選択肢はもはやなくなってしまった。
 15万ドルがあっちからトボトボ歩いてくるのだ。俺に、俺たちにそれを見逃すことはできなかった。
 馬は遠くに繋いである。向こうが俺たちの存在を知っている可能性はゼロだ。あとはいつ、このでかい岩から身を躍らせてジョーの眉間に向けて引き金を引くかの問題でしかなかった。
 この岩陰から墓場までは50歩ないほど。モーティマーの腕ならまず即座に1人は殺せるだろうが、そこからが問題だ。
 俺たちはハニーを狙った日のあの仲間たちを覚えていた。よほど慕われているのか忠実なのか、がっちり組むようにハニーを囲んで守っていたあの6人。あの結束ぶりを今回もジョー相手に見せつけられることは想像に難くなかった。
 あっちもプロだしここはだだっ広い荒野だ。しかもこっちは飛び出してから遮蔽物がない。その点向こうは墓石やら棺桶やらがありそこに身を隠せる。
 機会対環境。まず五分五分の勝負といったあたりだろうか?

 まるで本当の埋葬のようにゆったりと、ジョーたちは墓場へとたどり着いた。
「どうするよ。いつおっぱじめるよ?」と
 トゥコがソワソワしながら言う。俺が思案しているとモーティマーが短く言葉を切りながら答えた。
「馬から降りて、穴を掘って、棺桶を埋めてから、おそらく全員で祈る。その時だ」
 なるほどその時なら棺桶はなく、馬からは離れていて、そして心は哀悼の念に包まれているだろう。やはりこういう場面での狙撃手は判断が早い。
「ではもうしばらく待つわけだな」ブロンドが呟いてちらりと墓場を見やってから、おいおい、と呆れた声を出した。
「あいつら、墓石まで用意してきたぞ」
 俺も顔を出した。仲間たちが棺桶を丁寧に降ろしている合間に、ジョーがひと抱えに足りないくらいの石板を持ち上げるのが見えた。
 ジョーはひどく悲しそうな顔で石板の表面をしばらく眺めていた。たぶん「ハニー・ウェルチ ××××年~××××年」などとお定まりのことが書いてあるのだろう。あとはせいぜいが「安らかに眠れ」くらいか。パートナーとは言え、ベタベタと墓碑銘を書くような性質だとは思えなかった。
 奴らが全員で穴を掘って、縄でゆっくりと棺桶を下ろし、土をかけて、その上に墓石を乗せるまでを、俺たちは参列者のように見守っていた。

 時折鳴く風の他には、音は聞こえてこなかった。何も。

 ジョーを真ん中に、周りの4人の男どもがかしこまって、墓石の前に立った。帽子をかぶっていた奴が3人それを取り、胸のあたりに持ってきた。
 祈っている。
 ──そう、今こそ、その時だった。


【つづく↓】


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