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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 80&81

【前回】

●80
 燃えさかるバー「どっちだか」も、蜂の巣になったハニーの死体もそのままにして、俺たちは夕刻の荒野を駆けて、真っ暗になるまでには「ヘンリーズ」に到着していた。
 志願者や、仲間の半数だけじゃなく、ハニーも殺せたのは幸運だった。俺たちの計画にとっては最高の幸運だった。

 店内に入るとウエストは耳を押さえて「いてぇ!」と叫び出したし、トゥコはさっき帰りに一瓶開けたってのにカウンター裏の倉庫に走って最高級品を2つ出して交互にガンガン飲みはじめた。モーティマーは下から撃たれた時にできたらしい帽子の穴に指を突っ込んだりしていた。俺の手も脇腹もかすり傷だった。
 計画の半分が終わったことに安堵した俺たちは、明日からのもう半分に備えて早く床についた。
 体は疲れきっていたが、脳ミソが冴えていてしばらく寝られなかった。

 今頃は、ダラスが保安官殿の元で眠っているだろう。たぶん牢屋の中で。
 と言っても自首したわけではない。奴は「強盗にさらわれた」ことになっている。

 今日の午後。必死になって走って汗みずくになったダラスは、一番近くの大きな町に飛び込んだはずだ。そして町を歩いている奴らにこう聞いて回り、こう独り言を言うのだ。
「すいません、保安官はどこですか!」
「早くしないと大変なことになるんです!」
「あぁ! 大変なんですよ! ジョー・レアルが大変なことを!」

 保安官に保護されたダラスは息も絶え絶えにこう証言するのだ。
「私は馭者や妻をジョーに殺されました」
「私は生かされて脅されて、各地の銀行の情報を話してしまったのです」
「この償いはしなければなりません。しかし、あの銀行で8万ドルもの金を手にした時からジョーは豹変しました」
「大金に心奪われ、仲間や信義よりもカネを重視しはじめました」
「あぁ、恐ろしい……! 人はカネであれだけ変わってしまう……!」
「彼は仲間たちの大半を殺して、分け前を増やそうとしているんです……!」
「ついでに、しつこく寄ってくる強盗団加入志願者たちもまとめて消そうとしている……!」
「それもこれもカネの魔力です……!」
「その計画を聞いて、いくらならず者の内紛でもそれは、と決心した私は逃げ出してきたのです……長い道を駆けて……!」
「私を……保護してください……!」
「残念ながらその殺戮の予定地はわかりません。しかし何とか……! 保安官や軍隊の力で……! 惨劇を……防いでいただきたい……!」
 ダラスはそこまで言うと椅子から落ちて失神したフリをする予定だった。
 銃も扱えなさそうな太った銀行員が、まさかジョーとはまるで別のアウトローどもの仲間だとは誰も思うまい。保安官は奴の言葉を信じるだろう。ジョーが何かしでかすつもりだ、と。

 これが俺たちの計画の後半の狼煙だ。
 仲間を失う地獄を見たジョーには悪いが、もう一つ、地獄を見てもらうことになる。
 金ぴかの義賊の名声が地に落ちるという地獄だ。




●81
「さぁてと」
 襲撃翌日の昼に起き出した俺たちの前を、得意気にトゥコが歩き回る。バカみたいな髭を指でくりくり回しながら、さながら偉いお医者様だ。
「おめぇらにはダラスの話の『補強』をしてもらわなくちゃならねぇ」
 この口調で医者っぷりはだいぶ薄れた。
「ダラスがわめいたおかげで、例の町には話が広まってる頃だろう。それに真っ黒焦げになった『どっちだか』の臭いは色んな町に届いて、もう見つかってるはずだ。特にこっちの事件は大騒ぎだぜ。何十人もの死体だ。しかも全員が殺されて、な」
 トゥコの目に黒く鈍く光るものがあった。悪意の色だった。
「悪い噂ってのはすぐに広まる。馬よりも早く、深酒よりも深く身体に染みる。あとはジョーと殺しをギッチリ結びつける『3人目』が要る。噂を広める3人目がな」
「それで、俺たちはどうすればいい?」
 ブロンドが尋ねると、トゥコは指を1本立てた。
「1週間だ。7日だぜ。それでタネを撒くのさ。俺たちみんな、別行動でな」
「つまり……俺たちが飲み屋や道具屋なんぞで、ダラスが言ったようなことを大声で言えばいいわけか」俺は言った。
「いや。俺たちは大声で言っちゃいけねぇんだ。それにダラスが喋ったのは『事実』だがな、俺たちが流すのはあくまで噂だ」
「でも、俺、あんたみたいにうまく、喋れないぜ?」
 ウエストが悩ましげに言ったが、トゥコはニヤッと笑って首を横に降った。
「それは大丈夫なんだが……それはそうとウエストよぅ……ちょっと話があんだが……」
 トゥコはいきなり動き回るのをやめて、声の調子を落として、深刻そうな顔でウエストの肩に腕を回した。
 俺たちに聞こえないような小声で、ヒソヒソと耳元で囁いている。
「…………な? わかったろう……?」
 ウエストは驚いたような、納得したような妙な顔になって3度ほど首を縦に振った。
 ブロンドが「何を話してるんだ?」と聞いた。俺もモーティマーも気になった。
 ウエストは今度は首を横に振った。何を言われたか話さないつもりだ。
「……しょうがねぇなぁ、セルジオ、おめぇにも特別に教えてやるよ」
 トゥコは呆れたような顔で近づいてきて、肩を首の後ろに回して、酒臭い息でこう俺に囁いた。
「……俺みたいなお喋りが、こうやって秘密めかして話してると、何を言ってやがるのか、って思うだろう……? 全員ががなってる酒場でもおんなじさ…… 今まで普通に喋っててな、いきなりこんな態度で囁いてみな? 普通に話すより本当らしく聞こえるだろ?」
 俺はトゥコの顔を見て頷いた。
「おめぇらが散った各地の酒場でもよ、相手と普通に世間話をした後で、こうやって声をひそめて、囁いてやるのさ……。おっと、最後にこう付け加えるのを忘れるなよ。『こいつはヒミツだぜ。他の誰にも言わないようにな』ってな……そうすれば……」
 トゥコは寄せていた口を離した。
 見ればブロンドもモーティマーも、熱心に俺の顔を眺めている。「何を言われたか」が聞きたくて仕方ないといった様子で。 
 その顔を見て俺は、今囁かれたことを話したくなってしまった。
 秘密は秘密と言われるほど話したくなる。
「なァ? わかったろう?」
 振りあおいだトゥコの顔面には笑顔が浮いていた。唇の隙間から白い犬歯が覗いていて、一瞬奴の顔が、人じゃないように見えた。

【続く】

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