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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 39&40

【前回】

●39
 全員が起きたのを見届けると、ウエストはドアまで小走りで向かった。
「待たせて悪かったね」
「待ったよ!!」
 店内にびりびり響く大声がとどろいた。ウエストが思わず首をすくめ、トゥコがあぁ、頭が、と指先で額を押さえる。
「待ったともさ!! まったく男衆ってのは!! みんなして朝が遅いんだね!!」
 手加減を知らないものすごい力でスイングドアが押された。変な音がしたから、蝶番がズレたようだった。
 入口に立っていたのは野郎ではなく、「おかみさん」だった。
 ならず者たちが駆け回る西部で、太くたくましく生きている「おかみさん」を想像してほしい。それがその女の姿だ。
 でっぷりと大きな体を黄緑色の服に包んで、テーブルクロスみたいにどでかい白いエプロンを腰に巻いている。服もエプロンもヨレて薄汚れていて、生活の匂いがぷんぷんした。
 太い首にこれまた大きく膨らんだ顔が乗っていて、色白だが頬っぺたが真っ赤だ。額には古い大木の皮みたいなシワが刻まれている。白いのの混じった髪は長く後で束ねてあるが、何本かがほつれて早朝の風にチロチロと舞っていた。
 俺の知らない女だった。モーティマーやブロンドに「知ってるか?」と目をやったが、2人とも小さく首を振った。
「はじめまして、どうも」他の男衆がまだ床や椅子に腰を下ろしている中、ブロンドは紳士的な態度を見せて立ち上がった。「こんな朝に、本当に持ってきていただけたんですか? その……」
「首だろ!! 首!! あの極悪人のジョーのさ!! ほらこれだよ!!」
 おかみさんはだしぬけに、後ろ手に持っていた茶色い野菜袋をブロンドの前に突き出した。
 驚いて二、三歩後ずさるブロンド。それに追い討ちをかけるように「ほら! はやく確認しとくれよ!」とおかみさんは胴間声で言った。

 そこからがえらいことだった。ブロンドが袋を受け取ろうか受け取るまいか迷っている中、延々と、長々と、おかみさんはでかい声で話し続けたのである。



●40
「昨晩のこったよ! 夕方さ! あたしが村で、ばらまかれてたジョーの手配書を、焚き付けにでもしようかって何枚か持ってさ、買い物から帰ってきたら、ウチの甲斐性ナシの旦那がもう帰ってきてるワケだよ! まだ夕方だってのに山の仕事からとっとと帰ってきて、酒を出してコップに注ごうとしてんだよ! ろくな稼ぎもないくせに酒には目がない、とんだごくつぶしさ! 夜まで働けってんだ! まったく! あたしが叱っても体をチョーッと揺するだけでコップに注ぐのはやめないんだから! ろくでなしだよ! 散々文句を言ってやったからあたしもお腹が空いてね! もうすっかり夜だったし野菜を刻んで鍋に入れてスープを作ってそいつを食べてたらさ! 家の外の壁にドシン! ってぶつかるバカがいるわけだよ! 夜にだよ夜に! 旦那みたいな酔っぱらいに決まってんだ! 旦那を見ても動こうって気すら見せないんだよ! この野郎と思ってさ! ランプを握って家を出て壁んとこに行ったわけ! そしたらあんた!」
「手配書の男が、ジョーがいたんですか」ブロンドがようやっと口を挟んだ。
 トゥコの喋りは金をスリ取るような調子だが、おかみさんの喋りは何頭もの牛が押し寄せてくるみたいだった。 
「そうさね! そうともよ! 最近悪党に鞍替えしたあのジョーがさ、ウチの壁によりかかって地べたに座ってるじゃあないか! 血の出てる脇腹を押さえてずいぶん弱ってて、いやもう死にかけてるみたいに見えたね! それでさ! ……ほら、あたしも女だろ……? 酔っぱらいだと思ったら……死にかけてる男がいたんだからビックリしちまってねぇ……『ちょいとあんた……』ってさ、家の中から旦那を呼んだんだよ……怖くってねぇ……。そしたらあんた! 旦那はどうしたと思う? 酒の入った山の男のくせして『ヒェー』って叫んでまた家の中に引っ込んじまった! ごくつぶしでろくでなしだとは思ってたけど、まさか腰抜けだとは思わなかったね! あたしはもう情けないやら腹が立つやらでカァーッとなってね! 虫の息で動けなさそうなジョーを置いてさ! 家の中に戻ったわけだよ! そうしたらあんた旦那は何をやってたと思う?」

【続く】

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